第14話



 ◇………………………………………………………………………



「今日はここまでにしましょうか。」

 巨狼との戦闘から数時間経過し、空に昇っていた太陽もいつの間にか頂上を通り過ぎ、下り道へと差しかかっていた。

 あと一時間もしない内に、青々とした空は茜色へとその色を変えるだろう。

 モカ達は足を止め、野営の準備を始める。


 街道沿いにある手ごろな広場を見つけ、そこをキャンプ地とする。

 人通りが多い街道にはこういった人が野営をするに適した場所が多く存在し、過去にここを利用した人が作った竈などが放置されていたりする。

 モカ達がキャンプ地とした広場も、火を起こした跡のある石竈が複数組まれており、その周りに椅子として使ったであろう丸太が設置されていた。


「うん、これがよさそうだ。

 じゃあ、僕は薪を拾ってくるからラテは準備をお願い。」

「わかりました。」

 薪を集め、火を起こし、夜への準備を進めていく内に、辺りはすっかり暗くなっていた。

 一日中歩き詰めて戦闘までこなした二人は、焚火を囲いながら緊張を解き、だらけた雰囲気を纏う。

 バリーものんびりしながら草を啄んでいた。


「そろそろ夕食の準備しようか?」

「そうですね。狼肉も使っちゃいましょう。」

「ステーキにする?それともスープに入れる?」

「両方にしましょう。」

「オッケー。」

 献立が決まり、手際よく夕食の準備をしていると、遠くからこちらへ近づいて来る足音が聞こえ、作業する手がピタリと止まる。


「お客さんみたいですね。」

 モカとラテは、素早く武器に手を這わせ、音のする方を鋭く見つめる。

 同じ旅人であればいいが、賊などのならず者であれば戦闘になる可能性が高いのだ。警戒するのは当然の行動だった。

 緊迫した空気が流れる。

 そして数秒の後。


「おぉ!?イケメンだ!」

「コラ!失礼でしょ!」

「こ、こんばんわ。」

 現れたのは、女性の三人組だった。


「……こんばんわ。」

「こんばんわ、美しいお姉さん方。皆さんも冒険者ですか?」

 突如現れた三人組に緊張した面持ちで身構えたモカだったが、其の内の一人の第一声があまりにも軽かったため、毒気を抜かれた様子だった。

 生まれてこの方、村から出た経験が殆どない彼は、初対面の人というものにあまり慣れていないのだ。

 対して、同じ環境で生きてきたラテが如才なくナンパのような台詞を返しているのを見るに、ただ単にモカが人見知りなだけかもしれないが。


「そうだよ~。あたしはサノン。こっちの赤毛がマリエル。小柄なのがポムニットだよ。よろしくね~。」

 美しいと言われてどこか興奮気味のサノンと名乗る女性。

 夜を思わせる藍色の髪をショートカットにした彼女は、モカ達を見て髪と同じ色の瞳を緩ませている。

 歳の頃はモカ達よりも幾分上だが、まだ少女と言える十代半ばくらいであろう。背もモカ達よりも頭半分くらい高い。

 その身に纏うのは、チューブトップの上に胸部を覆うレザーアーマー、脚部を保護するレザーグリーブ。両手には金属製の籠手ガントレットを装備しているのを見れば、彼女が格闘家モンクであることが察せられる。

 しかし、それ以外には下半身に股下ゼロセンチと言っていいくらいに丈の短いホットパンツを身に着けているだけの露出度の高い格好をしている。他に特徴的なのは、二の腕や太腿に用途のわからない、ゴツ目のベルトが巻き付いていることだろうか。

 だが何より目を惹くのは、レザーアーマーの内部に収容されてなお主張の激しい胸部であろう。ハードレザーを引き裂かんばかりに圧迫するその威容は、男であれば誰でも視線を向けざるを得ない。

