商人の依頼


「話を戻すが、ダンジョンについてだな。」

「あ、誤魔化した。」

「話が進まないからまあいいわ、お願い。」

 いまだもやもやは晴れないが、今はダンジョンの情報が第一だ。モカ達も気持ちを切り替えて、真剣に話を聞く体勢に戻る。


「ダンジョンは今、この村の南西にある森の中にある。森全体がダンジョン化している状態だ。」

「南西……道理で見つからない筈だわ。」

 小さく呟かれたその言葉は誰の耳にも届くことはなかった。


 マリエル達が依頼を受けた時、ダンジョンはモント村より遥か北にあったのは間違いない。それ故探索範囲を北側に絞っていた。

 それはダンジョンが間近に迫れば見つけられる自信があったからだが、グリムハットの言葉が本当であれば、ダンジョンはすでにモント村を通り過ぎている。それすなわち、マリエル達がダンジョンを見落としたということに他ならない。

 人前だから表面上は取り繕ったものの、もしこの場に誰もいなければ、膝を折って項垂れていたかもしれない。


「このダンジョンは中々面倒だぜ。

 なにせ移動の度に魔物の縄張りを荒らしていきやがったからな。あっちこっち広範囲に魔物が散らばっちまって、ダンジョンを捕捉するだけでも一苦労だったぜ。」

 グリムハットの苦笑には、どこかマリエル達へのフォローが混じっているようにも感じられた。

 それは彼なりの優しさと、せっかく見つけた優秀な冒険者につまらないことで折れてもらっては困るという、打算から来るものだった。

 グリムハットが優秀な冒険者を求める理由、それは今のダンジョンの状態にあった。


「んで、ここからが本題なんだが。

 ここしばらくダンジョンが動いてねぇ、ずっと森の中に留まったままだ。」

「動いてないって、どうして?」

「さぁな。だがこれまではずっと動き続けていたダンジョンがここにきてピタリと止まったんだ、そりゃなんかあると思うだろ。」

 変化とはつまり予兆だ。

 虫の知らせ、嵐の前の静けさ、その形は様々だが何かが起こる時、その前には何かしらの変化が起こる。


「ふむ、ダンジョンの詳細について教えてもらえますか?」

「あぁいいぜ。とは言っても、このダンジョンは妙にガードが堅くてな。ウチのもんでもそこまで詳しく調べられなかった。」

「クンストメル商会の冒険者が……!?」

 冒険者と一口に言ってもピンキリだ。

 腕の立つ者、素人同然の者、玉石混淆の中にあって商会に所属する冒険者はほぼほぼ優秀と言っていい者達だ。

 魔物溢れるこの世界において、仕入れなどで移動の多い商人に護衛は必須だ。命の次に大切な商品を守るのだ、誰だって強く誠実な者を求めるし、それを手放さない為に賃金もそれ相応の額を払う。冒険者にとって商会に属することは、一種のステータスでもあった。


「ダンジョンの形式はボス型だ。魔物の種類はほぼ獣型だが、狼や猪、鹿と種類がバラバラなのを見ると、統率系統のルーン持ちがボスなんだろうよ。

 しかも、中には予想以上に魔物が大勢いて中心部に辿り着くことも難しい上、ボス周辺はまるで親衛隊みてぇにルーン持ちや、それに近しいレベルの魔物が取り囲んでいやがる。おかげでボスの姿すら確認できてねぇって有様だ。」

「それは……厄介ね。」

 ウチのやつらだって腕は悪くねぇんだがな、とぼやくグリムハットは困ったように頭を掻く。更に言うには、これすらもつい先日判明したことだという。

 予想以上のダンジョンの難易度に、マリエル達の表情も先程から曇りがちだ。


「あ、あの、それほどのダンジョンならギルドに報告して、対応してもらった方がいいんじゃないですか?」

「もう報告してある。」

「し、してあるんですか!?」

 ピシャリと言うグリムハットに、提案したポムニットが驚かされた。


「え?報告してるの?」

「そりゃそうだろ。この状況で今更だんまりな訳ねぇだろ。」

 流石に心外だと言わんばかりに眉を顰める。思った以上に人でなしと思われていたようで、内心で少しばかり凹んだ。


「ギルドに伝令を出したのは昨日だ。まだ報告が届いたかどうかってくらいだろうよ。

 報告が届いて、冒険者に依頼が出て、それが受理されて、となると、たとえ冒険者が集めやすいこの状況でも、戦力が到着するまでどうしたって数日かかる。」

 通常であれば数日で冒険者が現場に到着することはない。手続きに時間がかかるのもあるが、何より移動手段が徒歩か馬車くらいしかないので、どうしても即応とはいかないのだ。

