商人の思惑。ダンジョンの思惑。
◇………………………………………………………………………
「で、説明してもらえるかしら?」
帰って来て早々、マリエルがラテに詰め寄る。
『湖の小鳥亭』の食堂の席についてすぐの出来事だった。
「ええもちろん。
さて皆さん、先程の話はどう思いましたか?」
「え?そうだね~。なんかよくわからなかったかな。」
「うん。今まで黙ってたのに今度は調査してほしいとか、わけわからないよ。」
「う、裏がありそうというか……。」
ラテ達も、グリムハットのちぐはぐさに困惑の表情だ。
マリエルやモカほどの頭の回転はなくとも、違和感を感じる内容だった。
「推測も多く混じるので正解かどうかは保証できませんが、まずグリムハットさんは全てを話した訳ではないと思われます。」
「でしょうね。」
「ダンジョンが南西の森にある、これは本当でしょう。しばらく移動していないのも、ダンジョンに備えて冒険者を集めたのも本当。これは利益の為ってこともあるでしょうが。
ですがダンジョンの内容を調べられなかったというのは、どこまで本当かは怪しいですね。」
「そうよね。クンストメル商会付きの冒険者が何も調べられなかったというのは、ちょっと不自然よね。」
「もしかしたら、それも本当のことだった可能性もありますけどね。」
「それだとダンジョンの脅威度が想定以上になるから、あまり本当であって欲しくないわね。」
マリエルが顔を顰める。
当初の想定よりもどんどんダンジョンの脅威度が上がっていっている気がする。
「そして話していない内容についてですが。
グリムハットさんはダンジョンを追っていたというような言い方をしていましたが、それは正確ではないでしょうね。実際にはおそらく――――。」
とても楽しそうにラテは言葉を紡ぐ。
「彼等は、ダンジョンを誘導していた。」
「ダンジョンの移動方向をあいつらが決めてたってこと!?」
「そんなことできるの!?」
「そう考えると色々と辻褄が合うんですよ。
彼等がダンジョンの行く先を決めていたとすれば、マリエルさん達以外にも大勢依頼を受けているというのに、いまだダンジョンが発見されていなかった理由もこれなら説明が付きます。」
「それは……そうね。」
「ダンジョンを人目に付かないルートで移動させていたのであれば、魔物の縄張り近くを通るのが一番です。トスタウルフが街道に現れたのも、それが原因でしょうね。」
マリエルとしても自分の見落としよりも、見つからないように動かれていたという方が納得できた。
それはそれで隠されていたのを見抜けなかったという悔しさはあるが。
「じゃあ、なんでダンジョンは止まっちゃったの?」
「それは彼等がミスをしたからでしょう。」
「ミス?」
「ええ。ダンジョンを御し切れなかったか、それともそれ以外が原因かは分かりませんが、彼等はダンジョンの移動方向を間違えて、モント村に近付けすぎてしまった。」
「……プレッシャーボアね。」
「その通り。
ダンジョンがモント村と接触したのはおそらく二日前、ちょうど我々がこの村に到着した日でしょう。モント村を掠めたダンジョンから、プレッシャーボアがはぐれ出てしまったと考えるのが自然ですね。」
「あのクソ商人共め!」
「さすがにそれはちょっとムカつくかな。」
「そ、そうですね。」
ラテの推測では、なにがしかの理由でダンジョンの外郭がモント村に接触し、その拍子にプレッシャーボアが村内部に入り込んでしまったという。
それで死にかけたマリエル達からすれば怒りも湧こうというものだ。
「でも、それはダンジョンが止まる理由にはならないよね?」
「直接的な原因とは言えませんが、止まったのはこの接触があったからで間違いないと思いますよ。」
「どういうこと?」
モント村との接触がダンジョンを止めている理由と言われても、モカにはピンとこなかった。
「これまで村などの集落に近付かないようにされていたダンジョンのボスが、モント村に気付いてしまったのです。」
「ん~?やっぱりよくわからないよ?」
「これはボスの種類を推測した結果なので、確実とは言えないのですが。」
首を傾げるサノンに、ラテは優しく教え導くように語る。
「おそらくダンジョンのボスは、栄養価の高い獲物がたくさんいる餌場であるモント村を発見したから止まった。」
いつもの笑顔で宣うラテとは対照的に、モカ達は顔を顰めていた。
餌場という言葉からは嫌な予想しか浮かばなかった。
「え~と、つまり?」
「魔物がモント村に押し寄せてくる可能性がすごく高いってことですよ。」
「人為的にダンジョンを村へ擦り付けるトレイン行為じゃない!
