第4話 再来の聖騎士と、看板娘の目覚め
深夜三時。 街が寝静まり、星さえも眠たげな光を放つ頃。 私こと店主――かつて異世界で『勇者パーティの補給軍師』と呼ばれた転生者――は、レジの棚卸しをしながら、この店の奇妙な「縁」について考えていた。
平和になった異世界を捨て、現代日本で静かに暮らそうと決めたはずだった。だが、私が帰還の際に刻んだ転移魔法の「傷痕」が、この店を異世界と繋いでしまっている。 「……まあ、来るのが腹を空かせた客だけなら、構わないんだが」
そう呟いた瞬間、自動ドアが「ガタガタ」と不自然に震え始めた。 いつもなら軽やかに開くドアが、何かに抵抗するように開閉を繰り返す。
「ピン……ピピ……ポーン……っ! 警告! 危険度……計測不能! 腹ペコ度……MAXピピ!」
突然、レジ横に置いてあった、あの氷の魔女が置いていった「万年氷の結晶」が激しく光り、実体化した。 現れたのは、青いエプロンを身に纏った、手のひらサイズの少女。頭にはコンビニの入店チャイムを模した小さなベルが付いている。自動ドアの電子回路に、異世界の魔力が宿って生まれた精霊――ピピだ。
「おい、ピピ。勝手に実体化するなと言っただろ。それにその『ピピ』っていう語尾は何だ」 「五月蝿いピピ! 凄いのが来るピピ! 店主、揚げ物の準備をするピピ!」
ピピが警告を発した直後、自動ドアが勢いよく左右に弾け飛ぶように開いた。
「店主! 息災であったか!」
現れたのは、第一話でオムライスを貪り食ったあの聖騎士、アルトリウスだった。 だが、今日は一人ではない。その後ろには、鉄の鎧に身を固めた若手の精鋭騎士たちが五人、殺気立った表情で整列していた。
「団長、本当なのですか……? こんな、闇の中に光る不気味な四角い建物に、伝説の『癒やしの聖餐』があるなどと……」 「疑うな、カイル! 私のこの、以前よりも艶やかになった肌を見ればわかるだろう!」
アルトリウスは自信満々に部下へ言い放つが、部下たちは半信半疑だ。むしろ、店内の「コンビニ臭」と、浮遊している精霊ピピを見て、剣の柄に手をかけている。
「……アルトリウスさん。店内で武器に手をかけるのは勘弁してください。営業妨害ですよ」 「おお、すまぬ。だが店主よ、今日は頼みがある! 北の戦線で凍えたこの若者たちに、あの『魂を芯から温める魔法』を授けてやってはくれまいか。金なら、この『魔竜の鱗』でどうだ?」
カウンターに置かれたのは、鈍く銀色に輝く伝説級の素材。 私は溜息をつき、ピピに指示を出した。 「ピピ、おでんケースの出汁の温度を確認してくれ」 「了解ピピ! 黄金のスープ、飲み頃だピピ!」
私が用意したのは、冬のコンビニの主役。**『特選・八方出汁のおでん(おまかせ盛り合わせ)』**だ。
「……何だ、この薄茶色の水に浸かった、得体の知れない物体は」 若手騎士のカイルが、おそるおそる「大根」を見つめる。 「これは……白い石か? 剣でも斬れそうにないが……」
「いいから食え。飛ぶぞ」 アルトリウスの促しで、カイルは一口、大根を口に運んだ。
「――っ!? ぶふぉっ、あ、熱い! ……いや、何だこれは!? 噛んだ瞬間、中に閉じ込められていた『聖なる雫』が溢れ出してくる……ッ! 石だと思ったものが、舌の上で雪のように解けていく……!」
カイルの瞳から、大粒の涙が溢れた。 「……わかる、わかります。これは、故郷の母が作ってくれたスープの優しさに、王宮のシェフが全人生を賭けて煮込んだような、深みのある味だ……。身体の節々に溜まっていた戦場の疲れが、出汁の中に溶け出していくようだ……っ!」
「次は、この『もち巾着』をいってみろ。驚くぞ」 私が差し出すと、騎士たちは一斉に、未知の食感に襲われた。 「なっ……何だこの食感は! 絹のような袋の中に、餅という名の魔力が詰まっている! 噛めば噛むほど出汁と絡み合い、喉を通るたびに幸福感が全身を駆け抜ける!」 「こっちの、茶色のギザギザ(ちくわぶ)も凄いぞ! 炭水化物の暴力だ!」
騎士たちが「あふ、あふ」と熱々のおでんに悶絶している中、店内に冷ややかな声が響いた。
「……ふん。相変わらず、下俗な料理を振る舞っているようだな。補給軍師殿」
自動ドアの影に、一人の男が立っていた。 刺繍を凝らした豪華な礼服に、白手袋。異世界の美食の頂点に立つ宮廷料理人、ド・マルク。私の「過去」を知る男だ。
「ド・マルクか。宮廷の台所が暇なのか?」 「貴様が捨てた宮廷は、今や美食の極地にある。見ていろ。こんな『煮込んだだけのゴミ』など、私の料理の前では無価値だということを、じきに証明してやる」
ド・マルクは懐から、禍々しい紫色の光を放つスパイスの小瓶を取り出した。 「次回来店する際、私は『神の鳥のレバーソテー』を持参する。どちらが客を真に満足させるか……勝負だ」
「勝負? 面倒だな。うちは二十四時間営業だから、いつでもどうぞ」 私が淡々と答えると、ド・マルクは鼻を鳴らして闇の中に消えていった。
「店主! あの男、ただならぬ魔力を感じたピピ! 次はヤバいピピよ!」 ピピが頭のベルを「チリンチリン」と鳴らして騒ぐ。
「……そうだな。なら次は、もっとパンチのあるものを用意しないとな。……揚げたての、ファミチキとか」
カウンターでは、おでんの汁まで飲み干した騎士たちが、赤子のような無垢な笑顔で眠りこけていた。 「……おい、アルトリウスさん。店で寝るな。これ、持ち帰り用の『Lチキ』と『おにぎり』だ。明日の朝食にしろ」
午前三時三十三分。 異世界の騎士たちは、大量のコンビニ袋を抱え、文字通り「ヘヴン」を見たような顔で帰っていった。
「……ピピ。明日からお前、バイト代(廃棄のメロンパン)出すから、ちゃんと掃除しとけよ」 「了解ピピ! この店を、異世界最強の城にするピピ!」
私は、ド・マルクが去った闇を見つめながら、少しだけ、かつての戦場を思い出していた。 平和は、食卓から始まる。 たとえそれが、百円のホットスナックであったとしても。
第四話・完
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