ルーンとは



 ◇………………………………………………………………………



「……よし!」

 確かな手ごたえに、剣を握る手にぐっと力が入る。

 途中こそいいとこなしだったものの、トドメはかなり上手くいったと心の中で自画自賛する。

 そんな自身の成長を喜ぶモカに、凄い勢いで近寄ってくる影があった。


「モカ君モカ君モカ君――――!!」

「は、はい?」

「聖剣!あれって本物の聖剣!?」

 興奮した犬さながらの勢いで駆け寄ってきたサノンに、さしものモカも後ずさる。

 もし尻尾が生えていたら、千切れんばかりに振られていただろうと思う程のハイテンションだった。瞳なんて満天の夜空のようにキラキラと輝いている。


「まさか聖剣使いとはね……。」

 マリエルもまた、普段のクールな表情はどこへやら、目をまん丸に開いたポカンとした顔を見せている。

 それほどまでにモカが見せた力は驚くべきものだったのだ。


 聖剣。

 それは特別な意味を持つ力。ごく一部のルーンを持つ者にしか現れないという、神秘中の神秘。数多あるルーンの中で、聖剣が発現するものは1%にも満たない。

 過去に名を馳せた英雄の多くは聖剣使いであったとも言われる。

 冒険者を志す少年少女は、聖剣使いになることを夢見る者も多い。


「ええ、この額のルーンが【聖騎士】のルーンでヴェッ――――!?」

「ちょっと良く見せてください。」

 言葉の途中で顔を引っ張られ、首がグキリと嫌な音を立てる。

 いきなり何がと混乱するモカだったが、痛みに顔を顰めながら下手人を確かめると、ポムニットの顔が視界いっぱいに広がっていた。


「ちょ――――!?」

「動かないで。」

 まさかの光景に顔を赤くしたモカが、痛みすら忘れて距離を取ろうとするも、頭を鷲掴みにされて出来なかった。

 まるで頭蓋に食い込むのでは、と思ってしまう程に強い力で頭を締め付ける指の所為で、モカはその場からピクリとも動くことが出来ない。


「ルーンを発動してもらえますか?」

「えぇ……?」

「お願いします。」

「ええと……わかりました。」

 吐息すらかかる距離にある美少女の顔に混乱するモカだったが、対するポムニットの表情は真剣そのものだった。

 口調こそお願いだが、込められた力強さは命令に近く逆らい辛い気持ちが込み上げる。結局モカはその言葉に唯々諾々と従い、額のルーンに力を籠める。


 発動されたルーンが薄く光を放ち、紋章が浮かび上がる。


「これが【聖騎士】のルーン……。」

 目の前で輝く神秘に、ポムニットは引きずり込まれてゆく。


「凄い……なんて複雑な紋章。でもお姉ちゃんに見せてもらったルーン大全に載ってたものとはどれとも微妙に違う。種類が違う?それとも体系?いえでも基礎部分は図と似通ってるし。あ、でも最近は忙しくて更新されたものは読めてないからそっちには載ってる可能性も?【聖騎士】のルーンならアーサー系統かシャルル系統がメジャーだけど、未発見のルーンという可能性もある?それならお姉ちゃんにも確認してもらえれば分かるかも。もしかしたらすでに達成印アデプタスに至って……さすがにそれはないか。ああ、でも本当に綺麗な紋章。もっと触っても……いえ、少しくらいなら舐めちゃって――――!?」

「はいそこまで。モカが困ってるでしょ。」

 マリエルが暴走するポムニットの首根っこを引っ掴んで引き離す。


「ごめんなさいね。珍しいルーンを見るとこうなっちゃうのよこの子。」

「は、はぁ……。」

 距離が離れたことでようやく一息付けたモカだったが、心臓はバクバクと激しいビートを刻んで収まらない。


「あたし聖剣使いって初めて見たよ。」

「しかもその年で実践印プラクティカスでしょ。驚きよね。」

 掴まれたままジタバタと暴れ続けるポムニットを押さえながら、マリエルは溜息を吐きたい気分だった。


 以前にも説明したが、ルーンは人類に超常の力を与える神秘の塊である。

 ではルーンをその身に刻めばすぐに力が手に入るのかというと、それは違う。

 ルーンは神秘でありながら、肉体に付随するためか、肉体機能と同じような性質を持つ。筋肉のように鍛えなければ強靭にならず、脳のように使わなければ錆び付く。人が神秘の力を振るうには、それ相応の鍛錬が必要なのだ。


 そして、ルーンの力には明確な段階が存在する。


 まず、理論印セオリカスと呼ばれる段階、

 ここに至るとルーンの力を引き出せるようになる。人の身を超えた超常の力の行使が可能になり、モカ達が戦闘時使用している通常の身体強化や、ラテの鎖の操作がこれに当たる。

