VSガッカリじゃない鹿



 ◇………………………………………………………………………



 マリエルが放った矢が空を裂いてフォイエルディアへと迫る。

 プレッシャーボアと同じく、機動力を裂くために足の関節狙いだ。


「――――Kukyrr!?」

「避けられた!?」

 直撃を確信させる正確な狙いだったが、野生の直感とでも言うべきか。

 なんとフォイエルディアはそれを俊敏な動きで躱して見せた。


 奇襲したというのに回避されたことにマリエルの驚愕が聞こえる中、フォイエルディアがそちらへ振り向くと、何もないはずの空間から二つの影が飛び出してきた。


「行くよモカ君!」

「はい!」

 ルーンを発動させたサノンとモカだ。

 二人は左右に分かれると、それぞれ弧を描くようにフォイエルディアを挟み込もうと走る。

 本気で走ればモカの方が速いのだが、一人突出してしまうと集中的に狙われてしまうため、今回は速度をサノンに合わせている。


光の投槍ルー・ゲイン


 サノン達を追い越しながら、光の槍がフォイエルディアへと突き進む。

 さらには、マリエルの矢が動きを阻害するように次々と降り注ぎ、フォイエルディアの回避場所を奪っていく。


 サノンは槍がフォイエルディアに命中することを確信する。これは幾度も繰り返した彼女達の必勝パターンだ。

 しかし、その予想はいともたやすくひっくり返された。


「Kukyuaaaaa――――!」


 フォイエルディアの甲高い鳴き声が響く。

 その瞬間、モカ達は目の前の光景に度肝を抜かれた。


「「「はぁっ!?」」」


 フォイエルディアの口から炎の塊が飛び出し、『光の投槍』を迎撃したのだ。


 炎と槍はぶつかり合うと爆発し、轟音と共に双方消滅した。


「ラテ!?さっき炎は吐かないっていってなかった!?」

「普通のフォイエルディアは炎を吐きませんよ。このフォイエルディアが特別なんです。」

「つまり……ルーン持ち、ってことだよね!」

 ラテの言葉をサノンが引き継ぎ答える。

 そう、このフォイエルディアは本来在り得ない炎を操る力を持っている。

 それはルーンの恩恵に他ならない。


「脅威度上方修正!推定【炎】のルーン持ち!

 相手は遠距離攻撃手段を持ってるわ!

