第5話




 ◇―――――――――――――――――――――――――――




 翌日の朝。

 二人はバスク村の正門に立っていた。

 これから旅立つともあって、装いも新たに準備は万全に整っている。


 モカは半袖の服の上にハードレザーの軽鎧を纏い、手甲足甲で手足を覆い、腰には太いベルトを巻き、そこに小物入れと一振りの剣が吊るされていた。

 正統派の剣士といった装いは、モカのどこか頼りない雰囲気を霧散させ、確かな勇ましさを感じさせる出で立ちとなっていた。


 そんな見るからに剣士であるモカとは異なり、ラテの格好は少々特殊だった。

 上下一体型の服、形状としてはサロペットが近いだろうか。後ろが大きく開いて背中や腋が丸見えで、鎧はほぼ身に着けず、モカとお揃いの足甲を装備しているのみだ。

 何より目を引くのは、腰部に幾重にも巻かれた鎖だろう。

 胸下からベルトの上までを、細い鎖がグルグル巻きに覆っており、見ようによっては無骨な腹巻にも、原始的なチェインメイルにも見える。その鎖の両端は、腰に差した二振りの短剣の柄に繋がれていた。

 一歩間違えれば奇抜に過ぎる格好であるのだが、顔の良さは瑕を隠すのか。不思議と、ラテの端正な容姿にしっくりくる印象を受ける。


 そして昨日までとの一番の違いは、二人の傍にもう一人、新たな同行者の姿があることだろう。


 それは四本足で、全身栗色の毛で覆われ、頭には二本の角が生えている。

 正門の脇に生えている草をムシャムシャと美味しそうに貪っていた。


「ヴェェェェ……。」


 彼の名はバリー。

 リスタと呼ばれる四足獣だ。

 その姿は山羊や鹿に近く、小柄故に馬車を牽くといったことには使えないが、荷車を牽くくらいの力はあるため、二人分の旅荷物を載せるくらいは苦にもならない。

 暑さ寒さに強く、雑食で何でも食べられるため、草木一本すら生えないといった苦境でもない限りどこへでも連れて行ける。

 その利便性から、徒歩で旅する者達に非常に重宝されていた。

 特に、仲間意識が強く、敵に襲われて散り散りになったとしても、必ず仲間を探し合流してくる習性が、旅人にとってこの上なく頼もしい。


 バリーは村の牧場の手伝いで、モカとラテが世話をしていたリスタの一頭だ。

 群れの中で一番モカ達に懐いているということで、旅立ちの祝いに牧場主から譲られた大切な仲間だった。


 二人分の荷物を背負いながら悠々と草を食んでいたバリーが、満足したのかゲップをして座り込む。そんなバリーの視線の先には大勢に囲まれるモカとラテがいた。

 二人の旅立ちを、知り合い達が見送りに来てくれたのだ。


 それぞれに別れを惜しむ言葉や、激励を投げかけているのだが、彼らの周囲の人間の比率には偏りがあった。それはどちらの方が多いという訳ではなく、モカの側には男性が多く、ラテの側には女性が多いといった具合だった。


 容姿端麗なラテは、村の女性達から絶大な人気があった。

 モカに人気がなかったという訳ではない。彼も十分に整った容姿をしているが、性格や積極性といった差異からラテの方が多数派というだけだ。

 なにせ、一時期、村の未婚の女性の半分以上と関係を持った、などと根も葉もある噂が立ったくらいだ。

 誰もが寂しそうな表情で、代わる代わるラテを抱きしめていく。中には号泣している者さえいた。


「おい、モカ。」

 涙を流す女性を慰めるラテを、苦笑しながら眺めていたモカに声をかける者がいた。


「みんな、来てくれたんだ。」

「友達なんだから当たり前だろ。」

「寂しくなるね。」

「頑張れよ。応援してるからな。」

 そこにいたのはモカと同じ年頃の少年少女達だ。

 彼等はよく皆で一緒に遊んだ友達だった。

 自分達の旅立ちを見送りに来てくれたのが嬉しくて、モカの顔に笑顔が浮かぶ。


「ちぇっ。お前達だけすりーよな。俺も行きたかったな~。」

「またかよウィナン。」

「お前、最近そればっかだな。」

 皆が口々に声をかける中、一人だけ愚痴をこぼす者がいた。

 ウィナンと呼ばれた、小生意気な少年――――のような風貌の少女だ。

 その雰囲気通りの荒々しい態度に、口調も男勝りな少女で、仲間内ではガキ大将的な立場に立っている。


 彼女が溢す不貞腐れたような言葉に、周囲に少年達は呆れた様子を見せる。

 彼女はモカ達の旅立ちを知らされた際、自分も行くと大騒ぎして大人達に大いに叱られた。それから今日まで、事あるごとに文句を言うので、周りの者達も聞き飽きているのだ。


「ダメですよウィナン。

 あなたはまだ未熟です。旅立つならもっと力を付けてからです。」

「でも先生!」

「ウィナン?」

「うぅ…………わかりました。」

 語気を強めたマステルに怯み、不承不承引き下がるウィナン。

 モカのライバルを自称する彼女としては、差を付けられたようで面白くなかった。多くの大人に認められている二人に対する嫉妬もあった。

 それでも尊敬するマステルに窘められてしまっては、このまま駄々を捏ね続けるわけにもいけなかった。


「これで勝ったと思うなよ!俺もすぐに追いついてやっからな!」

 モカを指差し吠えるウィナンの瞳には、先程まで愚痴っていたとは思えない真っ直ぐな想いが宿っていた。この切り替えの早さと、意外な程に真っ当な性根が憎めない奴、と皆に好かれる彼女の長所だった。


「あとこれ。俺達からの選別だ。」

「これは……?」

「継接ぎだらけで格好悪いけどよ。ちゃんと縫ってもらったし、使えねーこたぁねーだろ。」

 気恥ずかし気に手渡された一枚の布。

 広げてみると、それは外套だった。

 ウィナンの言う通り、あちこちが継接ぎでやや不格好だったが、その不格好さが味に思えてモカは一目で気に入った。

 これは一枚布は高くて用意できなかった友人達が小遣いを出し合い、布の切れ端を買い集め、縫い合わせて作った物だ。

 不格好に見えて縫製はしっかりされており、撥水加工された布で作られている為、雨が降っても問題ない。

 モカにはその金銭的価値よりも、友人達の想いが何より嬉しく、胸の奥が熱くなるのを感じた。


「ありがとう……!」

「おう…………がんばれよ!」



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