そして少年は剣を…… 異世界少年二人旅
ビト
第1話
ピーヒョロロー
のどかな鳥の鳴き声が、どこまでも高い青空に響き渡る。
厳しい冬の寒さが久しくなり、山々には緑の若芽が吹き、野には色取り取りの花の蕾が顔を出す季節。
今年は例年になく厳しい寒さだったためか、冬を乗り越えた人々や動物の表情もどこか明るい。
村の外れにある小高い丘にも、鮮やかな彩の草花が多く見受けられるようになってきた。
「はっ、はっ、はっ――――。」
そんな命の芽生えがそこかしこに見られる中、丘の頂上へと続く道を、タッタッタッと軽快な足音を鳴らしながら駆け上がる少年がいた。
年の頃は十代前半。
やや癖のある金髪は、走るリズムに合わせて実った稲穂のようにふわふわと揺れている。
顔立ちは中々に整っているが、垂れ目気味な顔を、優しそうと評するか、頼りないと評するかは、意見の分かれるところだろう。
しかし、その奥にあるオレンジの瞳は、冬の温かな暖炉の火を思わせ、彼の内に秘められた優しさを雄弁に物語っていた。
身長は同じ年頃の中では低めで線が細く、一見すると矮躯に見えるが、よくよく見てみると、袖から伸びる手足にはしっかりと筋肉が凝縮されており、その印象とは裏腹に、この少年が不相応とも言える力を有していることが見て取れる。すでに丘の頂上近くまで走っているというのに、息を切らすこともなく平然としているのがその証拠だろう。
彼の名はモカート・ブレンデ。親しい者にはモカと呼ばれている。
程なくして丘の頂上が見えてきた。
頂上は開けた場所となっており、大人が二人入るのが精いっぱいの粗末な小屋と、そのすぐ傍らに一本の巨木が立っていた。
木には梯子がかけてあり、所々人の手が加えられ、中腹と先端付近に見晴らし用の踊り場が設置されている。
この木は村の見張り台だ。
一番上まで登ると、周囲を一望でき、村に危険が迫った時にそれを伝える為の警鐘も設置されている。
本来であれば当番制で人が常駐しているのだが、ここ数年、村に差し迫った危機が訪れたことはなく、今では一日に数度、当番の者が異常がないか確認するだけとなっていた。
もっぱら子供たちの格好の遊び場として使われている。
見張り台の麓に立ったモカは、眩しそうに目を細めて上を見上げた。そこからは踊り場の床下が見えた。
長年雨風に晒されて薄汚れた床下を見ていると、視界の端にキラリと光る物が映り込む。
それは髪の毛だった。
踊り場の端から長い銀色の髪が一房垂れ下がり、絹糸のようにサラサラと風に揺られ、春の陽光を反射していた。
「はぁぁぁ……。」
その銀色を目にした瞬間、モカの口から深い溜息が漏れた。
そこには、やっぱりという納得と呆れ、そしてなにより、大きな憤りが含まれていた。
溜息を吐き切ったモカはキッと顔を上げると、胸いっぱいに息を吸い込む。
そして――――。
「ラテェェェェ――――!!」
大声で銀色の髪の持ち主の名を叫んだ。
その声は周囲に響き渡り、近くの木々にとまっていた鳥達が一斉に羽ばたき、草むらで微睡んでいた小動物は跳ね上がるように飛び起きた。
麓の村にまで届いたのではないかと思わせる程の大声の残響が消え去ってしばらくすると、風に揺れていた銀髪がするり引っ込んだ。
代わって、同じ場所から一人の少年がひょっこりと顔を出した。
「やあ、モカ。おはようございます。」
銀髪の少年は、先程の怒声など聞こえていなかったかのような朗らかな笑顔で、自分を見上げるモカに微笑みかけた。
その悠然とした態度に、モカは猛然と見張り台を駆け上がる。数段飛ばしで階段を上ると、あっという間に一番上の踊り場までたどり着いた。
そう広くない踊り場だ、探すまでもなく目的の人物は見つかった。
つい先程まで昼寝でもしていたのであろう、呑気に伸びをしている少年に大股で近付いていく。
「ラテ!!何考えてるの!?
明日出発なんだよ!?今日は準備や挨拶回りで忙しくなるって言ったよね!?」
「あはは、すいません。いい天気だったので、つい。」
モカの怒りもどこ吹く風。
ラテと呼ばれた少年は、悪びれることなく飄々と笑っている。
少年の名は、ラティアス・アートマン。モカにとっては家族も同然の存在だ。
年の頃はモカと同じくらいであろうが、僅かに背が低い。
雪原を思わせる真っ白な髪を背中まで伸ばし、それが揺れる度に太陽の光を反射して、まるで髪自体が輝いているように見えた。
涼やかな切れ長の瞳は、雲一つない快晴の空を思わせる水色。
十人中十人が美しいと答える程に整った顔と、常に絶えない柔和な微笑みは、村中の女性から評判を得ている。
身体つきはモカと比べてもなお細く、一見するとヒョロっとした印象を与えるが、その実、モカに勝るとも劣らない、痩躯からは想像できない程の力が秘められていた。
「はぁぁぁぁぁ…………っ!」
反省の色を見せずに笑うラテに、モカは再び大きく溜息を吐いた。今度は、諦めを多分に含んだ重い溜息だ。
気分屋で自由奔放。それでいて要領がよく、肝心なところは決して外さない。
頭でっかちで要領の悪い自分とは正反対だといつも思う。
人生の大半を共に過ごしている、兄弟とも言える相手故に、その性格は骨の髄まで熟知している。
昨日、口を酸っぱくして今日の予定を伝えたというのに、朝食を食べたらふらっといなくなり、行方知れずになったのも驚きはしなかった。むしろ、やっぱりかと呆れる気持ちの方が大きかった。
だからと言って、ラテを探して村中を走り回る羽目になったことを許せるわけではない。自分が走り回っている間、こいつは悠々と昼寝としゃれこんでいたのだ。
「それに、この景色もしばらく見ることができないと思うと、ゆっくり見ておきたくて。」
手すりに身を預けながら語るラテに、モカは続く文句を飲み込んだ。
そう言われてしまえば、自分だって同じ思いだ。
この見張り台は、幼い頃から二人でよく一緒に遊んだ思い出の場所。モカとしても、旅立つ前にここからの景色を見ておきたいと思っていたのだ。
ラテを叱る気分でもなくなったモカは、無言でラテと並び、眼下の景色に目を向けた。
ここからは村のすべてが見渡せた。
木陰で談笑する主婦達、元気いっぱいに走り回る子供達、汗を流して仕事に励む男達。
活気が溢れるとは言えない、しかし、穏やかで暖か味を感じさせる故郷がそこにあった。
胸に寂寥が込み上げるが、モカはぐっと堪えた。
「……ラテ。」
「はい?」
「頑張ろう。」
「ええ、頑張りましょう。」
決意を宿した瞳で見つめ合い、小さく拳を突き合わせた。
彼等は明日、故郷を離れ旅に出る。
二人を祝福するように、春の暖かい風が吹き抜けていった。
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