VS超速い猫
◇………………………………………………………………………
「ぐぁ!?」
「くっ!攻撃が当たらねぇ!?」
ラテが向かった先では、数人の冒険者が高速移動する虎に翻弄されていた。
振るった剣は空を斬り、捕らえていた筈の姿は瞬きの間に消え失せる。攻撃は一切届かず、傷だけが増えていく一方だった。流れ出る血の量こそそこまでではないものの、鎧もボロボロで、このままではじり貧なのは目に見えていた。
「くそぁ!!」
嬲り殺しのような現状に、クンストメル商会の冒険者の男がやぶれかぶれに剣を振り回すが、そのような攻撃が当たる筈もなく。
むしろ大きな隙を作っただけとなった男に、高速の虎が迫る。
「――――っあ!?」
寸前となって男もそれに気が付くも、もはや対処も間に合わず、すわこれまでかと目を瞑った。
「はい残念。」
「Gysha!?」
されどその攻撃が男を捉えることはなかった。
「…………え?」
唖然とする男の眼前には、いつの間にか浮遊する鎖があった。
見覚えのある鎖だ。
それはこの戦場で、幾度となく自分や仲間達を助けてくれた鎖だった。
「Shaaa……!」
視線を彷徨わせると、こちらに突っ込んできていた筈の虎が倒れ込んでいるのが見えた。
ラテの行ったことは単純だ。虎の進行ルートに鎖を配置し、足を引っかけたのだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……。」
いつの間にか隣に立っていたラテに声をかけられハッと正気に返る。
危機一髪だった。今のところ戦闘を続行できる程度に無事だが、あの攻撃を受けていたら正直危なかっただろう。腕の一本ぐらいは持っていかれたかもしれない。
「ありがとう、助かったよ。」
「どういたしまして。ところで、あの魔物を知ってますか?」
「……おそらくピッツチェシャだと思う。
力は強くないが鋭い爪を持ち、素早い動きで獲物を捕らえる草原の狩人。ここいらではあまり見かけない猫型の魔物だ。」
「猫って……とてもそうは見えないんですが。」
目の前にいる魔物を見て猫と称する者はあまりいないだろう。
毛皮こそ猫らしいサバトラだが、その体躯は猫というにはあまりに大きく、しなやかな筋肉に包まれており、緑の瞳も可愛らしい猫とは程遠い獣性を宿している。爪はまるでナイフのようで、冒険者達の肉体に刻まれた傷跡を見るに、鋭さもナイフ相当の切れ味を有しているのが見て取れる。
「……本来はもう二回りくらい小さいんだよ。素早さも目に負えない程じゃないし。」
男の言う通り、通常のピッツチェシャは少し大きめの猫くらいのサイズだ。速さも視界から消え失せるというような馬鹿げたものではない。
そこはルーン持ちの魔物といったところか、通常とはかけ離れた成長を遂げたのだろう。
「普通のピッツチェシャは速さはあるが耐久力がないから、攻撃さえ当てられる技量があれば斃すのは難しくないんだが……。」
「なるほどなるほど。」
満足気に頷いたラテは、おもむろにピッツチェシャに向かって歩き始めた。
転んでいたピッツチェシャは隙を突いて攻撃してきた冒険者達を掻い潜り、すでに体勢を立て直していた。
「お、おい!?策もなしにあいつは捕らえられない!ここは協力してさっきみたいに体制を崩させた隙に仕留めるんだ!」
「大丈夫ですよ。」
男の言うことは尤もなのだが、ラテは意に返さず歩を進める。
男とてラテの実力は認めている。
これまでの戦闘から、年下でありながら自分よりも戦力として格上であると分かっていた。
だが、そうであってもあのピッツチェシャに勝てるとは思えなかった。
「Shao?」
彼我の距離十数メートル。
ピッツチェシャにとっては瞬きする間に走り抜けられるくらいの場所で立ち止まったラテに、疑問符を浮かべる。
ザッと足を踏みしめて仁王立ちするラテは、ピッツチェシャを見据えると、短剣を持った手とは逆の手を上げ、人差し指を立てると――――。
「
クイクイッ。
っと小刻みに動かした。
「…………Fshaaaa――――!!」
一瞬だけ呆けたピッツチェシャが次の瞬間、牙を剥き出しにして吼えた。
細く鋭い瞳孔に浮かぶもの、それは堪えようのない怒りだ。
ピッツチェシャにはルーン持ち特有の、魔物とは思えない程の知能がある。だからといって、人の言語を理解している訳でも、
だがそれでも分かることはある。
この矮小な人間は――――――――自分を挑発している。
「Shyyyy――――…………!!」
牙の隙間から零れる唸り声が鋭さを増す。後ろ足に力が込められ頭部が下がり、前傾姿勢になる。明確な突撃体勢だ。
その視線の先にいるのは微笑みを崩さないラテ。
周囲の冒険者はピッツチェシャの気迫に飲まれて動けない。
ピッツチェシャの爪が ザリッと地面を掴む。
ラテの鎖が擦れ合いジャラっと音を鳴らす。
冒険者の誰かがごくりと喉を鳴らした。
「――――…………っ!」
ラテとピッツチェシャの視線が交差する。
そして――――。
「「「うおっ!?」」」
鈍い音が周囲に響き渡る。
冒険者達にはその決定的瞬間が見えなかった。気が付けばピッツチェシャがラテの後方にいた、理解できたのはそれだけだ。
ラテもピッツチェシャもそのままの姿勢でピタリと制止している。
しばらくの後、ラテが口を開いた。
「あなたのスピードは凄まじいの一言です。並の攻撃では掠らせることすら困難でしょう。」
淡々と、世間話のような軽い口調で語る。
「ですがあなたには欠点が多々あります。」
ピッツチェシャは動かない。
「あなたの持つルーンは速度上昇系統、それも瞬間移動に等しい程の超加速。これは特に制御の難しい種類のルーンです、相当な練度がなければ使いこなせません。
その証拠にあなたは、連続の使用、長距離の移動、発動中の方向転換、これらが一切出来ず短距離を直線的に移動するだけでした。」
同系統のルーンを持つ熟練冒険者のマリエルも、十全に使いこなせているとは言えなかった。
それだけルーンを極めるというのは難しいのだ。
「それに加えて、冒険者の皆さんの傷を見るに攻撃方法は全て爪によるもの。しかも鎧の上についている傷も多い。これは高速移動中に周囲が見えていない証拠です。
そしてこれだけの速度が出せて体格もあるというのに、一番脅威となる攻撃方法、体当たりを行なっていない。ルーンに頑強性を上昇させる効果がないのでしょうね、耐久力は並のピッツチェシャと変わらないということに他ならない。それ故に常に武器を持たない側に攻撃を仕掛けている。」
ラテはその冷徹と言える視野で以って、冒険者達とピッツチェシャの戦闘行動と、それによって受けたダメージをザッと見ただけで詳細に把握していた。
「お、おい、あれ……。」
そこでようやく冒険者達がそれに気が付いた。
「だからあなたを斃すのは簡単。
ルーンを発動した瞬間、武器を持っていない側に罠を設置すれば、後は自ら突っ込んで自滅してくれます。」
ドサリと音を立ててピッツチェシャが倒れた。
その額には、鎖に繋がれた短剣が突き刺さっていた。
「次があったら気を付けなさい。」
瞬間、冒険者達の歓声が響いた。
ラテvsピッツチェシャ。
勝者、ラテ。
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