 腹も、肩も、太腿も丸出しという格好でありながらいやらしさを感じないのは、彼女の発する底抜けに明るい気配と、鍛え上げられ引き締まった肉体美の為かもしれない。


「まったく、あんたはいっつもこうなんだから……!」

 マリエルと紹介されたのは、朝焼けのような赤毛をポニーテールにしたクールな雰囲気の女性だった。

 きつい印象を与えるツリ目の瞳の色は若草のような緑で、サノンを窘めていたことから真面目な性格であることが伺える。年齢は三人の中では一番上に見えたが二十には達していないだろう。

 身長はサノンと同じくらいで、半袖上着にサノンと同じレザーアーマー。下半身は動きやすそうなキュロットパンツ。背と腰には弓と矢筒があり、彼女が弓使いアーチャーであることを示している。

 サノンと比べると露出度はそこまでではないが全体的に身軽な様相で、身を潜めて獲物を狩る狩人ではなく、動き回りながら弓を放つ弓兵なのだろう。

 それを体現するかのようにスレンダーな体型をしているが、決してスタイルが悪い訳ではない。出るところは出ているのだが、隣のサノンと比較するとその落差が凄かった。


「ま、まあまあ。」

 ポムニットと紹介された女性は、三人の中で最も背が低く、露出度も低かった。

 長い烏の濡れ羽色の髪。瞳は前髪に隠れてよく見えないが、輝くような金色をしている。年齢はサノンと同じくらいであろうか。

 気弱そうな雰囲気と、挨拶の際に声がどもっていた様子を見るに、モカと同じく人見知りなのかもしれない。

 前二人と違い、その身にアーマーを纏っておらず、ケープ付きのマントを身に着けている。唯一露出していると言えるのは、ミニスカートから伸びる太腿くらいだ。

 その手に持つのは身長を超えるサイズの長杖。そこから彼女が魔法使いメイジであることが分かった。

 体型はダボッとした服からは判定が難しいが、小柄な体躯に相応しいスタイルであることは予想できた。


 三人とも、タイプは違えど十分な美人と言えた。

 そんな美人パーティは、慣れた様子で話しかけてきた。


「君たちは新人さんかな?」

「はい。私はラティアス、こちらはモカート。昨日村から出たばかりです。」

「おっほー!予想以上にピッカピカだった!」

 サノンが興奮したように声を上げる。

 モカ達のイケメン具合に、テンションが急上昇している様子だ。


「この近くの村っていうと……バスクかブランあたり?」

「バスク村です。」

「バ、バスク村……行ったことありましたっけ?」

「ないわね。たしか大きめの染め物工場がある村だったかしら?」

「そうです!染め物が自慢なんですよ!」

「ここら辺の村は大体そうですけどね。」

「この地方の特産品だもんね~。」

 自慢気なモカに、苦笑するラテ。

 キッサ地方の特産品がキッサ染めなのだから、大体どこの村でも染め物は作っている。

 サノン達も小さな子供を見るような、生暖かい目を向けている。


「貴方達の目的地は【緑の迷宮】よね。」

「はい。そこを拠点に各地を巡っていこうかと。」

 三人の中で唯一いまだに警戒を解いていないマリエルが、確認するように問いかける。


 彼女の語る【緑の迷宮】とは、モカ達の住む国、ユルミナ王国に存在する最大規模のダンジョンである。

 正式名称はヨルバ大森林。世界七大迷宮の一つに数えられる大迷宮だ。


「あたし達も緑の迷宮をメインにしてるよ~。ダンテに住んでるんだ。」

「コラ。余計なこと言わない。」

「え~?」

 マリエルに叱られたサノンが唇を尖らせる。

 どうやらマリエルはモカ達を警戒している様子で、自分達の情報をあまり与えたくないようだ。初対面で、相手のことを何も知らないのだから当たり前の行動と言っていいだろう。むしろサノンの方が危機感が足りないと言える。


