第3話 僕の幸せは?

実結が通える学校が決まった。支援学級が隣接された高等部まである学校で6月から通えることになった。

学校に行く前にパサパサの髪を綺麗にするために祭子さんと美容院に行った実結の髪は艶々になり女の子らしいヘアアレンジをしてもらってた。


「似合う?」


恐る恐る僕に聞いたとき僕は「お姫様みたいだよ」とお世辞抜きに褒めた。どんな女の子も女の子だ。

実結は「魔法のシャンプー買ってもらったの」と僕に言った。

「魔法?」


「みゅうの髪がずーっと綺麗でいられるシャンプー。みゅうが自分で髪を洗える魔法のシャンプー」


「良かったね」


この家での生活に少しずつ慣れてきたのか実結は少しずつおしゃべりになってきた。

自分のことを「みゅう」と呼ぶのは気になるけどASDと正式に診断された実結の成長が周りの子と比べたらゆっくりなだけで実結は実結だ。  


まだ夜中の盗み食いが治まりきった訳ではない。

荒れた歯の治療など実結にとってストレスを感じた日は決まって盗み食いや夜泣きが起きる。

僕は実結のために毎晩おにぎりを作ってた。台所の目立つ所に「これはみゆのおにぎり」と書いた紙を添えて食べた日は実結が不安定な日。食べなかったら温めなおして実結の朝ごはんにするルーティンが出来た。

賢治さんから教わった甘い炒り卵と塩昆布のおにぎりが実結の大好物だ。

盗み食い関係なく食べたいときがあるらしく「明日の朝ごはんは黄色のおにぎりだよ」と言うとわかりにくい嬉しさを表情に出す。まだ「あれが食べたい」というリクエストは言えない。


実結の学校が決まる前のゴールデンウィークに僕の誕生日が来た。僕は生クリームが苦手だから別にケーキはいらないけどケーキを知らない実結のために一緒にシャトレーゼに行くと実結はイチゴのショートケーキに目を輝かせた。

僕は唯一食べられるモンブラン。賢治さんはチーズケーキ。祭子さんはフルーツタルト。実結はショートケーキを一緒に食べた。


「あまい?」


「うん」


「あまいは幸せの味なんだよ」


「しあわせ?」


「実結がこれから受けとるもの」


「?」


まだ幸せが何かわからない実結だけど誕生日のケーキがありふれた幸せになりますようにと今は思った。僕は今、自分より実結に幸せになってほしい。

こんな気持ちは初めてだ。


実結が初めて学校に行く日、近所の1年生が「学校嫌だー!!ママといるー!!」と派手に泣いていた。

実結は不思議そうにそれを眺めると「ママって何?」と僕に聞いた。


「うーん…今は祭子さんが実結のママかな?」


実結を生んだ母親は自分の両親に娘を預け行方知れずになっているらしい。

実結が実の両親を知る日は永遠に来ない事実は正直辛い。でもそれが現実だ。


その日からだった。実結の赤ちゃん返りが少しずつ始まったのは。


始めは「これ」と絵本を読むことをねだられ数日後には「これ」と歯磨きをすることをねだられ、ついに実結は爆発した。

それはいつもの夜泣きだろうと僕は眠い目を擦りながらトイレに行こうとすると実結が祭子さんに抱っこされながら牛乳を入れたであろう哺乳瓶を咥えてゴクゴクと目をとろりとさせながら飲んでいた。


どういうことだ!?と僕は唖然とした。


「ゆきくん後で説明するから今は見ないで」と静かな声で言う祭子さんの顔には疲労が滲んでた。

祭子さんの慣れた手つきから多分、哺乳瓶を使うのは初めてじゃない。

これが噂に聞いてた赤ちゃん返りかと僕はネットで検索すると難しい言葉や実際に赤ちゃん返りを経験した虐待サバイバーの人の記事が出て理解が追いつかず目が痛くなる。

正直ショックだった。

実結の心のケアに寄り添えてたような気がしてたけど、僕ができることなんて本当にちっぽけで無力さに苛まれた。


その日から実結は祭子さんにべったりだった。

祭子さんが実結と眠れるようにソファーは古かったのでいい機会だとソファーベッドに買い替えて実結は少しでも睡眠時間を確保しようと寝ている祭子さんの懐に潜り込み胸に顔を埋める。

