第12話



 ◇………………………………………………………………………



 ズシンと重々しい音を立てて巨狼の身体が倒れ伏し、流れ出た血が地面に広がり一帯を赤黒く染め上げていく。


「…………っはぁ~~~~!!」

 倒れた巨狼が再び動き出さないか油断なく警戒していたモカだが、しばらくして完全にこと切れていることを認識し、腰を抜かしたように尻もちをついた。


「つっかれたぁ……。」

 今の戦闘。時間にすれば5分もかかってはいない。

 だというのに、モカは疲労困憊だった。

 噴き出す汗が服を濡らし、肌に張り付いている。

 初陣ということもそうだが、一歩間違えれば自分が死んでいたかもしれないという緊張感のある命のやり取りが、モカの体力をごっそりと奪い去っていた。

 このまま横になってひと眠りしたいという誘惑に駆られる。

 しかし、彼のそんなささやかな願いは、慌てて寄ってきたラテによって却下された。


「モカ!何やってるんですか!?

 せっかくのルーン持ちなんですから剥ぎ取り急いで!」

「そうだった!!ラテ!!ルーン何処!?」

「いやわかりませんよ。探して探して。」

「じゃあ、僕は頭の方から、ラテは尻尾の方からで!」

「了解。」

 二人は忙しなく毛皮を掻き分けて、地肌を確かめていく。

 急ぎ過ぎたためか、毛を掻き分ける度に、勢い余ってぶちぶちと毛を引き抜く音が聞こえる。


「あったぁ!!」

 二人が作業を始めてから十秒ほど。

 モカの甲高い歓声が響いた。


 毛を掻き分けた先に見えた地肌には、確かなルーンの輝きがあった。しかし、それは端から徐々に空気に溶ける様に消えつつあった。


「えっと、これで良い筈……。」

 素早く腰のポーチから手のひら大のケースを取り出し開く。

 中には丸い金属枠に布を張り、表面に白い粉を塗した金魚すくいのポイを大きくしたような道具が入っていた。

 ケースから丁重に取り出したそれを、霧散しつつあるルーンに押し当てる。

 モカもラテも、その様子を固唾を飲んで見守っていた。


「……そろそろいいかな?」

「もう大丈夫じゃないですかね。」

 呼吸すら抑えていたモカが傍らのラテと確認し合い、押し当てていた道具をそっと放す。

 二人が覗き込むと、道具の表面には先程まで巨狼の地肌に刻まれていたルーンが、淡い光を放っていた。


「やった!成功だ!」

「やりましたね。最初の戦闘でルーンを獲得できるなんて幸先良いですね。」


 冒険者のメインの収入源はいくつかあるが、その一つが討伐した魔物から得られる素材の売却だ。

 毛皮や肉などはいうに及ばずだが、その中でも最も価値が付くのが、ルーン持ちの魔物から取ったルーンだ。

 ルーンは自分で使うもよし、売りに出すもよしと、最も腐らない素材と言えた。


 生き物に刻まれたルーンは、生きている内は肉体に定着しているが、生き物が死亡すると、その生命活動の停止と同時にルーンも消失する。

 放っておけばすぐに塵と消えるそれを、写し取り、保存しておくための手段が、先程モカが使用した道具だ。


 名称は【サークル】。

 ルーンが最も定着しやすいのは生物であるという性質を利用した道具であり、布の表面に付着した白い粉のようなものは、正確には特殊栽培されたカビである。

 金属枠に施された機構が霧散するルーンをカビに定着させ、長期の保存を可能とさせているのだ。


「……あぁ~~~~。終わったぁ~~~~。」

 勢いよく地面に身を横たえるモカ。

 服が汚れるのもお構いなしに、身体を大の字に放り出している。

 ラテも緊張を解いて座り込んでいる。


「きつかったぁ……。」

「油断するからですよ。最初から本気を出していれば苦戦することもなかったでしょうに。」

「だっていけると思ったんだもん。まさかルーン持ちだなんて思わないし。」

「それが油断なんですよ。そういった判断を下せるだけの経験が私達にはないんですから、どんな時だってまず全力を尽くす。

 流石に切り札まで使えってわけじゃないですけど、下手をすれば本当に死にますよ?」

「……先生に知られたら説教かな?」

「その後再教育でしょうから旅は中止ですね。」

「やだ~~~~。」

 ゴロゴロと転がり土塗れになっていくモカは、命のやり取りから解放された反動で、言動がやや幼くなってしまったようだ。

 そのまま転がっていき、戦闘が終了したことで戻ってきたバリーの足元で止まる。

 モカの頬をざらついた生暖かい感触が撫でる。


「ヴェェェ……。」

 まるでしっかりしろというように、バリーがモカの頬を舐めていた。

 礼を言う代わりに耳の裏を撫でると、気持ちよさそうに身を寄せるバリー。

 それを横目に空を見上げると、まるで相棒の瞳を思わせる透き通るような青が見えた。


「まだまだだなぁ…………。」

 ポツリと零れた言葉を、バリーだけが聞いていた。


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