第42話: 水の民の村



畑に、鍬が当たる音がしていた。


一定の間隔で、乾いた土を割る音。

それは戦場からはあまりに遠く、あまりに平穏だった。


「……のどかだけどさぁ、行かねえとな?」


ダンテが辺りを見回す。


なだらかな丘。

小さな畑。

風に揺れる草。


砦も、オークの影もない。


「そうだね!なんか落ち着くから名残惜しいけど」


即答したのはラミエルだった。

空を見上げ、羽根を指でいじりながら言う。


「でも……変。静かすぎる」


そのときだった。


ガサッ!!


畑の向こう側から、

二人の人影が現れた。


ひとりは――

見間違えようもない大柄な男。


「……ガロン?」


「……ダンテ?」


お互いが、完全に同時に声を出した。


「な、なんでお前がここにいんだよ!」

「それはこっちの台詞だ!」


その隣にいた小柄な少女――

双剣を背負ったソフィアも、目を丸くする。


「えwもしかして皆して迷った系!?」


「まじか!」


四人は一瞬、言葉を失った。


深い森で分断されたはずの仲間。

ありえない場所での再会。


そして、そのさらに後ろ。


畑の畝の間から、

ゆっくりと一人の女性が姿を現した。


黒髪。

水面のように静かな瞳。


「……えーとな、この人は、ミヅハ」


ガロンが、低く名を呼ぶ。


ダンテの隣で鍬を肩に担いだ若い農夫が、少し気まずそうに頭を下げた。


「えーと……俺はミナカタ。

ミヅハの、夫だ」


「……は?」


四人の声が重なった。


ミヅハは穏やかに微笑む。


「彼女は水脈を読む人。私たちは水の民と呼ばれています。時に水の声を聞く。」


何を言われたのか、よく分からない。

だが――

なぜか、否定する気も起きなかった。


自然と、話題は後方支援組へと移る。


「そういや、サイラスたち、無事なのか?」

「オークに絡まれてないよね……?」

「入れ違いになってたら最悪だぞ」


不安が、じわじわと広がる。


その空気を、ミヅハが断ち切った。


「大丈夫」


即答だった。


「心配するような事態には、きっとならない」


根拠は、示されない。

それでも――


不思議と、その場の誰もが、

「そうかもしれない」と思ってしまった。


「……来て」


ミヅハに導かれ、

四人は丘の裏手へ回る。


そこにあったのは、

鉄柵に囲われた、古い井戸だった。


中から、ひんやりとした空気が立ち昇っている。


「……で?」


ダンテが警戒しながら聞く。


「何だよ、ここ」


ミヅハは、井戸を見下ろして言った。


「この井戸に、身を投げるのです」


空気が、一気に張り詰めた。


「……は?」


ソフィアが一歩下がる。

ラミエルは羽根を握る。


ガロンは、即座に前に出た。


「待て」


低い声。


「理由を言え」


ミヅハは静かに頷いた。


「これは《旅人の泉》。

思い描いた場所へ、瞬時に渡る水」


「……転移、ってこと?」


「ええ」


ダンテが苦笑する。


「ずいぶん都合いい話だな」


「信じなくてもいい」


ミヅハは、ただ言った。


「でも、急ぐのでしょう?」


沈黙。


やがて、ガロンが井戸を覗き込み、ぼそりと呟く。


「……えーっと、なに?あの、ドラ◯エか!ちょいちょいド◯クエかw」


「言うと思った!w」

「ちょっと!wwwダメなヤツw」


「でも否定できない……」


なんだかんだ言い合いながら、

四人は縁に立つ。


「行くぞ!」


誰が言い出したわけでもなく――

全員が、同時に跳んだ。


水音が、井戸の底で重なる。


その瞬間、

丘に吹く風が、少しだけ強くなった。


ミヅハはそれを見届け、

そっと目を閉じる。


「……ちゃんと、繋がる」


水の民にだけ分かる確信が、

そこにはあった。



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