王の号令



 広場の奥。

 特に高い崖の一部が抉られて屋根のようになった場所にはいた。



「Gorrrrr――――。」



 二本足で直立する、4メートルを超えるであろう巨躯。

 野生動物のものとは到底思えない程に分厚い筋肉を搭載しており、その威圧感から本来の体躯よりも更に巨大に見える。

 全身を覆う体毛はまるで深淵の闇を思わせ、開けた場所故に差し込む陽の光を受けても照り返しも起らぬほどに重い黒であった。

 口から覗く牙も、手足の先の爪も尋常でなく鋭く、一度振るわれればルーンの恩恵を受けた身であっても容易く粉砕されるだろうことが想像できた。

 熊、狼、それとも虎だろうか。そのどれとも似ているようで似ていないその姿は、正しく魔物の名を関するに相応しい異形だ。


「ミルホーテ……!」

 そう呟いたポムニットの声は、わずかに恐れが混じり震えていた。


 プレッシャーボア、フォイエルディア、ビスケルブル。いずれも強大な敵であり、それら全てを乗り越えてきた彼女等であるが、目の前のこれは、そのどれとも比べるべくもない強大な敵であると知っているのだ。

 しかも、ただでさえ強敵であるというのに、目の前のこれはまず間違いなくルーン持ちなのだ。もはや災害と称するべき化け物だ。


「あ、あれは不味いですっ!ミルホーテは並の魔物ではありません!腕の立つ冒険者が討伐隊を組んで挑む相手です!ここはリルちゃんを救い出したらすぐに撤退を――――!?」

「リルちゃんっ!?」

 戦力差を計算したポムニットの提案は、モカの悲鳴のような叫びで遮られた。


「Gorrr。」

「Gurrr。」

 ミルホーテが座する玉座の間。その陰から姿を現したのは、二回り程サイズの小さなもう一頭のミルホーテだった。

 大きい方のミルホーテが愛おしそうにグルーミングを行う様を見るに、おそらく親子なのであろう。

 その親子のじゃれ合いのすぐそばにあるものが目に入った瞬間、モカはたまらず飛び出した。


 それは、連れ去られた複数の人間達。いずれも意識を失いぐったりと地面に身を横たえており、息こそか細いものの死亡している者はいないようだ。

 その中には、リルルーラの姿も見えた。


「私達も行くわよっ!!」

「リルちゃんに手出しなんかさせるもんか!!」

「は、はい!!」

 続いてマリエル達も走り出すが、その動きは、魔物達にすぐに察知される。


「Gorrru。」

 モカ達に気が付いた親ミルホーテが、煩わしいと言わんばかりに喉を鳴らす。

 そして周囲の配達を一瞥すると――――。



「Grooooo――――!」



 命令を下すように吠えた。

 一見するとただの咆哮であったが、その効果はすぐに目に見える形で現れた。



「「「Grrrraaaa――――!!」」」



「んにゃ!?」

「なによこれ!?」

 その変化には、誰もが目を剥いた。


「おやおや、これはなんとも……。」

 ラテですらも、普段は緩みっぱなしの視線を鋭くさせた。


 見た目に大きな変化が起こったわけではない。

 だが、肌で感じる空気は先程までとはまるで違った。


 重い、厚い、息苦しい。


 二十に届かぬボスの側近。

 弱いとは言わないがルーン持ちのように苦戦するほどではない相手が、先の強者達に劣らぬ圧を発しだしたのだ。

 身体からは不吉さを感じさせる黒い靄が纏わりつき、目は血のような深紅に染まりギラギラと鈍い輝きを放っている。

 尋常ではないことは間違いなかった。


「【王命オーダー】持ちとかっ!こんなところにいていい魔物じゃないでしょ!?」

 マリエルの言葉は愚痴であり、同時に悲鳴でもあった。


 【王命オーダー】とはルーンの効果分類の一つ。

 星の数ほどあるルーンだが、その力はルーンを刻んだ肉体に作用するものが大半である。身体強化はもちろん、サノンの振動なども肉体を起点として効果を発揮するものだ。ラテやマリエルの鎖や矢などの器物に効力を伝えるというものは、肉体に直で作用するものと比べると数は少なくなる。

 他者の肉体に影響を与えるルーンはそれ以上に希少だ。その中で、複数の自身の配下に効果を与えるルーンが【王命オーダー】に分類される。これはさらに数が少なく、モカの【聖騎士】のルーンに匹敵するほどの希少さだ。

 故に【王命オーダー】持ちの魔物は基本、緑の迷宮などの大ダンジョンなどでしか目にすることはない。


「くっ、邪魔を!するなっ!」

 突進するモカの行く先を牙をむき出しにした魔物達が遮る。

 モカにとってこの程度の魔物、複数体相手取っても難なく斃せる格下に過ぎない。しかし、足を止めず、通り抜けにできる程容易くもなかった。

 立ち塞がったのは三体の狼型の魔物。

 一体は勢いのまま斬り伏せたが、その隙に残りの二体の攻撃を受けてしまい足が止まる。


 そして、最悪の時が訪れる。


 たっぷりとしたグルーミングを終えた親ミルホーテが無造作にに近付いてゆく。

 品定めするようにぐるりと餌を見渡すと、小さく喉を鳴らして思案する。自分の子の初陣に相応しい獲物はどれかと悩んでいるようにも見えた。

 ゆらゆらと揺れていた視線が、一番小さな獲物に止まる。



 選ばれたのは、リルルーラだった。



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