警戒
◇………………………………………………………………………
「お兄ちゃんたち、ここが『湖の小鳥亭』だよ!」
トテトテと前を走るリルルーラに先導されたモカ達がたどり着いた『湖の小鳥亭』は、二階建ての小ぢんまりとした宿屋だった。
一階は食堂となっているようで、宿泊は二階でする構造だ。
流石に宿屋だけあって周囲の建物よりも大きくはあるが、それでも泊まることが出来る人数は、一部屋で二人泊まれると計算しても二十人はいかないだろう。
人が来ない訳ではないが、田舎の村だけあってそんなに宿泊客はいないのだ。
「お母さ~ん!お客さんだよ~!」
「おかえりなさいリル。
いらっしゃいませ。娘にお付き合い頂いてありがとうございます、リルルーラの母のエリルーラです。今日はご宿泊ですか?」
「いえ、道案内していただき助かりました。一泊お願いします。」
元気よく扉を開いて入っていくリルルーラに続いて宿屋に入ると、リルルーラと同じ髪色、よく似た顔立ちの三十歳くらいの女性に出迎えられた。
リルルーラの母で、この宿の女将であるエリルーラだ。
「お食事はいかがなさいますか?ここでするのであれば朝夕二食で200ヴィルですが。」
ヴィルとは、モカ達の住む国で流通する通貨である。
1ヴィルが大体10円程度だが、土地によってかなり価値が変動する。
鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白貨と様々な種類があり、庶民が使う際には、硬貨を半分に切って半ヴィルや四分の一ヴィルとして使うことも多い。
また信用通貨ではなく、貨幣に用いられる素材の価値が区々であるため、銅貨十枚で銀貨一枚といったきっちりとした区切りはない。これも状況によって数枚から数十枚単位で変動する。
「では、食事ありでお願いします。」
「はい、ではこちらが部屋の鍵です。紛失しないように気を付けてください。
夕食は日が落ちる前になりますので、お部屋にいらっしゃいましたらご連絡します。早めにお召し上がりになりたい場合は声をかけてください。」
「わかりました。」
「あ、少々お待ちください。」
鍵を受け取り部屋へと向かおうとするモカ達に、女将が声をかけて制止する。
「お客様、せっかくなので汗を流されてはいかがでしょうか。」
「そーだよ。お兄ちゃんたちちょっとくちゃいよ。」
「え”っ!?」
「あはは!でもほかの冒険者の人たちよりはぜんぜんくちゃくないから大丈夫だよ!」
楽しげに笑うリルルーラだったが、モカはいたいけな少女に臭いと言われて、かなりダメージを受けていた。
だがそれも仕方のないことだ。旅の最中に体を洗うというのは中々に難しい。
水を大量に消費する為、川や湖などがある場所でなければ現実的ではなく、お湯を沸かし布で体を拭いたりなどはしていたが、それだって限界がある。
たった三日とはいえ、歩き詰めれば汗をかくし、戦闘であちこちが汚れてもいる。特にトスタウルフを解体した時に付着した血や油などは、布で拭いただけで拭い去れるものではなかった。髪もややべたつき出していることを考えれば、臭わないとは言えなかった。
太古の昔から臭い問題は、旅人にとっての一番の難題なのだ。
「そうですね。ではお湯の用意をお願いできますか?」
「それもできますが、村の奥の林の中に湖があるので、利用されてはいかがでしょう。家に泊まる方はそちらで水浴びされることも多いんですよ。」
言われてなるほどと思う。
まだ春先とはいえ今は昼だ。気温もそこそこ温かく、水浴びをして風邪をひくこともないだろう。
お湯で体を拭くだけでは拭いきれない汚れも落とすことが出来る。
何よりお金もかからない。お湯は別料金なのだ。
「ではそちらへ行ってみます。ご親切にありがとうございます。」
荷物を部屋に置いたモカ達は宿屋にバリーを預け、手を振るリルルーラに見送られて村の外れにある湖へと向かった。
◇―――――――――――――――――――――――――――
時は遡り一日前。
モカ達がサノン達と遭遇したキャンプ地。
「も~。なにすんのさマリー。せっかくイケメンと仲良くなれそうだったのに。」