 しかし今はダンジョンに纏わる異変により多くの冒険者が駆り出されているため、ギルドの対応としてはその配置を変更するだけで済むので短時間での対応ができる。

 彼は現状をしっかり把握しているようだ。


「そこでだ!」

 行儀悪く、ビシッと指を突き付ける。


「俺からお前さん等に一つ依頼を出したい。」

「依頼ですか?」

「おう。ボスを斃してこいだの、魔物を殲滅してこいだのと無茶は言わねぇ。

 ダンジョンに入って魔物を出来る範囲で斃してくるだけでいい。」

「……なんで私達に依頼するの?」

「そりゃ、お前さん等がこの村にいる冒険者達の中で、一番腕が立つからに決まってんだろ。」

 グリムハットがマリエル達をフォローした理由がこれだ。

 モント村に集っている少なくない数の冒険者の中で、マリエル達こそが最も強い冒険者であると彼は確信していた。


「ええ~、そう見えちゃうかな~?」

「ああ。そんな少数でルーン持ちを斃せるヤツなんざそうはいねぇぜ。」

 フォイエルディアはともかく、トスタウルフはモカとラテ二人で倒したのだが、彼はそこまでは把握していなかった。それを除いても5人組でルーン持ちを討伐できるのは優秀な冒険者である証拠だ。


「なるほど。

 私達に望んでいるのは魔物の脅威度の調査、それと間引きですか。」

「おうその通り。問題ない可能性もあるが、念のために備えておきてぇんだよ。

 正直複数体もルーン持ちがいるとあっちゃあ、もしダンジョンの接触が起こって魔物が村に流れ込んできた時に、集めた戦力じゃちと不安がある。

 そこでお前さん等に魔物を削ってもらいてぇんだ。」

 要はもしもの時優位に立つための下準備だ、と締め括る。


「お前さん等が持ち込んだフォイエルディアは親衛隊の一頭だ。

 こいつを相手できるお前さん等ならいけると思うんだが、どうだ?」

「う、う~ん。」

 そう言われて悩む。

 マリエル達がギルドから受けた依頼は異変の原因の調査、グリムハットからの依頼はそれに相反する内容でもない。

 冒険者が二重に依頼を受けることは別に違反ではない。彼等からすれば報酬を二倍受け取ることが出来るので、悪い話ではなかった。


「どうします?」

「普通なら受けてもいいと思うけど……。」

 しかし、どうにも乗り気ではない様子。

 その理由は――――。


「「「なにか裏がありそう。」」」


 であった。


「ひでぇなぁ、裏なんてねぇよ。」

「あやしい。」

「あ、あやしいです。」

 へらへらと笑うその姿からは、信用など生まれようもなかった。

 ジト目で見つめてもグリムハットの表情は変わらない。


「いいんじゃないですか、受けておきましょうよ。」

 そう言ったのは、ニコニコ顔でずっとグリムハットの挙動を見据えていたラテだ。


「……いいの?」

「ええ、問題ないかと。」

「そう……。」

 マリエルは思案する。

 短い付き合いながらもラテの優秀さは理解している。事実、隊商がダンジョンを捕捉していると気が付いたのはラテなのだ。

 彼がそういうのであれば、この依頼は受けていい理由があるのだろうと思う程度には、ラテの判断力を信頼していた。


「……ふぅ。わかったわ、この依頼受けましょう。」

「おおそうか!よろしく頼むぜ。

 ダンジョンに入るのは明日の朝からだ。ポーションやらなにやら、必要なものはサービスしてやるから受け取ってくれや。」

 その後、契約内容や依頼料などを話し合ってその日はお開きとなり、モカ達は『湖の小鳥亭』へと帰っていった。


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