 ダンテとは、緑の迷宮に付属する都市の名前だ。

 緑の迷宮から算出される素材によって栄える町で、その規模はこの国の首都を遥かに上回る程の大都市である。


 ダンテを拠点とする冒険者は多い。

 というより、この国の冒険者の基本スタンダードと言っていい。

 なにせダンテに付属する緑の迷宮は世界七大迷宮の一つなのだ。他の凡百のダンジョンとは規模も質も桁が違う。

 一攫千金を夢見る者も、強さを求める者も、この国の冒険者ならば必ず一度はこのダンジョンを目指す。

 そして、ダンテはこの国一番の大都市だ。実入りや生活環境、交通の便など、あらゆる意味で冒険者が暮らしやすい街と言える。


「でも大丈夫~?ダンテは冒険者の町っていうだけあって実力主義だよ?生半可な実力だと苦労するよ?」

 サノンは揶揄うような口調だが、言っていることは中々にシビアだ。

 これは脅しという訳ではなく、せっかく知り合ったイケメンの後輩が不幸なことにならないための忠告であり、彼女なりの優しさでもあった。

 ダンテで上手くいかなかったら、故郷に帰ることも一つの正解なのだ。


「大丈夫です。僕達こう見えても結構強いんですよ。」

 自信を滲ませる表情のモカに、マリエルはひっそりと眉を顰めて溜息を吐いた。

 冒険者としてそこそこの年季を持つ彼女は、こういった身の丈に合わない自信に溢れた初心者を両手の数では足りない程に見てきた。


 自分は特別な存在なのだと信じた若者がダンテでまず知ること、それは自分が特別な存在などではないという挫折だ。

 地元じゃ負け知らずが、ここでは負けしか知らず。

 小さなコミュニティの頂点にいた者が広い世界を知って、身の程を知るというのはいつの時代、何処の国であっても変わらない。


 マリエルがこっそりと観察したモカ達の雰囲気からは、強者などにはとても見えない。無論、冒険者を外見で判断してはいけないとはわかっているが、それでも、低身長の矮躯を見ると強そうという印象は湧かなかった。


「あはは……そっかぁ。」

「むっ。見てください!これ僕達二人で倒したんですよ!」

 道理を知るサノンからしても、モカの台詞は小さな子供が背伸びをしているようにしか見えなかった。

 困ったように笑う彼女の表情に、僅かに嘲りに近いものが含まれていることを感じ取ったモカは、小さな怒りを覚え、見返してやると言わんばかりに巨狼の皮を広げる。

 ラテはその様子をニコニコと見守っていた。


「でっか!?ええ、これ倒したの?凄くない?」

「こ、これトスタウルフですね。しかも通常のものよりかなり大きいですよ。」

 取り出された皮の大きさに驚くサノン。

 ポムニットは毛色などを見て、狼の種類を看破する。

 モカは、この狼トスタウルフっていうんだと、初めて知る魔物の名に内心でほへーっと感心していた。


 二人の驚いた表情を見るに、インパクトは十分だったようだ。


 トスタウルフとは、この国に生息する狼型の魔物だ。

 通常は森の奥にいるため、その姿を知る者はあまり多くない。

 群れを作らず一匹で生きていく孤高の魔物で、並の冒険者には結構な脅威となる存在である。


「しかもルーン持ちでした。」

「「ルーン持ち!?」」

 話を聞くにつれてサノンとポムニットの瞳には関心の色が広がっていく。

 逆に、マリエルの顔に浮かぶのは、胡散臭いものを見るような表情だ。

 二人の反応に気を良くしたモカは気が付いていないが、傍らで見ていたラテはそのことに気が付いていた。しかし、彼はそこに言及することなく、いつものように笑っているだけだった。


「ねぇ、マリー。今回の依頼さぁ、この子達に手伝――――。」

「さぁ、お話はここまで。私達も野営の準備するわよ。」

「え?あぁうん……。そういうことだからまたね~。」

「し、失礼します。」

 マリエルに引っ張られるように去っていく三人の背中を、唖然としながら見送るしかできなかった。

 怒ったような勢いで話を遮ったマリエルに、何か粗相してしまったのではないかと不安になるが、思い返しても何が悪かったのか分からない。


「さぁ、私達も準備を終わらせましょう。」

「う、うん。」

 どこか釈然としないものの悩んでいても答えは出ない。

 モカは気持ちを切り替えて、狼肉を熱したフライパンに放り込んだ。


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