第7話: 《魔導公国ヴェルサニア ― 白銀のヴァルキリー》




― 魔導公国ヴェルサニア 首都アストラ・ヴェール 軍議大聖堂


天井を支える白柱には、魔力増幅の紋章が幾重にも刻まれていた。

床には戦域を映す巨大な魔術投影。


青い光が揺れる。


戦線は――

確実に、後退していた。


沈黙。


重い沈黙。


その中央に立つ女は、誰よりも白かった。


白銀の長髪。

血の色を一切寄せ付けぬ、氷のような瞳。

背には、展開すれば都市を覆うとさえ言われる魔力翼。


魔導公国ヴェルサニア統治者。

戦乙女の異名を持つ者。


―― イーリス。



「……説明せよ」


低く、冷たい声だった。



副官が、跪いたまま答える。


「は……現在、拠点都市カルディス高原城塞攻略は……一時停止状態にあります」


空気が凍る。



「……一時停止?」



「……は」



「……後退しているのではないのか?」



沈黙。


副官の額から、汗が落ちた。



「……申し訳、ありません」



次の瞬間。


魔力圧が、会議室を叩き潰した。


床石が軋む。

投影魔術が歪む。



「なぜだ」


イーリスの声は、怒号ではない。

だが、それが逆に恐ろしかった。



「なぜ――」


「あのような小国に、手を焼いている?」



副官は震えながら答える。


「……当初、グラナディアは想定通り、物理戦闘特化の小国家でした」


「魔導兵の投入により、カルディス高原城塞は陥落寸前まで――」



イーリスは、遮る。


「ではなぜ止まった」



副官は、言葉を選んだ。


「……部隊、です」



「……部隊?」



「……一部隊のみが、戦況を変えています」



空気が変わる。


怒りではない。


興味。



「……続けよ」



「……損耗が、異常に少ない部隊です」


「……敵の魔術砲撃、広域魔術、幻影魔導兵……」


「……すべてを、回避します」



沈黙。



「……偶然では?」



「……いいえ」


副官は震えながら続けた。


「……観測では」


「……一兵卒が、戦場の“流れ”を変えていると」



イーリスの指先が、わずかに止まる。



「……名は」



「……汚ねえ天使…ただのザコ、という呼称で名前のない奴隷兵――」



その瞬間。


会議室の空気が、僅かに揺れた。



「……汚いザコだと?」



「……は」



「……ふざけた名だ」



だが。


イーリスの瞳は、わずかに細められていた。



「……その者が」


「……戦線を、押し返している?」



「……はい」



長い沈黙。



やがて。


イーリスは、静かに言った。



「……禁忌指定魔術の解放準備を」



副官が、顔を上げる。



「――!? そ、それは……」



「地形ごと、焼き払う」



「カルディス高原城塞ごと」



「戦線ごと」



「――敵ごと」



副官の声が震える。


「……住民が、まだ……」



「戦場にいる者は」


イーリスは言った。


「……すでに、戦場のものだ」



沈黙。



「……発動準備を」



その時。


別の将が、震えながら進み出た。



「……殿下」



「……なんだ」



「……もし」


「……その兵士が」


「……個体ではなく、“現象”だった場合」



沈黙。



「……どういう意味だ」



「……もし、単なる兵士ではなく」


「……戦場そのものを歪める存在なら」



イーリスの瞳が、初めて揺れた。



「……観測班を送れ」



「その“ザコ”を」



「――直接、見る」



魔導公国ヴェルサニアは、まだ知らない。


その兵士の右眼に、何が宿っているのかを。



そして。


その存在が。


天すら、巻き込むことを。


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