第45話: 静かなる布石
神聖魔道国家 アルカディウス
大聖堂の最上階は、夜でも灯りが落ちない。
報告が、静かに届けられた。
「……収容所、壊滅。
王アルベルトは奪還。
ヴァルキリー一名、離脱。
生存者、多数脱出」
部屋は静まり返る。
誰も息を呑む音さえ立てない。
レオニウスは窓辺に立ったまま、振り向かない。
「そう」
ただ、それだけ。
怒号もない。机を叩くこともない。
だが、指先がわずかに止まった。
ほんの一瞬。
それだけで、側近は悟る。
――嵐の前だ。
「例の“右眼”は?」
「現在、所在不明。
ただし……王都グラナディアで病に倒れ潜伏している可能性が高いかと」
レオニウスはゆっくりと目を閉じた。
「必ず、あの眼を手に入れる」
低く、静かに。
怒りは熱ではなく、圧となって沈殿している。
「今が、機会ね」
王はまだ帰還していないはずだ。
奇跡は起きていないはずだ。
“眠っている今”こそが、最も無防備。
軍を動かすか――
その瞬間。
レオニウスの思考が止まる。
「……待てよ」
側近が顔を上げる。
空気が変わる。
「それ、良いわね」
微笑んだ。
怒りの奥に、知性が光る。
机へ戻る。
羊皮紙を広げる。
さらさらと筆が走る。
迷いのない文字。
内容は穏やかだ。
王の帰還を祝す文面。
収容所襲撃への遺憾。
そして――
“右眼の保護について、協議を望む”
溶けた赤い蝋が滴る。
印章が押される。
魔道国家大司教の紋。
それを指先で撫で、レオニウスは言う。
「遣いを出せ」
静かな命令。
「グラナディアへ届けてちょうだい」
側近が問う。
「……宣戦布告、ですか」
レオニウスは笑う。
「いいえ」
灯りが揺れる。
「招待状よ」
窓の外、夜は深い。
「戦争は、焦った者が始めるもの」
視線が、遥か王都の方角へ向く。
「私は、待つ」
⸻
同刻。
グラナディア王都、医療室。
ランプの灯りが揺れる。
ベッドに横たわる一兵卒。
黒髪は乱れ、目の下の隈は消えない。
眠っている。
だが――
右眼の奥に、淡い青白い光が揺れている。
誰も知らない。
盤面が動き始めていることを。
王が戻る前に。
奇跡が起きる前に。
静かな手紙が、運ばれていることを。
夜は、まだ終わらない。
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