第10話
◇………………………………………………………………………
「Grrrrrr…………!」
仕切り直しとばかりに、モカと巨狼が睨み合う。
先程までの巨狼にあった、上位者としての驕りは消え去り、睨みつける目には対等な敵に対する殺意が渦巻いていた。
目の前の小さな生き物は、ただの餌ではない。
自分を殺し得る、鋭い牙を持っている。
血に染まり、赤黒く変色した体毛がその事実を物語る。
止めどなく流れる血が足元に血溜まりを作る。このまま血を流し続ければ、巨狼の不利は大きくなっていくだろう。
「Graaa!!」
それを理解している巨狼は、痛みを捩じ伏せて地を蹴り、再びモカに襲い掛かる。
負傷の影響で速度こそ先程に劣るが、気迫は段違いだった。
迎え撃つモカには、巨狼の身体が一回り大きくなったように感じられた。
気迫に飲まれまいと、より一層気合を込めて剣を構え直す。
しかし、巨狼は一つ大事なことを忘れていた。
敵は一人ではない。
「モカとばかりではなく、私とも遊んでくださいよ。」
「Gagua!?」
再び発生した鋭い痛みに、またしても巨狼は悲鳴を上げた。
いったい何が起きたと視線を走らせると、己の
「
それは短剣というにはあまりにも武骨で肉厚だった。もはや斬るといった機能を有していない、いっそ杭といった方がしっくりくるような形状をしていた。
柄には鎖が繋がっており、辿っていくと少し離れた所にいるラテの持つ、もう一振りの短剣に繋がっていた。
ラテは、巨狼の意識がモカに集中しているのを見て気配を消し、死角となる場所に移動し、タイミングを見計らって攻撃を仕掛けたのだ。
「これでトドメッ!」
前肢に続き後肢、行動するのに最も重要な部位をやられたことでバランスを崩した巨狼の視界に、剣を振り上げたモカの姿が映り込む。
煌めく刃が、その首を斬り裂かんと迫る。
このまま何もなければ、モカの剣は巨狼を斬り裂き、巨狼は息絶えるだろう。
もはや勝敗は決した。
――――そんなこと許容できるはずがない。
「Grrrraaaa――――!!」
カッと目を見開き、全身の毛を逆立てた巨狼が、いまだ無事な方の肢で地面を蹴り上げる。
「なっ!?うそっ!?」
今度はモカが驚愕する番だった。
今まさに首を斬らんとしていた巨狼の姿を見失ったのだ。
虚空を斬った剣を素早く構え直し、慌てて周囲を見渡すと、少し離れた場所に、深手を負いながらも悠然と巨狼の姿を見つけた。
巨狼は何故モカの剣を躱すことができたのか。
その理由は非常に単純である。
モカに斬られる寸前、通常を遥かに超える速度で動いただけだ。
「あっはっはっ!初っ端ルーン持ちと出会うなんて。流石モカ、持ってますねぇ。」
「嬉しくないよ!?」
ルーンは人にだけ与えられた恩恵ではない。
ごく稀に、魔物の中にもルーンを宿す者がいる。
この巨狼も、選ばれしその内の一体であった。
「Gaw!!」
巨狼が三度モカへと襲い掛かる。
その速度は先程までとは段違いに速く、モカは対応が一手遅れてしまう。
「あぶなっ!?」
振り下ろされた一撃を躱せたのは、ほとんど偶然だった。
顔すれすれを通り過ぎる爪が髪の毛を数本千切り、パッと散らばる。
もし巨狼が無傷の状態でこの攻撃を繰り出していたら、モカの身体は削り取られ、大怪我をしていただろう。
二撃目が迫る。
辛うじて剣で防ぐことに成功した。
だが、元々一撃目を躱した際に身体が泳いでいたところに、無理やり剣を差し込んだため、腕が跳ね上げられ無防備な胴を晒す結果となった。
「まずっ!?」
そして本命の牙がモカを食い殺さんと迫る。
完全に体勢を崩してしまったモカに、これを躱す術はない。
「モカッ!!」
そうはさせまいと、ラテが再び短剣を投擲する。
勢いよく飛来する短剣に対して、巨狼はそちらをチラリとだけ見て、後肢で弾き飛ばした。
蹴りの威力は凄まじく、鎖で繋がっているもう一本の短剣がラテの手から放り出されてしまった。
「しまった!?」
巨狼に傷一つ付けられずに宙を舞う短剣。
しかし、そのおかげで巨狼の動作に一拍の隙が生まれた。
その隙を見逃すことなく、再びルーンを発動させたモカはバックステップで巨狼と距離を取る。
逃げるモカからほんの一瞬の後、巨狼もルーンを発動させてモカに追撃をかける。
この状況において、モカは分が悪かったと言わざるを得ない。
巨狼がラテの攻撃を予想していたこと。
隙ができたとはいえ、それがほんの僅かでしかなかったということ。
巨狼が速度を上げることのできるルーンを宿していたこと。
バックステップと前進という体勢差。
元々の肉体的ポテンシャルの差。
上げればキリがないが、結論だけ言えば――――。
モカは巨狼から逃げることが出来なかったということだ。
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