第4話僕が幸せを取り戻す裏にあった地獄
12月25日はクリスマスでもある実結の誕生日だ。
実結はまだ誕生日を祝われた記憶が無い。クリスマスにごちそうを食べた記憶が無い。
賢治さんの漫画専用の本棚にあるグルメ漫画でクリスマスや誕生日はこんな風に祝うんだよと教えると「おじちゃん、これ全部作れるの?」と不思議そうに聞き「なんでも作ってあげるよ」と賢治さんは張り切りモードに入った。
賢治さんがごちそうを作っている間、僕と実結はシャトレーゼで予約した苺のショートケーキのホールケーキを取りに行き実結は「今日はみゅうが幸せになる日?」と聞かれ僕は「ううん。皆が幸せになる日だよ」と返した。
「みんな?」
「そう。実結が幸せになると皆が幸せになるんだよ」
「なんで?」
「家族だから」
「家族?」
「賢治さんと祭子さんと僕と実結は家族。今は分からなくていいから実結は実結のままで幸せになればいいよ」
僕がそう言うと実結は僕にぎゅっと抱きついて「皆ずっと一緒?」と不安気に聞いた。
僕は高校を卒業した後の進路をまだ考えてなかったけど今だけは実結に嘘をつきたくなかった。
「うん。大丈夫。皆ずっと一緒」
「うん」
実結は涙を流していた。
僕は実結の涙を拭うと気がついたらハグをしていた。
「もう実結はひとりじゃないよ。だから実結は何にも心配しないで実結は実結のままでいて」
胸の中に暖かい気持ちが溢れていた。
「帰りたくない」
「え?」
「熊本には帰りたくない」
「大丈夫。実結のおうちはここにしかもう無いから」
不安に駆られている実結を腕に抱き実結が泣き止むまで待った。
どうしてこんなに可愛い子を虐待する人間がいるんだろう?
実結の心の傷の深さを全部はわかってあげられないけど今は実結の傷の半分だけでも代わってあげたかった。
家に帰ると実結は帰ってきた祭子さんに抱っこをねだり実結が落ちつくまで賢治さんと交代しながら抱っこをしていた。
実結はその日、ごちそうが食べられないくらい気持ちが落ちこんでたけど次の日のお昼にごちそうが並んでいるのを見て元気を取り戻した。
ごちそうは手羽元の甘辛い酢醤油煮に野菜たっぷりのミートソース入りのラザニアと最近、韓国ドラマにハマってる賢治さんが昼に作ったとびっこと刻んだたくわんの具が入ったチュモッパに韓国海苔とごま油が利いた賢治さんお手製ドレッシングをかけた野菜サラダだった。
賢治さんは下戸だけどお酒が大好きな祭子さんは昼酒を決め僕と実結はたらふくごちそうを食べた。
どれも素晴らしく美味しかった。
実結は生まれて初めての誕生日ケーキの「実結ちゃんハッピーバースデー」と書かれたチョコプレートを口を汚しながらパキパキ食べた。
「あまい」
「うん」
「幸せって残してもいいの?」
「え?」
「お腹いっぱい」
「残ったら夕飯にすればいいんだよ」
「残したら幸せは続くの?」
「どっちでも大丈夫」
「いいの?」
「もちろん」
僕達はお昼にお腹がいっぱいになりすぎて夕飯はケーキだけだった。
生クリームが苦手だった僕だけど実結と幸せを分かち合いたくて初めて苺のショートケーキを食べた。
悪くない。
その日から僕は生クリームを食べられるようになった。
幸せなクリスマスだった。
そんな幸せだったクリスマスも束の間、僕は年末にひどい風邪をひいてしまい高熱で1日中、ベッドに横になっていた。
ふと、夜中に目が覚めネットニュースを見ると美希人のニュースが上がってた。
内容を見ると美希人がいじめがテーマのドラマで壮絶ないじめの被害者を演じるニュースだった。
美希人のコメントは「この作品がきっかけで被害者に許されるとは思っていませんが被害者の気持ちが今になり身に沁み恥ずかしい気持ちでいっぱいです」と語っていた。
YouTubeに上がった予告編を見ると美希人は報いどころかこの地獄を抱えたまま未来を生きなければいけない現実に僕は少しだけ同情した。
やけに喉が乾いて枕元にあるポカリを飲み干した。痛い喉にポカリがしみる。
何故、美希人はいじめをしてしまったんだろう?
僕は大なり小なりいじめの被害者にもなったことはあるし傍観することしかできなかった加害者でもある。
今の精神状態で探るべきではない。
僕は眠りについた。
夢の中では美希人のいじめの謝罪会見をしたお父さんが必死に謝っている。
お父さん何で謝るの?悪いのは美希人だよ?
「離婚をしたとはいえ美希人の父親は私です。私は美希人が倫理が学ぶ前に離婚で彼の心に深い傷をつけました。美希人がしたことは決して許されません。私が被害者の父だったら法の元で罰を下されてほしいと当然思います。ですが美希人を見棄てることはできません。私は離婚をしても彼の父親である事実から逃げることはできません…彼の更生に寄り添い親として彼を育て直します。彼が芸能界に戻る戻らない以前に人として全うに生きられるように私自身も自分を律し美希人を支えるつもりでいます」
お父さん…もう自分を責めないで。
そんなにフラッシュがたかれた世界でもう傷つかないで。
お父さんをいじめないで…お父さん…お父さん!
「有希人」
目が覚めると本当にお父さんがいた。
「お父さん…何で?」
「祭子さんから有希人が熱を出したって聞いて今年の年末年始は空いていたから飛んできた」
「お父さん…」
「辛くないか?汗をかいたろう?着替えよう」
僕は身を任せるようにお父さんに看病された。
お父さんはずっと僕の側にいた。
随分、老けた。白髪も皺もすごく増えた。
美希人が罰金刑になったとき前の奥さんと共同で罰金を払ったはずだから今、お父さんの金銭事情は優しくないはずなのにそれでも来てくれた。
お父さんはやっぱり僕のお父さんだ。
お父さんが側にいる安心感から僕の熱は次の日に下がっていった。
お腹が空いてリビングに降りると、お父さんは実結を肩車していて実結にすっかり懐かれていた。
そうだ。お父さんは本来は子煩悩の人だ。
もう1人くらいは子どもが欲しかったはずだ。
今、とてもお父さんは厳しい現実から離れて幸せそうだった。
お父さんは後、1週間だけここにいる。
せめて今だけは安らいでほしい。
僕の大切なお父さん…僕の大好きなお父さん。
はしゃぐ実結の声が響くリビングに賢治さんが焼くお餅の匂いがする。
この何気ない日常は永遠じゃない。永遠なんかないけど…今だけはお父さんをただの普通のお父さんでいさせてください。
僕は多分お父さんを見守っている芸能の神様に祈った。
お父さん…。ずっとここにいて。
今だけは美希人のことを忘れられますように。
そう祈り終えたときお餅が焼けたのかタイマーがチーンとこの時間が近い内に終わることを告げるようになる音がリビングに響いた。
まるで教会の鐘の音のようだと思った。
そんな1日だった。
ー続く。
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