第14話: ガロンの与太話
夜は静かだった。
焚き火の音と、遠くで鳴く虫の声だけが、野営地を満たしている。
ザコは木箱に腰を下ろし、錆びた剣を横に立てかけたまま、ぼんやり火を眺めていた。
剣は相変わらず抜かれていない。鞘から出されたことがないせいで、もはや剣なのか鉄の棒なのかも怪しい。
「なあ、聞いたか?(げぇっふ」
酒袋を振りながら、ガロンが言った。
声は大きいが、調子はいつもの軽口だ。
「また変な噂かよ」
誰かが笑う。
赤髪のダンテが面白がるように身を乗り出した。
「なになにぃ?女の子の話しぃ?」
「いやあ今度はちゃんとしたやつだって。王様の話だ」
「んだよ!王様ァ?」
その言葉に、何人かが顔を上げた。
この小国にも確かに王はいる。名前も知っているが…
「はて…」
ガロンはにやりと笑い、酒を一口あおった。
「アルベルト王な。あの城に引きこもってるって噂の」
「ああ、あの“システム上外に出てこない”王様か」
誰かが言い、どっと笑いが起きる。
「椅子が張り付いてうごけねえんだぜ?」
「その王様がよ、難民キャンプの子供たちに頼まれたらしい」
ガロンはわざと間を取った。
「飼ってた犬が死んじまったんだと」
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
「それで?」
「おお、イヌよ、しんでしまうとはなにごとだ!」
「と言ったあとにな?」
「王様が聞いたんだとよ。“生き返ったら嬉しいか?”ってな」
「はは、そりゃ嬉しいだろ」
「子供だしな」
軽い相槌が続く。
誰も真面目に聞いていない。
「んでよ。犬の死体を預かって、部屋にこもった」
ガロンは肩をすくめる。
「数分後だ。ヨボヨボの爺みてぇになって出てきてよ。犬は――」
ここで、ガロンは両手を広げた。
「元気に走り回ってたって話だぁ!!」
一瞬の静寂。
次の瞬間、爆笑が起きた。
「はははは! 盛りすぎだろ!」
「犬にザオ◯クかよ!」
「王様、命削りすぎだろ!」
ザコも思わず笑った。
確かに、与太話だ。酒の席にはちょうどいい。
「で、そのまま王様は寝込んだらしい」
ガロンは真顔で言った。
「ドアによ?
一週間。絶対に起こすな、って張り紙付きでな!!ガーッハッハッ!!」
「何だよそれウケすぎw」
「国のトップがそれでいいのかよ!」
「起きたらまた老けてそうだな!」
笑い声が続く。
誰もが、その話を“噂”として処理していた。
――ただ一人を除いて。
「……それは」
低い声だった。
ザコの右目の奥で、冷たい感覚が走る。
ミカエルだ。
「それが事実であるなら」
焚き火の向こうで、空気が変わった。
笑い声が、少しずつ止んでいく。
「私は、その王に会ってみたい」
ガロンが瞬きをする。
「え? いや、だから与太話だって――」
「魂を、死から引き戻す行為だ」
ミカエルの声は淡々としている。
だが、そこには明確な動揺があった。
「たとえ犬であろうと、代償を伴う蘇生は禁忌に近い。
それを、人が――王が、意図的に行ったのであれば」
言葉が、そこで切れた。
ザコは頭をかいた。
「……あれ? そういやさ」
場の空気を誤魔化すように、軽く言う。
「俺ら、アルベルト王って会ったことなくね?」
一瞬の沈黙。
「……ないな」
「顔、知らねえ」
「存在は知ってるけどな」
誰かが笑い、また小さな笑いが広がる。
ガロンは酒袋を振りながら言った。
「ま、噂話だ。信じるほどのもんじゃねえ」
そう言って、焚き火に酒を少し垂らした。
火は何事もなかったかのように燃え続ける。
――だが。
ザコの右眼の奥で、ミカエルは黙っていた。
与太話で済ませていい話ではない。
その直感だけが、確かにそこにあった。
夜は、まだ静かだった。
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