強者(全裸)
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モカが対峙する猪。
その身体は通常の猪よりも遥かに巨大だった。
小山ほどありそうなその巨体は、小柄なモカからすれば見上げる程だ。
体重に至っては十倍にしても足りないだろう。
絶望的な体格差、しかしそれで怯むモカではない。現につい昨日、同じ様な体格差の巨狼と戦い勝利した経験があるのだから。
相棒はいないが、前回のように油断はしない。最初からルーンを全開にして挑んでいた。
「なっ!?」
身構えたモカに、突撃してきた猪が予想外の行動に出た。
そのまま突撃するのではなく、モカの目の前で後ろ足で立ち上がったのだ。
「そいつはプレッシャーボア!
圧し掛かりで攻撃してくるから絶対に避けて!」
モカの格好に顔を赤く染めていたマリエルが叫ぶ。
プレッシャーボア。
正式名称はリタンボアで、プレッシャーボアは通称である。
この魔物の最たる特徴は、突進だけではなく圧し掛かりでも攻撃する点であろう。その圧し掛かりは重量級の体重もあり、並大抵の冒険者では耐えることは出来ず、避けることが常套手段である。
「くっ!」
巨体が地面を砕き、土や石が飛び散る。
炸裂弾のように飛来する小石が、モカの剥き出しの身体を打ち付ける。ダメージこそないに等しいが、躱しても躱しきれない厄介な攻撃と言えた。
とてつもない重量からなされる圧し掛かりは、そのまんまとてつもない威力を発揮したのだ。
「はぁ!」
「Bugya!?」
飛び退ったモカはすぐさま体勢を立て直し、プレッシャーボアに剣を振るう。
剣閃はプレッシャーボアの毛皮を斬り裂き、鮮血を迸らせた。しかしその傷は、モカの予想よりも遥かに浅い。
「ダメよ!斬撃じゃプレッシャーボアに致命傷を与えられない!
目や肛門なんかの急所を狙うか、それが無理なら逃げ回りながら失血死を狙いなさい!」
モカの動きを傍から眺めていたマリエルは、意外な程の実力に内心で驚愕する。
プレッシャーボアを前にして、身体を強張らせることなくスムーズに動けているのを見るに、中々に戦闘慣れしているようだ。少なくとも初心者の動きではなかった。
与えた傷から見て、高度な剣術を修めているのも見て取れた。
モカが動き回ることで激しく揺れる部分が視界に入る度に目を逸らしそうになるが、必死に堪えてアドバイスを送る。
アドバイスに従ったモカは、何度も剣を振るい傷を与えるがやはり浅く、プレッシャーボアはなおも元気いっぱいとばかりに、チクチクと攻撃を仕掛けてくる獲物を追いかける。
相手も圧し掛かりを避けられて警戒したのか、安易な攻撃を繰り出しては来なくなったので、急所を狙うのも難しい。
逃げ回りながらの腰の入っていない攻撃では、十分なダメージを与えることは出来そうにない。どうにかして動きを止める必要があった。
「Burrrr――――!!」
僅かに焦りを感じ始めたモカが思考を巡らせていると、いい加減うざったらしく感じたプレッシャーボアが、再度圧し掛かりをかけようと立ち上がった。
そこでモカは覚悟を決め、全力でルーンの力を全身に回す。
「な、何してるの!?」
「避けて!?」
まさかの行動に愕然とするマリエルと、もう一頭の相手をしているサノンが悲鳴を上げる。
モカは今度は避けようとしなかった。
まるで天が落ちてくるかのような威容を前にして、モカはグッと腰を落とし、迫りくるプレッシャーボアの腹を睨みつける。
普通に考えればマリエルの言う通り、逃げ回るのが正解なのだろう。
しかし、実際にプレッシャーボアの勢いを見て、逃げるのは悪手であると判断した。
その一番の理由は、いまだに座り込んだままのマリエルと、気絶したポムニットだ。
モカが下手を撃てば、プレッシャーボアのターゲットが彼女等に移りかねない。そうなれば彼女達ではこの攻撃を避けきることが出来ない可能性が高い。