「あんたねぇ。顔が良いだけですぐ懐くの止めなさいよ。」
「えぇ~。あたしそんなにちょろくないよ?」
モカ達と楽し気に話していたのにそれを遮られ、叱られたサノンが不満を露わにする。
初対面の相手に不必要に個人情報を開示するべきではない、それはサノンも理解している。自分が口が軽い方だという自覚もあった。
それでもなお、サノンにはマリエルの態度に思うところがあった。
「むしろ、マリーはイケメン嫌い過ぎじゃない?顔のいい男の人が相手だといっつも不機嫌になるし。
あの二人に協力してもらえば、助けになりそうだったよ?」
いくら警戒はするべきとはいえ、マリエルの態度には問題があると常々思っていた。
これはイケメン好きのサノンと、イケメン嫌いのマリエルの価値観の違いからくるものではない。冒険者に限らず、人との繋がりは生きていく上で重要な要素だ。大抵の場合は愛想よくしていた方が、人間関係はうまくいくことが多い。
相手が美形だからなどという理由でそれを放棄するなど、人としてどうかとすら思われても仕方がない。
「それはっ!…………わかってるわよ。」
バツが悪そうに顔を逸らすマリエルに、サノンとポムニットは仕方ないなあと言わんばかりに苦笑する。
二人は、マリエルが過去に美形の男に騙されて酷い目に遭ったことがあるのを知っているので、今まではそこまで強くは言えなかった。しかし、治すべき悪癖だとは思っているので、ゆっくりと見守っているのだ。
「それでも、あの子らはダメなのよ。」
「なんで?ルーン持ちの魔物を倒せる有望株だよ?」
「そ、そうですね。今回の依頼、私達だけだと手が足りない可能性があるのですから、協力してもらってもいいのでは?」
サノンも、何もイケメンだからという理由だけでモカ達に協力してもらおうとしていた訳ではない。
サノン達が今請け負っている仕事が当初の予想以上に難航している為、外部から協力者を募ろうと話し合っていた所なのだ。
トスタウルフを、それもルーン持ちを二人で倒せるほどの手練れであれば、十分な戦力になるだろうと思っていた。
「それが本当にあの子達が倒したのならね。」
モカ達が野営している方にチラリと視線を向けながら、マリエルは声を潜めて呟く。
「どういうこと?」
言葉の意味が理解できなかったサノンが疑問を呈する。
ポムニットも同じように首を傾げていた。
マリエルは決してモカ達に声が届かないように、二人を自分の方へ寄せ、小さな声で理由を語りだす。
「新米冒険者の中にはね。ごくたまに自分の評価を上げようと、他人が討伐した魔物の素材を自分が倒したって騙る奴がいるのよ。」
「……そんなのいるの?」
「いるのよ。
後は、田舎から出てきた子供に、親が子供が舐められないようにお金で買った素材を持たせるなんてことがあるの。」
「そ、そんなことしても、実力がなくては結局落ちぶれるだけなのでは?」
「まぁそうなんだけど。箔付けだったり、親心だったりで、スタートを良いものにしたいってのは誰だって思うでしょ。」
マリエルの語る通り、実力が伴わない虚飾は、実際に戦う姿を見ればすぐに化けの皮が剥がれるのだが、素材だけを見て実力があると誤認してしまうと、自分達が危険に晒される可能性がある。
「ん~、でもあの子達はそんな風に見えなかったけど……。」
「外見で判断するべきじゃないとは私も思うけど、どうしてもあの子達がトスタウルフを討伐できるようには見えない。
実力が未知数である以上、協力者とすることはパーティーのリーダーとして受け入れられないわ。」
きっぱりと言い切るマリエルに、サノンとポムニットは静かに従った。
マリエルの危惧も一理あるし、協力者も絶対に必要なわけでもない。イケメンと友誼を結べなかったのは残念だったが、それもよくあることだと割り切ることにした。
「さ、日も暮れてきたし、野営の準備をするわよ。」
「は~い。」
「は、はい。」
話を切り上げて、三人もモカ達に続くように野営の準備に取りかかった。
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