第11話
「Graaaaaa――――!!」
もう幾度目かになる、こちらを食い殺さんとする顎に対して、モカは落ち着いていた。
今、彼は危機的状況にある。
すでにルーンは発動済みの為、これ以上の速度を出して躱すことはできない。
もはやこの牙から逃れる術はモカには存在しなかった。
だが、その目には、僅かな恐怖こそあるものの、絶望は見られなかった。
モカの目に宿るもの、それは――――。
「油断しすぎですよモカ。」
「ラテ、ナイスッ!」
「Gahu!?」
相棒への絶対的信頼だ。
モカの目の前で上下の牙がぶつかり合い硬質な音を立てる。
巨狼は混乱した。
己の牙は目の前の敵に突き刺さる筈だった。
肉を裂き、骨を砕き、吹き出す血を勝利の美酒として味わう予定だった。
しかし、何故か自分の牙はあと一歩分だけ届かず、むなしく空を噛む結果となった。
混乱の収まらない巨狼が視線を走らせる。
そしてそれを見つけてさらなる混乱に陥る。
巨狼の身体に、いつの間にか鎖が巻き付いていた。
それは巨狼の胴体にしっかりと食い込み身体を締め付けており、その両端の短剣は地面に深く突き刺さり、正しく杭の役割を果たしていた。
巨狼の口撃を留めた原因はこれだ。
鎖と短剣がストッパーとなり、寸でのところで押し止めたのだ。
何故これがここにあるのだ。
これは間違いなく弾き飛ばしたはずだ。
拾うだけの時間はなく、自身の身体に巻き付けるなど尚更不可能だ。
「いやぁ、見事に引っかかってくれましたねぇ。」
愕然とする巨狼を、ラテが嗤う。
普段の朗らかな笑みではなく、嗜虐性を露わにした笑みだった。
そんなラテの背中では、ルーンが淡く光を放っていた。
ルーンは肉体を強化するだけのものではない。
星の数ほどあるルーンの中には、常識を外れた不可思議な力を齎すものも存在する。
ラテのルーンもその一つだ。
背中に刻まれたその神秘は、手に触れることなく鎖を自在に操ることが出来る力。
先程の投擲には二つの意図があった。
一つは巨狼の隙を作り、モカの窮地を救うこと。
そしてもう一つは、短剣をもう終わった攻撃手段と思わせることだ。
モカと巨狼の攻防を少し離れた場所で窺っていたラテは、巨狼が獣とは思えない程の知能を有していることに気が付いた。
通常、獣は傷を負うと逃げる。それは魔物でも変わらない。
しかし、傷を負った巨狼はプライドを傷付けられたと怒りを露わにし、逃げようとはしなかった。
だからラテは、知性を持つが故に嵌ってしまう罠を仕掛けることにした。
まず最初の投擲で、巨狼にラテの存在を認識させ、鎖付きの短剣を武器にしていることを印象付けた。
そして二度目の投擲の際、短剣をわざと弾きやすい位置に投げた。
当たれば巨狼の行動を阻害する、されど防ぐのは難しくない。
そんな絶妙な位置への攻撃。
案の定、巨狼は短剣を弾いた。
同時にラテは、投擲しなかった短剣を持つ方の手の力を緩め、あたかも巨狼の力によってたまらず手放してしまったかのように演出した。
武器を失ったラテを見て、もうラテに打つ手はないと誤認した巨狼の油断を突く形で、弾き飛ばされた鎖を操作し、拘束することに成功したのだった。
「油断慢心は死に直結しますよ?次があったら覚えておくことです。」
鎖から逃れようと暴れる巨狼。
ギシギシと音を立てるも拘束はキツく、巨狼の力をもってしてもすぐさま脱出できるようなものではなかった。
そしてそれは、彼にとってあまりにも致命的な隙となった。
「――――っ!?」
気付いた時には遅かった。
巨狼の視界には、いつの間にやら体勢を立て直し、剣を構えるモカの姿があった。
全身のルーンをフル稼働させ、逆手に持った剣と共に跳躍し、全体重をかけた下突きを繰り出していた。
「これで本当にトドメだっ!!」
もはや巨狼になす術はなく、剣の切っ先がその頭に突き込まれた。
頭蓋を砕き、脳を破壊し、先端が喉から突き出る。
これが仮に首を斬り裂く斬撃であれば、命尽きるまでの僅かな間で一矢報いることが出来たのかもしれないが、指令を下す脳を破壊されてはどうしようもなく。
巨狼は何も出来ずに、その命の火を消すこととなった。
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