雪法

とるてたたん

第1話

 マリンスノー

 なぜだかわからないけど昔どこかの本で読んだ、そんな言葉を思い出す。確か、まるで雪のような、綺麗に目に映るそれの正体は小さな生き物の死骸だったか。マリンスノーは資源の少ない深海にいる生物にとっての救いとなる。

 そこまで記憶を辿ってようやく、なぜ今この言葉を思い出したかに気がついた。どこかそうなれることを期待していたのだろう。今はまだそんなふうになる勇気はないけどいつかそうなりたいと思う。最初はあんなに高く思えたこの屋上の塀も、今はあと少しで越えられそうなところまで低くなっている。

 そんなふうにもはやルーティンと化してしまった、登校する前に行くこの複合商業施設の屋上から一階へと降りて駅へと向かった。

 いつもの改札口。定期を当てて進む。毎朝あんなことをしていても、今のところ皆勤を取れてしまっている。

 電車を迎える駅のホーム。

屋上からの飛び降りを考えるのに、電車へ飛び込もうとする気はないのは、私がまだ死を怖いと思ってしまっている証拠なのだろうか。

 電車に揺られながら考える。

私は骸と同じなのだ。そこに心も何もない。ただ学校の授業に置いていかれるのが怖くて、学校を休む勇気も今の現実を受け入れる勇気もない。

 大人の言われるがままに勉学に励み、優等生でいる。いや、この思考も責任転嫁に過ぎない。私は大人達のせいにしたいだけの、ただの操り人形もどきだ。本当の操り人形なら毎朝あんなことをしないはずだ。だから私は自分の意思で勉強をし、自分の意思であんなことをしているだけでしかない。

 学校の最寄り駅に電車が停止する。

 電車から降りる。

 改札口に定期を当てる。

 駅から出ると同じ制服を纏った女子達の楽しそうな話し声が聞こえる。

学校あるのだりー ほんとね

 普通の人からしたら取るに足らない会話だろう。鼓膜にまとわりつくような不快感を何でみんな感じないんだ。こんなにも不快で不快でたまらないのに。女子のうちの1人が私に挨拶をしてきた。同じクラスの人だったらしい。そういえば顔は見たことがあるような気がする。

 慌てて会釈を返す。

そうすると彼女達は楽しそうに笑って学校まで走って行った。さっきまであんなに学校が嫌そうだったのに、次にはもう笑って学校へと向かっている。今気がついた。私はあんな良い人たちに浅ましくも嫉妬していたのだ。ではなぜ嫉妬していたのだろうか。

 友人がいること?

 それは違う。私には私に勿体無いくらいの良い友人がいる。

 笑って学校へ行けること?

 それも違う。私も学校の全てが嫌ではない、むしろ学校は楽しい。学校へ行きたくないだけだ。

 それなら一緒に学校へ行ける人がいること?

 それだって違う。あんな風に毎朝一緒に登校していたら、私にとってはしんどいだろう。結局わからないまま学校へ着いた。


 ただ、淡々と作業をこなす。

そうして今日も乗り切れてしまった。


 帰り道、やたら周囲が騒がしいのに気がついてイヤフォンを外した。

あそこだ! 誰か救急車! いや警察が先だ!

そんな日常生活からは程遠い異様な音が聞こえる。その方向を見てみるとビルの周りに人だかりができているのに気がついた。そしてそのビルの屋上にはよく見えないが、1人の人間が立っていた。

 ああ、あの人はもう助からないな

直感的にそう思った。

 次の瞬間、案の定というべきかその人の体が宙に浮く。


 ごしゃり


 この世に対する怨恨を、諦めを、絶望を煮詰めたような最後の叫びが耳をつんざいた。目に毒なことなんてわかりきっているのに、それを見ずにはいられない。そこには地面に雪が積もっていた。すごく真っ白な、綺麗な雪。そこの上に赤い絨毯が、、、いや違う、これは雪が積もったんじゃない。そう思ってしまうほどに今目の前に広がっているソレが、悍ましく、赤く、汚い。何がマリンスノーだ。こんなもの雪とは真逆のものではないか。その割れた部分からどんどん地面の雪を増やしていっている。 私はその光景から目を逸らせない。

 お前が美化していたものはこういうものなのだ

もう物言わぬはずの骸からそう語りかけられている。


 雪が死んだら水になる。その雪解けの水は多くの自然を潤していくだろう。マリンスノーだって、あの小さな海にいる生き物たちだって死んだら、栄養の少ない深海に住んでいる生き物にとっての救いとなるのだ。

 じゃあ人が死んだら? 人が死んだらただ二酸化炭素を増やすだけ、、何の資源にも栄養にもなりはしない。それならば私の抱いていた、死は美しく、きっと誰かにとっての救いになるという幻想はどこへやれば良いんだろう


 綺麗な自分の最後を想像することすら許されなくなった私は、わたしはどう生きていけば良いんだろう


 人が自殺した現場を見てもこんな冷静風に思考できてしまうこの優秀な脳が今は煩わしい。そんな思考を振り払うかのように、いつも登校前に通っている屋上へと足を必死に動かす。人混みを潜り抜け、階段を上り、屋上の扉を開け放つ。そして屋上の端へと走って、辿り着いて、、、そこで足は止まった。体が動かないわけでも、死を恐れているわけでもない。私はそんな臆病者じゃない。

 でも、ただ塀が高すぎた

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