第31話: 静止する時間の中で
ザコは、まだ眠っていた。
呼吸はある。
胸も、かすかに上下している。
だが、それだけだった。
グラナディア学級の面々は、代わる代わる彼の様子を見ながら、当てどなく、ただ残酷に過ぎていく時間を共有していた。
誰も口にしない。
「平和になったのか?」という問いを。
だが、誰もがそれを考えていた。
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「……なあ」
沈黙を破ったのは、ダンテだった。
椅子を後ろ向きに跨り、腕を背もたれに預けたまま、天井を見ている。
「結局さ。これって勝ったのか?」
誰もすぐに答えなかった。
「戦いは終わった。レオニウスは優しい。兵も動いてない。血も流れてない」
ダンテは肩をすくめる。
「でもよ。ザコは寝たきりで、アルベルト王は牢屋だ。これ、勝ちって言えるのか?」
「軽々しく言うな」
低く制したのは、ガロンだった。
腕を組み、壁にもたれている。
「勝ち負けで語る話じゃねぇ」
「じゃあなんだよ」
「……分からねぇから、黙ってんだ」
ガロンの声には、珍しく迷いが滲んでいた。
⸻
「王様……」
小さく呟いたのは、ソフィアだった。
いつもの跳ねるような元気はない。
「アルベルト王がいれば、って思っちゃうの、ダメかな」
誰も否定しなかった。
「スラムの話、聞いた?」
フェリックスが、資料の束を抱えたまま言う。
「元兵士たちが集まって、仕事もなくて、犯罪が増えてるって……」
「子供が巻き込まれたらしい」
サイラスが静かに補足する。
視線は窓の外に向けられていた。
「意識不明だ」
空気が、ひやりと冷えた。
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「……」
アリアは祈るように手を組んでいた。
「罪は裁かれます。でも……それで、心は癒えません」
「裁かれるのは“行い”だけだ」
エリアスが言う。
「怒りも、憎しみも、残ったままだ」
「それが腐るんだよね」
ダンテが、苦笑する。
「誰も悪くない顔して、みんな少しずつ壊れてく」
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その時だった。
「……お姉ちゃん……」
掠れた声。
全員が振り向く。
ベッドの傍にいたラミエルが、ザコの手を両手で握ったまま、泣きそうな顔をしていた。
「ミカエル……ミカエル、どこ……?」
返事はない。
ラミエルは唇を噛みしめる。
「ねぇ……お姉ちゃんがいたら、どうしたの……?」
誰も答えられなかった。
「戦わないで、祈って、それで全部うまくいくって……そんなの……」
ラミエルの声が震える。
「そんなの、間違ってるって言ってよ……」
⸻
マッテオが、静かに帽子を胸に当てた。
「……アルベルト王は」
全員の視線が集まる。
「アルカディウス領、反逆者収容所に幽閉されています」
その言葉が、重く落ちた。
「粛正……されるの?」
ソフィアが恐る恐る聞く。
マッテオは首を振らなかった。
だが、肯定もしなかった。
「決まってはいません。ただ……」
言葉を選ぶ。
「優しい支配は、問いを嫌います」
⸻
「イーリスは?」
ラミエルが、顔を上げる。
「同じく、身柄拘束中だ」
エリアスが答える。
「指導者であった者は、例外なく」
「……ひどい」
ラミエルの目に、怒りが灯る。
「悪いことしてないのに……!」
「だからだ」
ガロンが低く言った。
「悪くねぇのに、力があるから閉じ込められる」
「レオニウス……」
ダンテが呟く。
「ほんとに、優しいなあのオカマ…」
皮肉だった。
⸻
再び、沈黙。
ザコは目を覚まさない。
窓の外では、平和な街の音がしている。
笑い声。
足音。
遠くの鐘。
だが、この部屋の中だけ、時間が止まっていた。
「なあ」
ガロンが、ザコを見下ろしながら言う。
「お前が起きたら、何て言うんだ?」
誰も答えない。
「……また、問い続けるんだろうな」
その言葉に、誰も笑わなかった。
祈りは、もう無力だと知ってしまった後で。
それでも彼らは、ただ待つしかなかった。
眠り続けるザコと、
閉じ込められた王と、
優しすぎる世界が、
どこへ向かうのかを。
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