 サノン、モカ、慎重に行きなさい!ラテ、二人の援護をより密に!」

「了解しました。」

 軽い調子で速度を上げるラテの前では、モカとサノンがフォイエルディアが撃ち出す炎弾に襲われていた。


「熱っ!熱つっ!?」

 フォイエルディアがモカ達に放ったのは先程の炎の塊ではなく、小振りな炎が複数降り注ぐ散弾のような炎だった。

 それを剣を振るって斬り掃うモカだったが、その度に炎が爆ぜ、熱波に晒されて悲鳴を上げている。今のところ直撃はないが、余波だけでも火傷しそうなほどに熱かった。


 炎の弾雨も十分に脅威であるのだが、モカはそれ以上に気になることがあった。

 それは――――。


「なんでサノンさんの方ばっか!?僕のフォローは!?」

「いや、レディの肌に火傷なんて負わせられないでしょ?貴方は頑丈だからこの程度なら大丈夫ですよ。」

「熱いんだけど!?」

「我慢なさい。」


 モカとサノンを襲う炎弾。

 ラテはその内のサノンに向かうものだけを弾いていた。

 モカの泣き言はバッサリと斬り捨てられる。


「あたし…………今イケメンにモテてる!?」

「真面目にやんなさい!」

 別にモテている訳ではないが、サノンは非常に嬉しそうだった。

 まるで騎士に護られる姫のような気分だ。

 ラテが落とし切れなかった炎弾を躱しながら頬をにやけさせるその様子は、不真面目と取られても仕方がなかった。


「ポムニット。次までまだかかりそう?」

「も、もう少しです。でも、また防がれちゃいますよ?」

 魔法使いは冒険者の中でも一際火力に優れる者が多い一方、大きなデメリットも有している。

 その一つが連射性だ。

 弓などとは違い、魔法は連続した発動が出来ない。

 そのインターバルは人によって差異があるが、早いもので数秒から遅ければ数日と言った場合もある。

 ポムニットは凡そ十秒から数十秒といったところだ。

 また、発動可能となっても再び炎塊で迎撃されてしまう可能性を考えると、軽々しく魔法を放つことは出来なかった。


「――――サノン!モカ!

 なんとかフォイエルディアの動きを止めることは出来ない!?」

 幾本もの矢を放つも、フォイエルディアが炎弾を撃ちだすのを止められない。

 前線で戦うサノンとモカに期待するしかなかった。


「いや熱っ!なかなか熱っ!難しいです熱っ熱ぅ!?」

「ラテ君が弾いてくれてるから今のところ問題ないけど、あれをモロに食らったら流石に厳しいよ!」

 炎は動物にとって非常に脅威となるものだ。それは人間であっても変わりはない。

 特にサノンは速度を重視した軽装格闘家で肌の露出が他よりも多く、こういったルーンによる防御力があまり影響しない攻撃には弱かった。

 如何にルーンを磨いたとて熱いものは熱いことに変わりはなく、炎を身体に受ければ火傷する。それらを無視できる、超人と言える程の域にはまだ達していなかった。


「むしろポムニットの魔法を迎撃してる間にあたし達が突っ込む方がいいと思う!」

「……そうね。」

 サノンの言葉は尤もだった。

 ジリ貧となっている現状、それが一番有効な手に思える。


 いや、実際には他に手がないわけではない。

 マリエルもサノンもポムニットも、まだ奥の手を晒した訳ではない。それらを駆使すれば状況を一変することも出来る。

 しかし、奥の手というものは妄りに他人に見せるべきものではない。

 モカとラテは、それなりに信頼できるとは感じているが、まだ出会って数日の仲だ。手札を明かしきるには、圧倒的に時間が足りなかった。


「ポムニット、大きいのをもう一発――――。」

「ちょっと待ってください。」

 マリエルが指示を出そうとするところを、ラテが遮った。


「一つ、試してみたいことがあるのですが。」

 怪訝そうな顔を向けるマリエルにくすりと笑顔を向けると、ラテはサノンに向き合って問いかける。


「サノンさん――――鎖を足場に、炎を飛び越えられますか?」


 問いに一瞬ポカンとした表情を浮かべるサノンだったが、その頬はすぐににやりと吊り上がる。


「にゃるほど。」

 グッと親指を立てる。

 朝飯前よ、という合図だった。


 それを見たラテは、炎弾を弾き続ける鎖の一部をサノンの前で停止させる。

 ちょうど腰の高さぐらいから段々に設置されたそれは、踏み台にピッタリな高さだ。


「とうっ!」


 サノンはダンと地面を蹴ると全速力で駆け出し、鎖に足をかけ一歩二歩と駆け上がり、その身を宙へと躍らせた。


「Kyuku!?」

 これにはフォイエルディアも驚きの声を上げる。

 敵対者の一人が己の弾幕の上を悠々と飛び越えたのだから。


「獲ったぁーーーー!」


 頭上から襲い掛かるサノンにフォイエルディアの対応が一歩遅れた。

 予想外の一手であるのもそうだが、元来動物というのは上からの攻撃に慣れていないというのも大きかった。

 通常、敵対する相手がいるのは地面の上であり、上から攻撃してくるのは鳥などの空を飛ぶことが出来る者に限られるからだ。


 サノンの拳がフォイエルディアに迫る。

 【振動】という近接では破格なルーンがある以上、一発決めさえすれば彼女達の勝利確定だ。


 勝った。


 誰もがそう思った。


 ――――フォイエルディア以外は。


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