故に、逃げるという選択肢はなく、真っ向から受け止めることを選んだのだ。
ズシンという重低音とともに、プレッシャーボアの巨体がモカの姿を覆い尽くした。
「あ、ああ……。」
目の前で起こった悲劇に言葉を失うマリエル。
たとえ出会って間もない、知り合いとすらいえない仲の相手でも、命が失われるのを見て何も感じないなどありえない。
しかも、彼は自分達を助けに来てくれた恩人なのだ。
全身から熱が抜けていくような感覚が広がる。
「そんな……。」
それを見ていたサノンも顔を悲愴に顰める。
せっかく知り合ったイケメンが目の前で死んだのだ。いや、イケメンは関係なく、人が死ぬのをただ見ていることしかできない自分の弱さが悔しかった。
無意識に食いしばった奥歯が、ギリっと音を立てた。
「くっ、らぁっ!」
「Bgyarr!?」
悲しみを飲み込み、キッと顔を上げると目の前のプレッシャーボアに全力で拳を振るった。
蟀谷に強烈な一撃を受けたプレッシャーボアが脳を揺らされ、足を縺れさせた。
優位にはなったが、仕留めるにはもう少し時間がかかる。
モカがやられてしまった以上、自分一人で二頭のプレッシャーボアを相手しなくてはならなくなったのだ。
サノンの脳裏に再び焦りが浮かび始めた。
「……え?」
その時、マリエルの唖然とした声が聞こえてきた。
声につられてサノンがそちらを振り向くと、信じられない光景が目に飛び込んできた。
「――――ぐ、おぉぉぉぉ!!」
モカを押し潰したプレッシャーボアの下から声が聞こえてきた。
それは雄叫びのようで、力強い男の声だった。
視線を向けると、そこには潰された筈のモカが、プレッシャーボアの圧し掛かりを両手で防いでいる姿があった。
非現実的な光景に、マリエルは己の目を疑った。
サノンも、プレッシャーボアに攻撃するのを忘れてそれを見ていた。
二度三度と瞬きを繰り返して、ようやくマリエルは目の前の事実を受け入れた。いや、実際には未だに受け入れきれてはいない。
モカのような細身の身体でプレッシャーボアを支えられるわけがない。たとえモカが筋骨隆々な大男であったとしても、その重量に耐えることなど出来はしないはずなのだ。
この奇跡はモカの腕や足、胸や額で輝くルーンの力があってこそだ。
しかし、並のルーンの出力でこれを成せるとは思えなかった。
それはつまり、モカはこの若さで、信じられない程のルーンの練度を誇っているということなのだ。
サノンはプレッシャーボアの圧し掛かりに堪えるモカの身体を見て息を呑んだ。
裸身故にモカの肉体は余すことなく晒されている。サノンが注目したのはモカの筋肉だ。
服を着ている時には矮躯に見えたそれは大きく盛り上がり、細身でありながらも強靭さを感じさせるものへと変貌していた。
鍛え上げられた肉体、そこに磨き上げられたルーンの力が合わさって、この奇蹟の光景は織りなされているのだ。
「ぐ、――――だぁ!」
さらに信じがたい光景が続く。
モカはそのまま、プレッシャーボアを巴投げの要領で投げ飛ばしたのだ。
またもや目を剥いて驚くサノン達。
もはや現実感がなかった。
自分達の体重の十倍以上の巨体が宙を舞っているのだ。三人の中では一番膂力のあるサノンであっても、これをなすことは不可能だ。
「Bugyu!?」
背中から地面に叩きつけられたプレッシャーボアが悲鳴を上げる。
そしてそれが彼の最期の声となった。
「せやぁっ!」
煌めく剣の一閃が、衝撃に藻掻くプレッシャーボアの首を一刀両断に斬り落とした。
いかに強靭な毛皮、筋肉、骨を持っていようとも、投げ飛ばされた衝撃で混乱する身体では、モカの全力の一撃を耐えることなど出来ようはずもなかった。
首がゴロゴロと転がっていくのを一瞥すると、モカはすぐに駆け出しサノンに加勢する。
その後、二人掛かりで残りの一頭を討伐し、戦闘は終了した。
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