第8話: 《観測者と、戦場の例外》
カルディス高原城塞外縁。
霧が低く流れていた。
死臭を隠すには、十分すぎる濃さ。
ヴェルサニア密偵部隊は進む。
足音なし。呼吸同期。魔力遮断。
存在は、限りなく「ゼロ」。
――完璧。
の、はずだった。
「……隊長」
一人が、震えた声を漏らす。
「……どうした」
「……あれ」
瓦礫の上。
一人の兵士が座っていた。
干し肉を噛みながら、空を見ている。
――こちらを見ていない。
なのに。
「……気付いてる」
空気が、重くなる。
その兵士――ザコは、視線を動かさないまま言った。
「……くせぇんだよ」
密偵達の背骨に、冷たいものが走る。
「血。鉄。焦げた布。……あと、ビビってる汗」
沈黙。
「隠れるならさァ」
干し肉をもう一口。
「風上行けよ。雑魚」
隊長が前へ出る。姿を解く。
「……貴様が、戦況を歪めている兵か」
ザコは肩をすくめる。
「歪めてる? 知らねぇよ。
俺ぁただ――死にたくねぇだけだ」
観察。
脈拍。筋肉。魔力流。
結論。
「……戦闘能力」
「低い」
「……だが」
「……勝てない」
ザコはケラケラ笑った。
「それな。よく言われんだわ」
—
ヴェルサニア首都。
報告を聞き終えたあと、イーリスはしばらく何も言わなかった。
やがて、静かに口を開く。
「……強者ではないのだな」
「はい」
「……だが」
「……勝てません」
沈黙。
長い、長い沈黙。
「……例外か」
その言葉は、まるで“世界の法則の外側”を指す響きだった。
「……見に行く」
それだけだった。
—
数日後。
グラナディア前線拠点。
空が、裂けた。
白銀の光が降りる。
魔力が空気を押し潰す。
兵士達が膝をつく。
戦乙女。
ヴァルキリー。
イーリスは、空中に立っていた。
「……剣を抜くな」
それだけで、空気が止まる。
「……今日は、刈り取りに来たのではない」
視線が落ちる。
ザコへ。
「……貴様か」
ザコは眉をひそめる。
「……誰だよ。空から偉そうに」
周囲が凍る。
イーリスは、ほんの僅かだけ口元を動かす。
「……よい」
「……悪いことは言わん」
「……ひと月」
世界が、静かに軋む。
「……備えよ」
「……これは、慈悲だ」
光が閉じる。
空が元に戻る。
—
夜。
焚き火。
ザコが言った。
「……なあ」
「盾、全部ピッカピカに磨こうぜ」
ガロンが固まる。
「……は?」
「なんでだよ」
ザコは薪を突きながら言う。
「いやさ」
「1ヶ月も戦わねーんじゃ暇だからよ」
笑う。
軽い。
どうでもよさそうに。
「……つーか、なんか面白ぇじゃん。
敵が自分の顔見ながら死ぬとかw」
ガロンは頭を抱える。
「兄貴……お前ほんと……」
夜はふけていく。
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