旅立ち



 ◇………………………………………………………………………



「おや、良い物を貰ったようでうねモカ。ウィナン、私には何かないんですか?」

「あぁん!?テメーにやるもんなんざなんもねーよ!!」

 女性達との挨拶を終えたラテが、いつの間にかモカの隣に立っていた。

 微笑みを湛えたいつもの涼しい顔でウィナンに話しかけるが、彼女はラテとは対照的に、まなじりを釣り上げてがなりたてる。

 威勢よく吠える仔犬と、それを軽くいなす飼い主のようなこの構図は、彼らを知る者にとっては見慣れた光景だった。

 ウィナンはモカをライバル視しているが、ラテのことは敵視していた。

 その理由は、武芸や勉強で一度も勝てたことがないことなど、様々上げられるが、一番の理由は、ラテの頬についたキスマークを見ればなんとなく察することができるだろう。

 ウィナンは一途な男がタイプなのだ。


「はんっ!テメーも精々くたばらねーよう気を付けるこったな!」

「ウィナンはそんなに私のことが心配なんですね。私のこと大好きじゃないですか。この照れ屋さんめっ。」

「あ”あ”っ!?誰が大好きだボケェッ!!」

 吠えるウィナンに、楽しそうにからかうラテ。それを受けてさらに激しく吠えるウィナン。

 最後までいつも通りの二人に、見送りの面々からもどっと笑いが沸き起こった。



 ◇………………………………………………………………………



 その後も多くの人達が二人との別れを惜しんだ。

 特に二人を孫のように可愛がっていたポリーは、涙を流しながら二人を抱きしめていた。


 やがて、賑やかな挨拶も一段落し、とうとう二人が旅立つ時がやってきた。

 準備は万全。

 半ば眠りかけていたバリーもぱっちりと目を開き、二人の傍に佇んでいる。

 多くの人が見守る中、二人にマステルが言葉をかける。


「モカ、ラテ。」

 多くの言葉はいらない。

 必要なことは昨日、全て語り尽くした。


「いってらっしゃい。」


「「いってきます!」」



 ◇………………………………………………………………………



 皆が小さくなっていく二人と一頭の背中にいつまでも手を振り続けた。

 二人も何度も振り返り、負けじと手を振り続けた。一頭は手が振れない代わりに尻尾を振っていた。


「なぁ先生……。あいつ等本当に大丈夫なのか?」

 二人の姿が地平に溶け込み、皆が村の中へと戻っていく中、二人が消えていった先を見続けていたウィナンが、隣で同じように二人を見送っていたマステルに、ぽつりと不安をこぼす。


「大丈夫ですよ。あの二人なら。」

 マステルの声は穏やかだった。

 どんな苦難が降りかかろうとも、二人なら乗り越えられるという信頼がそこにはあった。


「そっか……。」

 小さな納得。

 ウィナンの心中に、僅かな嫉妬と、それを塗りつぶす程の大きな安心が満ちる。


「あいつらなら大丈夫に決まってるだろ。」

「そうそう。毎日殺し合いみたいなヤバイ稽古してたあいつらでダメなら、誰も旅なんてできねーよ。」

 ウィナンに付き合って残っていた友人達が、茶化したように笑う。

 どこか落ち込んでいる様に見えたウィナンを励ますような、殊更明るい声だった。


「ふんっ!次は俺の番だ!あいつらに負けてたまるかよ!」

「はーん。何年後になるんだか。」

「んだとこらぁ!」

「ははは。ではモカ達に追いつくために、今日からもっと勉強しましょうか。」

「いやぁ……。それはちょっと……。」

 彼等はいつも通りのやり取りをしながら、いつもより少し寂しい日常に戻っていった。


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