ベテランの意地
「Gorr。」
「うくっ…………!」
親ミルホーテが雑にリルルーラを掴むと、子の方へと放り投げた。
地面に打ち捨てられたリルルーラはゴロゴロと転がり、子ミルホーテの足元で止まる。生きていれさえすればいいと乱暴に連れてこられたことを示すように、その軌跡には、彼女から流れ落ちた赤で鮮やかな道が描かれていた。
「やめろ……。」
剣を振るう。鎖が舞う。拳を繰り出す。呪文を唱える。
凶行を防がんと、必死に闘う。
だがその全てが遅い。
子ミルホーテが牙を剥く。
ギラリと鋭いそれは、いとも容易く少女の肉を食い千切るであろう。
「やめろ……!」
彼らは足掻く。
それだけは何としても止めると。
だがその全てが遠い。
大きく開かれた顎が生贄の少女に迫る。
ギリギリのところで小さく胸を上下させる少女の吐息は、次の瞬間には途絶えるだろう。
「やめろぉぉぉぉ――――!!」
だがその叫びは――――。
「『駆け抜けろ』!」
「――――Goagyaaaa!?」
届いた。
いや、届かせた。
「…………え?」
後、ほんの一瞬。瞬きの間にリルルーラの命を奪ったであろう絶望の化身が、事故にでもあったように吹き飛んでいた。
ゴロゴロと、意趣返しのように地面を転がり、横たわった身体はビクンビクンと痙攣を繰り返すだけで、起き上がってくる気配は微塵も感じられない。
一体何が起こったのか。
それをなした原因は、倒れこんだ子ミルホーテを見れば一目瞭然だった。
頭部に矢が刺さっていた。
その矢はものの見事に眼球を貫き、シャフトの半ばまで深々と埋まり、
予想だにしない事態にモカ達も、魔物達も、その場の全員に痛いほどの沈黙が流れる。
「――――っはぁ、はぁ、はぁっ!」
静寂を破ったのはマリエルの荒い吐息だった。
崩れ落ちた彼女は地面に膝を着きながら、必死に乱れる息を整えようとしていた。額を流れる玉の汗は、ここまで走ってきたことによる疲労だけが原因ではないのは明らかだ。
マリエルがこうなっているのは当然、先の一射を放ったためだ。
通常であれば、矢を一本放っただけでここまで消耗することはない。たとえ百の矢を放とうとも、息を切らせる程度だろう。
だがこの一矢は、ただの一矢ではない。
リルルーラの危機に、自分を加速させても間に合わないと瞬時に判断した彼女は、咄嗟にルーンの効果を矢に付与して放ったのだ。
本当の意味で目にも止まらぬ速さで飛翔した矢は、その場の誰にも察されることなく子ミルホーテを穿った。
しかし、その代償は小さくなかった。
本来なら肉体に作用する効果を、物に移し替えるのはルーンの応用技だ。元から物に作用するタイプのルーンとはわけが違う。
ルーンを極めたとは言い難いマリエルは、その一射だけで気力体力をごっそりと持っていかれてしまった。むしろ彼女の練度では効果を矢に付与出来るかどうかすら賭けに近かった。その上、遠く離れた子ミルホーテも眼球をピンポイントで貫けたのは、正に奇跡と言えた。
「どーよ、ざまあみなさい……!」
「マリーさん……。」
崩れ落ちたまま皮肉気に嗤うマリエルに、何も言葉が出てこなかった。ただ胸の内に感謝が湧き上がるのを感じる。
「今ので私はもう
「はい!」
「お任せください。」
「よ~し、あたしも全部出し切るよ!」
「マ、マリーさんは休んでてください。」
立ち上がることすら出来ないマリエルも激励に気合を入れ直す。最悪の危機は脱した、後はとっとと敵を殲滅して、リルルーラを救出すれば終わりだ。
「…………Goaaaaaaaaaaaaa――――――――!!」
我が子に駆け寄り、その身体を揺すっていた親ミルホーテが吠えた。そこには誰が聞いても憤怒の咆哮だと理解できる程に、怒りの感情がありありと現れていた。
それも当然のこと、子供を殺されて怒り狂わない親はいない。
牙を剥き、眦を限界まで吊り上げている顔を見れば、彼女がモカ達を生かして帰す気がないのは間違いないだろう。
「やかましい。一丁前にキレてんじゃないわよ、キレてんのはこっちだっての。」
マリエルの吐き捨てるような台詞が第二ラウンドの合図となった。
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