水浴びとトラブル
◇―――――――――――――――――――――――――――
翌朝。
サノンが起床した時、すでにモカ達の姿はなかった。
見張りをしていたポムニットによれば、日が昇ると同時に出発したとのことだった。
「ほら、朝ごはんできたわよ。シャキッとしなさい。」
「は~い。」
せめて挨拶くらいしたかったな、と少し残念に思っていると、朝食の準備をしていたマリエルの呼ぶ声が聞こえてきた。
素早く朝食を済ませ、モカ達より少し遅れる形でサノン達も出発した。
太陽が頂上へと差しかかる頃、ようやくモント村が視界に入ってきた。
「いや~。ようやく戻ってきたよ~。」
「はぁ。あんたが深追いしなければ昨日の内に戻ってこれて、野営する必要だってなかったのよ。」
「あ、あはは、まあまあ。」
陽気に笑うサノンをマリエルが咎め、ポムニットが苦笑しながら仲裁に入る。
マリエルの言葉の通り、本来であれば彼女達は村の外で野営する予定ではなかった。サノンが張り切り過ぎた結果、帰還時間が遅れ、仕方なしに野営する羽目となったのだ。
「ごめんってば~。いい加減許してよ。」
「まったく。昨日は汗も流せなかったんだから、宿に戻る前に水浴びしていきましょ。」
「お、いいね~。」
「そ、そうですね。リルちゃんに臭いなんて言われたくありませんものね。」
談笑しながら門番に声をかけ、村に入った三人は、そのまま村外れの湖へと足を向けた。
◇―――――――――――――――――――――――――――
ぱしゃり。
水の跳ねる音が周囲に響く。
水面に光が反射してキラキラと輝く様は、どこか幻想的な雰囲気を感じさせる。
周囲に生い茂る木々が水面を囲うように立っていることも、その雰囲気を際立たせる一因であろう。
ここは村外れの湖。
かなりの広さがあり、数十人が同時に水浴びをしてもまだ余裕がある程だ。
所々に点在する岩や倒木が遮蔽物となっている為、男女で同時に水浴びしても気を付ければ鉢合わせずに済みそうだった。
今現在、その池に複数の人影があった。
その人物達は一糸纏わぬ姿を湖面に晒し、気持ちよさそうにその身を水の中へ揺蕩わせていた。
手の平ですくった水が髪を濡らし、水滴となって肌を撫で、顔、胸、腹と流れ落ちていく。
そこには確かな美が存在した。
他者がこの光景を目撃したとしたら、妖精達の戯れとでも題するだろうか。
「いやぁ、気持ちがいいですねモカ。」
「そうだねラテ。」
水浴びしていたのはモカとラテの二人だった。
残念なことに女性ではなかった。
そこにあったのは桃源郷ではなく、美少年達の裸体だけだ。
もっとも、観る者が女性であれば、そこはやはり桃源郷なのかもしれないが。
「旅の疲れが解けていくようだよ。」
水面にぷかぷかと浮かぶモカが、心底リラックスした様子で呟く。
その様子から水浴びを心から楽しんでいることがわかる。
「明日、出発前にもう一度水浴びに来ましょうか。」
「いいねー。」
ラテも水中に下半身を浸し、水を手の平ですくっては身体にかけて汚れを落としていた。
岸辺には洗濯された衣服が干されて、焚火の熱で乾かされている。
彼らはこの機会に、衣類も身体もすべて清めているようだ。
「さて。モカ、私は少し気になることがあるので先に上がらせてもらいますね。」
「ん-、気になることって?一緒に行く?」
「いえ、大したことではないと思うので一人で大丈夫です。」
そう言ってラテは手早く身体を拭いて、乾いた服を身に着けると林の中へ消えていった。
後姿を見送ったモカは特に気にすることなく、水に身体を委ねたまま目を瞑る。
そよ風に揺れるさざ波の音が心地いい。
突然のラテの行動に対して、モカは特に疑問を抱いていなかった。
ラテが説明もなく単独行動するのはいつものことだった。
何を考えているのか、長年連れ添うモカでもいまだに理解できないことは多いが、ラテは意味のないことはしないということは知っている。
ラテが必要だと感じたことならば、それは必要なことなのだろう。
そのまましばらく湖面を漂う。
自分と自然が一体となったように感じられて、どこか泰然とした心持だった。
ガサガサッ。
「っ――――!」
素早く立ち上がり、岸辺に置いてあった剣を手に取る。
リラックスタイムをかき乱す不穏な物音が、遠くの茂みから聞こえてきたのだ。
剣を構え、音の発生源をじっと見つめること数秒。
草木を揺らす音は、急速にこちらへ近づいてくる。
モカの肌から水滴が滴り湖面に吸い込まれたと同時に、見覚えのある人影が飛び出してきた。
「マリー!もっと速く!」
「くっ……振り切れない!」
昨日出あった女性三人組の冒険者、サノン達だった。
彼女達は酷く慌てている様子で、後ろを気にしながらも全力で走っていた。
その上、何故かマリエルがぐったりしたポムニットを背負っていた。
そして、更に驚くべきことが起こる。
「「Burrrrrr――――!!」」
彼女達が現れた茂みから、巨大な猪が猛然と飛び出してきたのだ。
それも二頭。
「――――っ!!」
それを見た瞬間、モカは咄嗟に走り出していた。
友人、というには接した期間が短いが、知り合いが危機的状況にあって、ただ見ていることなどモカには出来なかった。
正義感から来る衝動が、彼の身体を突き動かした。
今の自分の格好すら、完全に忘れて。
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