賢治さんは「今は赤ちゃんになりたいんだね」と寝ている祭子さんを起こさないように実結の背中をさすってあげていた。

僕が出来たのは絵本(元子役の技術がここで生きるとは)の読み聞かせと歯磨きにおにぎりを作ることだけだった。

実結が欲しがっている母性は今の僕にはない。


祭子さんはくたびれきってた。

賢治さんは祭子さんの睡眠時間確保のために実結と僕(まだ16歳だから児童精神科の年齢だ)が通う児童精神科の送迎を担当したり実結が疲れ切って眠れるように公園で一緒に遊んだり真夏はイオンモールで一緒にアニメ映画(特にディズニーやジブリ映画は家でもお世話になった)を観たりかき氷を食べた。

「あまい」


「うん」


「これが幸せ?」


「幸せは実結が決めていいんだよ」


「おじちゃんと…」


「うん?」


「ゆっくんのご飯とおにぎりは幸せだってみゅうは思っていい?」


「もちろん」


賢治さんは嬉しそうに顔をほころばせ僕は初めて名前を呼ばれた嬉しさで実結にかき氷のさくらんぼを分けてあげた。


「いいの?」


「いいんだよ。ゆっくんは実結が幸せだと幸せ」


「…」


「うん?」


「ありがと」


実結が少しずつ幸せを知っていく姿は僕のパニック症の回復にも繋がっていた。

頓服薬と眠剤が無いとまだ眠れないけど日々苛まれていた不安は大分和らいでいた。

この気持ちはなんだろう?まだ僕にはわからないけど僕は今幸せだ。


赤ちゃん返りが激しい中でも実結は学校でいい担任の先生に恵まれその先生に会いたいから学校には休まずに通っていた。

だけど12月になると先生が産休に入ることを発表した。

そのとき実結は送りの車の中でボソッと「学校嫌だな…」と呟いた。

僕は学校が午後からだった(午前中はぶらぶらするつもりだった)ので「じゃあ僕もサボろうかな」と嘘をついてみると賢治さんは「じゃあ朝マック食べようか?」とマックのドライブスルーでグラコロを2人分買ってくれた。


車を海辺に止めると「寒いけどピクニックだ」とベンチに並んで座ってコーヒーを飲みながら僕たちがグラコロを食べるのを見守った。


「どうやって食べるの?」


「見てて」


僕がガブってかぶりつくと実結も恐る恐るがぶりとかぶりついて「あつい」と言った。


マックのグラコロはとろりと熱くクリーミーな中身と甘じょっぱい2つのソースはたまらなく美味かった。

実結は夢中に食べていた。


「幸せだね」


「そうだね」


すると実結は半日だけの不登校に満足したのか「やっぱり学校行く」と言った。


「じゃあ僕も行くよ」


僕が学校に行くための駅に着くと「行ってらっしゃい!」と手を振る。

僕は「行ってきます」と手を振り替えした。


はたから見たら年の差が大きい兄妹だろう。

けど僕たちは他人だ。でも家族だ。


帰ると賢治さんが実結とグラタンを作ってた。

市販の誰でも作れる簡単なグラタンに炒めた玉ねぎを加えて実結の好きなツナマヨをトッピングしたありふれたグラタン。

実結の初めての料理を僕達は味わって食べた。


「おいしい?」


「うん。めっちゃおいしい」


「ゆっくん幸せ?」


「幸せだよ」


僕の返事を聞いた実結は賢治さんとハイタッチをして「私も」と祭子さんともハイタッチをした実結は笑顔だった。

実結が少しずつありふれた子どもになっていく。それが今の僕の幸せだ。


この気持ちはなんだろう?


未来の自分が思い返したときにわかったのは「愛」だった。

実結が誰かの幸せが自分の幸せになることを教えてくれた。


実結が全てを救うきっかけになったわけではない。

ただ小さな光が僕の暗いトンネルを照らしてくれた。

実結の存在は小さいけれど、そのときの僕が生きるための小さな光だった。


僕は後に大きな愛を受けとることになるけど愛の器の基盤はこのときに少しずつ大きくなっていった。


僕は生きていい。


生きるべきだ。

誰の承認もいらない自己肯定は僕を生かし続けていく。


ー続く。







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