ダンジョンの発見を黙っているのとはわけが違うわ、立派な犯罪よ!」
「そ、それ以前に、よくよく考えれば商人にはダンジョン発見の報告義務はありませんが、商会付きの冒険者にはありますから、こ、これも違法ではなくても違反ですよね。」
怒りを露わにマリエルが吠える。彼女の言うとおり、これはれっきとした犯罪行為である。然るべきところへ申し出れば、グリムハットを犯罪者として糾弾できる可能性もあった。
ポムニットの言もその通りなのだが、こちらは法的効力はないので追及手段にはならない。
「ですが証拠はありません。さらに言えば、これは私の推測に過ぎませんので真実とも限りません。」
「……っそうよね。」
「話を戻しますが、モント村がボスの目に留まってしまったことに気が付いた商人達は、その対処をしなければならなくなったわけです。
我々に依頼したいと言い出したのは、その対処要員として使いたいということですね。まあ、婉曲的な言い回しでしたが。」
「そういうことね。要はあいつらの尻拭いをしろってことでしょ。」
「え~。やる気でないな~。」
サノンの言葉に同調するように、皆嫌そうな表情を浮かべている。
他人のミス、それも犯罪の片棒を担ぐかのような仕事であるため、よし頑張ろうとはならないのは当然だった。目に見えてモチベーションが下がっている。
「ですが、放っておけば被害を受けるのはこのモント村です。」
「うっ……。」
「それに、私達がグリムハットさん達を糾弾したところで、しらばっくれられて終わりですよ。証拠もありませんし。」
「そうよねぇ……。」
「グリムハットさんも罪悪感があるから何とかしようと動いているわけで、ここで下手なことをしてしまうと、追い詰められた彼等が逃げてしまう可能性もあります。
そうなるとモント村にとってはマイナスなわけです。」
「そうだよね……。」
「だったら気は進まなくとも彼等に協力して報酬をふんだくり、後のことはギルドに任せるのが最善だと思いますよ。」
「は、はい……。」
やる気は上がらない。しかし、ラテの言っていることが正しいとも理解している。皆しぶしぶと言った様子で頷いた。
「みんなどうしたの?」
落ち込んだ雰囲気が気になったのであろう、リルルーラが不安げな表情でラテ達に近付いてきた。
「ああ、大丈夫ですよリルちゃん。
明日ちょっと難しい狩りに行くので、少しだけ不安になってしまったんですよ。」
「そうなんだ。
でもだいじょーぶだよ!みんなすっごい冒険者なんでしょ?あんなおっきな狼さんや猪さんたおしちゃうんだもん!」
「そうですよ、私達すっごく強い冒険者ですからね。何も心配いりませんよ。」
太陽のように笑うリルルーラの顔には、一切の曇りがなかった。
その笑顔を見ているだけで、胸の内を蠢かせていた淀みのようなものが、綺麗に取り払われていくような気分になる。
そして同時に、この笑顔を守らなければならないという使命感が湧き上がってきた。
「任せてよ。もしリルちゃんが危なくなっても、僕達が守ってあげるから。」
「あはは、村のなかにいればきけんなことなんてないよ。へんなモカお兄ちゃん。」
「え、そ、そうだったね。」
気が急いた発言をリルルーラに笑われ、モカは誤魔化すように苦笑する。
「リル、料理できたから運んでちょうだい。」
「は~い!」
「リルちゃん、お仕事が終わったらまた一緒に遊びましょう。」
「うんいいよ!」
この村が魔物に襲われる可能性が高いなどと、この幼い少女に知らせて不安がらせる必要はない。
気持ちが滾ったモカが口を滑らせかけたが、ラテのフォローもあり、幸いリルルーラは不審に思うこともなく笑顔で厨房へと戻っていった。
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