旅立ちの準備




 ◇―――――――――――――――――――――――――――




 見張り台から村へと戻った二人は、知り合いや世話になった人達を訪ね、旅立ちの挨拶をして回った。

 誰もが二人の門出を喜び、別れを惜しみ、力強い激励の言葉を贈ってくれて、二人の胸を温かく満たした。

 ついでに、誰も彼もが手土産を渡してくれるものだから、太陽が天辺を通り過ぎ、一通りの挨拶が終わった頃には、二人とも両手がいっぱいになっていた。


「いやぁ、たくさんもらっちゃいましたね。」

「ありがたいけど、どうしようか。

 こんなにたくさん持っていけないよ。」

「ほとんど食べ物ですし、今夜の夕食に使っちゃいましょう。」

「はは、豪華な夕食になりそうだね。」

 腕に伝わる重みに、自然と頬が緩む。

 ご馳走が楽しみなのもあるが、それ以上に村人達の優しさが形になって伝わってくるのが嬉しかった。みんな自分達の門出を祝福してくれている。今にもスキップし始めかねない程に足取りは軽やかだった。

 浮かれ気味のモカを見るラテの目も、村人達に負けないくらい優しい色をしていた。


「あ、でもこれなんかは持って行けそうですよ。」

「へぇ、どれ?

 ……ってこれキッサ染めの反物じゃないか!?しかもかなり上質な物に見えるけど。」

「ポリーさんからいただいたんですよ。

 継ぎ布に使ってもいいし、いざというときは、売れば多少の足しになるからって。」

「おばあちゃん……。」

 ポリーはモカ達の家の近所に住む老婆で、自分達のことを実の孫のようにかわいがってくれた人物だ。二人もまた、本当の祖母のように慕っていた。

 そんな家族といってもいい人が、これほどまでに自分達のことを想ってくれたのだ、嬉しくない訳がない。

 その心遣いに、モカは目頭が熱くなるのを感じた。


 キッサ染めとは、モカ達の住むバスク村があるキッサ地方の特産品だ。

 キッサ染めの着色剤の原料となるフロットの花が、気候か土壌の問題かで、この地方以外での栽培が難しく、また、染め物に適した奇麗な水源が豊富に存在するここ一帯でなくては、キッサ染めの特徴である鮮やかな色が出ないということもあり、このキッサ地方では昔から染め物産業が盛んに行われてきたのだ。

 バスク村でも染め物は行われており、村の畑の三分の一はフロットを栽培している。

 村の外れには大きな染め物工場があり、そこで働いている村人も多い。それほどまでにキッサ染めはバスク村の生活に根付いていた。


 モカとラテの着ている服もキッサ染めの服だが、ポリーがくれた反物は格が違う。モカ達の服は安物の布を染めた安価な物だが、貰った反物は高品質の布を丁寧に染め上げた高級品だ。

 鮮やかな発色でありながら色落ちしにくく、汚れも付きにくい高級品は王都でも人気の品だ。売れば一財産とまではいかないものの、それなりの金額にはなるだろう。


「でも、こんな高価な物貰っちゃってほんとにいいのかな?」

「人の好意を無下にする方が失礼ですよ。

 ポリーさんもモカが遠慮することが分かっていたから、私に渡したんでしょうし。」

「う~ん。」

 二人を幼い頃から知っているポリーは、それぞれの性格も当然よく知っていた。

 遠慮がちなモカに渡してもまず受け取らないことを理解していたからこそ、良い意味でも悪い意味でも遠慮のないラテにこっそり渡したのだ。


「明日出発する前に、もう一度ちゃんとお礼をしに行きましょう。」

「……うん。」

 まだ少し申し訳なさそうにしているモカに、ラテは苦笑する。

 自分の相棒は本当に生真面目だ。


「さあ、帰りましょう。

 先生がお腹を空かせて待ってますよ。」

「うん!」

 今度は力強い返事をするモカと、微笑みを浮かべるラテ。

 二人は両手いっぱいの贈り物を落とさないように、注意しながら歩き出した。

 いつの間にやら太陽は大きく傾き、あとそれほどもしない内に遠くの山に沈んでいくだろう。


 家々では夕食の支度が始まり、そこかしこから幸福な香りが漂ってくる。

 家路につく二人のお腹がグゥっと空腹を訴える。

 二人はいつの間にか足早になり、オレンジ色に染まる故郷を駆け抜けていった。


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