 最低でもこのレベルにならないと冒険者としてやっていけない、足きりラインとも言われる。


 そして更なる力の発現、実践印プラクティカス

 この段階になると、理論印よりも更に常識を超えた特別な能力を発動できるのだ。

 モカの場合は『ご照覧あれ』や『聖なるかな』が能力を発動させる唱詩チャントで、ここまで来れて初めて一端いっぱしの冒険者と言われる。


「サノンさんも実践印ですよね。」

「そうだよ。てかあたし達全員そうだよ。」

 モカの問いにあっけらかんと答えるサノン。

 彼女の実践印の効果は以前見たことがある。プレッシャーボアの脳を揺らした一撃がそうだ。


「私のは……まぁ、その内見せる機会もあるでしょ。」

「わ、わたしのはもうお見せしてますよ。」

 振りほどけないと観念したのか、それともルーンの話題になったからなのかは不明だが、暴れるのをやめたポムニットも会話に加わってきた。


「……え~と?」

 その言葉に首を傾げるモカ。

 ポムニットが実践印を用いている場面に心当たりがなかった。

 そんな彼に苦笑しながらマリエルが補足する。


「魔法よ。魔法の発現は基本的に実践印からよ。」

「ま、魔法名の前に唱えているのが唱詩チャントなんです。

 ……実は魔法の発動だけだったら唱詩チャントを唱えるだけでいいので、呪文も魔法名も必要じゃないんですよね。」

「そうなんですか!?」

 これにはモカも驚いた。

 呪文を唱えて魔法を発動するという、魔法使いらしさに密かに感動していた彼にとって衝撃の事実だった。


「え?じゃあなんで呪文を唱えてるんですか?」

「な、なんて言えばいいんでしょうか…………趣味?」

「――――趣味。」

 趣味だった。

 モカの表情は宇宙を背負った猫のようだった。


「いや趣味じゃないから。ちゃんとした理由があるから。」

 口下手なポムニットに任せていると、この新米冒険者にとんでもない誤解を植え付けかねないので、慌ててマリエルが訂正する。


「呪文や魔法名っていうのは、イメージを固める為の定型詩なのよ。

 ルーンはイメージが意外な程に出力に影響を及ぼすから、呪文自体に魔法を規格化する効力があって、魔法という想像し辛い現象を発動しやすく補強するの。

 それ以外にも、魔法の威力を上昇させたり、魔法の効果を変化させたりできるのよ。」

 比喩としてならば幅跳びが分かり易いだろうか。

 呪文とは言わば正しい姿勢を崩さないための補強具であり、同時に助走でもある。崩れた姿勢で結果が出るはずもなく、また、立ち幅跳びよりも走り幅跳びの方が飛距離が出るのは言うまでもないことだろう。


「イメージ……ですか。

 そういえば、先生に修行をつけてもらった時は、常に一段上を想像しながら体を動かしなさいって言われてたなぁ。」

 マリエルの説明に、あれはそういうことだったのかと納得する。


「わ、わたしの呪文は教本に載っているもので、魔法使いの初心者が使うものなんです。

 確固たるイメージを持って、独自の呪文を作ったり、呪文すら必要とせず魔法を使えるようになったり出来るようになって初めて一人前の魔法使いと言えるんです。」

 それは熟練者の理屈だ。

 自身のスタイルを見つけて規格外の威力を発揮したり、呪文無しで呪文有りと同じ効力を出せるようになった、ほんの一握りの存在のことである。

 世の中の魔法使いのほとんどは、ポムニットと同じラインにいるのだ。

 

「わ、わたしはまだまだ未熟者ですね。」

「まだまだこれからってことよ。」

 自嘲するポムニットの頭をマリエルが撫でる。その手は優しく、慈愛に満ちていた。


「魔法使いって大変なんですね。」

「そうね。魔法使いは一人前になるまでのハードルが戦士よりも圧倒的に高いわ。

 身体強化系統のルーンが基礎って言われるのも、イメージがし易いってのもあるでしょうね。

 だからこそ優秀な魔法使いは数が少なく、貴重なのよ。」

 数多くいる冒険者の中で、魔法使いの割合は一割もないだろう。

 だが優秀なパーティに魔法使いは必須だ。だから、冒険者間で取り合いになることも珍しくない。


「でも魔法使いの呪文って面白いんだよ。時々、すんごい呪文唱えてる人もいるし。」

「……いるわね。」

「……い、いますね。」

 何を思い起こしたのか知らないが、マリエルとポムニットは遠い表情をしていた。

 凄く気になったが、聞くに聞けない雰囲気だった。


「あたしが聞いた中で一番凄かったのは…………



 全員焼死体にな~れ、燃え燃えキュン!



 …………だったかな。」


「えぇ…………?」

 サノンは呪文だけではなく、態々振り付けまで模倣して披露して見せた。

 あまりにあれな呪文と動きに、モカはドン引きしていた。

 マリエルからツッコミがないということは、冗談ではなく実際にこの呪文を唱えている魔法使いがいるのだろう。

 その呪文でどういうイメージを作っているのかは謎だが。



「皆さん、楽しいお喋りもいいですが、何か忘れてませんか?」



 今まで会話に加わっていなかったラテが話しかけてきた。

 その手にはルーンを捕獲する道具であるサークル、そしてその表面にはルーンの光が輝いていた。


 ルーン持ちの魔物を斃した場合、ルーンが霧散してしまう前に確保するのは冒険者として当然の仕事だった。

 しかし、モカの聖剣という衝撃的出来事が、そのことを彼女達の頭から完全に抜け落ちさせていた。


「「「「……あ。」」」」


 ラテの手にある物をを見て、仕事を完全に忘れていたことを思い出した。

 非常に気まずい空気が流れる。


「……ちゃんと仕事はしましょうね。」


「「「「はい……。」」」」


 いつもと変わらぬニコニコ笑顔だが妙に迫力があり、誰も真っ直ぐラテの顔を見れなかった。


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