モント村
◇―――――――――――――――――――――――――――
「…………う、んん。」
朝。
春が訪れたとはいえ、まだ日の光が差し込んだばかりの早朝は肌寒く、友人達に貰った外套に包まって眠っていたモカは、顔を撫でる微風の冷たさに目を覚ました。
まだまだ貪欲に睡眠を求める肉体を、強靭な意思で無理やり引き起こしたモカは、今にも落ちてこんとする瞼を、くしくしとかくことでなんとか押し止める。
二度目となる野営だが、自宅とは違い睡眠環境の整っていない屋外では十全な眠りとは言えず、昨日の戦闘の影響も相まって、身体の奥に拭いきれない疲れが溜まっていることを自覚する。
身体こそ起き上がったものの、頭が回らずボーっとしていたモカの鼻を香ばしい香りが撫でた。
「はい、どうぞ。」
香りにつられて視線を向けると、ラテが湯気の立ち上るカップを差し出してきた。それは後に見張りを行っていたラテが、モカの起きる頃合いを見計らって用意した温かいお茶だった。
「ありがと。」
まだ半分眠ったままの頭で、本能的に受け取ると、フーっと一息吹きかけて、ズズッと啜る。
温かなお茶が胃に落ちてきて、身体を内側からじんわりと温めていく。
二口三口と飲むごとに熱が身体を廻り、モカの頭もハッキリしてきた。
「ふぅ……おはよう、ラテ。」
「おはようございます、モカ。」
旅立ち二日目の朝はこうして始まった。
◇………………………………………………………………………
手早く片づけを行い、焚火の火を消すとすぐに出発する準備を始める。
その際、離れた場所でサノン達が野営しているのが見えたが、まだ眠っている様子だったので、見張りで起きていたポムニットに無言で一礼してから出発した。
むこうもこちらを見ていたようで、小さく一礼を返してくれたのが見えた。
出発してからはモカもラテも、昨日の戦闘の疲れなど見せずに歩き続け、昼頃には目的のモント村へたどり着いた。
モント村は故郷のバスク村よりも小規模な村で、申し訳程度の柵と小振りな門の前に門番が立っているのが見えた。
「こんにちは。」
「おお、あんたら冒険者かい?」
「はい。といってもついこの間旅立ったばかりですけど。」
「はっはっはっ、だろうな。」
街道を歩いて来るモカ達の姿が見えていたのだろうが、特に警戒する様子もなく、ラテの挨拶に朗らかに答える門番の男性。
所によってはよそ者を極端に嫌う村もあるが、このキッサ地方は染め物などの名産品により商人など人の行き来が多く、外からやってくる人に慣れている村が多かった。
無論、盗賊などを警戒していない訳ではないが、門番から見ても、成人しているかどうか判別が難しい程の子供二人組が盗賊であるとは到底思えなかったので、駆け出しの冒険者と言われてあっさり納得してしまった。
「ようこそモント村へ。何もないところだがゆっくりしていってくれ。」
ラテの礼儀正しさなどもあり問題なしと判断した門番は、モカ達をすんなり村へと招き入れた。
「ありがとうございます。ついでにおすすめの宿とかも教えてもらえますか?」
「そうだな。ここをまっすぐ進むと『湖の小鳥亭』っていう宿屋がある。小鳥の看板が目印だ。
小さな村だから迷うことはないだろ。第一、この村に宿屋はそこともう一軒しかないしな。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
ニッと快活な笑顔を浮かべる門番に促され、モカ達はモント村へと入っていった。
◇………………………………………………………………………
「意外と活気があるね。」
「そうですね。良さ気な村ですね。」
通りを歩いていると、小さな村ながら中々に賑わっていることが見て取れた。
商店で買い物する者も多く、小さな子供がそこらを笑顔で走り回っている。
まだ旅立って三日だというのに、バスク村を思い出して少し寂しい気持ちが湧き上がる。
「さて、ここを真っ直ぐと言ってましたが。」
「小鳥の看板、だったよね。」
「……見当たりませんね。」
「……そうだね。」
モカ達は紹介された宿屋を目指している。
門番に言われた通り真っ直ぐ進んでいるが、元々村の建物が乱雑に建てられているのもあって、完全な一本道とは言い難く、ある程度進んだというのに目的地が見えてこなかった。真っ直ぐというのは、この村の住人特有の土地勘がある者の感覚だったようだ。
狭い村だというのに二人は迷子になりかけていた。
「う~ん。探してればいずれたどり着けるとは思いますが……。」
「流石に疲れたし、早くちゃんとしたベッドで休みたいよ。」
「そうですねぇ。」
「もう誰かに聞いてみた方が早そうだよ。」
困ったように眉を垂れ下げるモカ。
ラテも苦笑を浮かべている。
宿を探して周囲をきょろきょろと見渡すが、小鳥の看板は見つからなかった。
看板を探していたため注意力が散漫になっていたのだろう、モカは建物の陰から飛び出してきた存在に気が付くことが出来なかった。
「きゃはははは~~~~、あぅっ!?」
「あたっ!?」
胸辺りに生じた衝撃に、つい声を上げてしまうモカ。
鍛えられているがゆえに倒れることはなかったが、ぐらついた身体を足に力を入れて立て直す。
突然のことに目を白黒させるモカが周囲を見渡すと、眼前に尻もちをついている少女がいることに気が付いた。
歳は十も行っていないだろう、モカ達よりも更に幼い。
やや汚れていたワンピースを転んだことで更に汚した、明るい茶髪を三つ編みにした少女だった。
「ご、ごめん!大丈夫!?」
幼い少女にぶつかってしまったことを理解したモカが、慌てて謝罪と共に手を差し出し、少女を助け起こす。
「まえ見てなくてぶつかっちゃった。ごめんなさい。」
モカの手を取り立ち上がった少女は、泣き出すこともなく、むしろ自分の非を認めて謝罪した。
やや舌足らずな口調だがよほど親の教育が良いのだろう、年齢からしてもしっかりした態度でモカ達を驚かせた。
「お兄ちゃんたち、冒険者?」
「そうだよ。ついさっきモント村に着いたんだ。」
蟠りもなさそうにこちらを見上げて首を傾げる少女はなかなかに可愛らしい。
モカも表情を和らげながら、少女と視線を合わせて話す。
「ならうちのお客さんだね!」
「うん?」
にぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべる少女に対して、今度はモカが首を傾げる。
そんな彼に対して少女は、腰に手を当てて誇らしげに胸を張る。
「わたしはリルルーラ!『湖の小鳥亭』の看板娘なんだよ!」
えっへんと鼻を鳴らすリルルーラ。
あまりの都合のよさにモカ達は、思わず顔を見合わせた。
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