第6話 陰陽師になるために

 陰陽師になれ――――。


「陰陽師? それが必要ってんなら……」


 なんじゃそりゃ? とはなったが、それが〝呪い〟を祓うために必要というのならなるしかないのだろうと心が頷こうとした瞬間、


「待ってくれませんか?」


 鋭く、そしてあくまでも穏やかに、その場を一時停止させる声が上がった。


「あ? どうした誓」


「私も少し、心くんと話がしたいです。よろしいでしょうか?」


 「おう、お前からの説明もいるからな」と榊は一度、手元にある酒瓶を呷った。

 その姿を見て、誓は尚更だと確信する。

 気分が高揚し、その場の勢いで物事を決める……

 の悪いところが出てきたな、と。

 恐らく願や祈もそう感じ取ったため、誓がこの場を止めたことで少し安堵しているように見えた。


「改めて……私は、癸 誓。この沖ノ連島の宗像大社 沖津宮おきつみやで宮司をしている者であり、この島を〝呪い〟から守る守護者でもある。と言っても、島全体に結界で覆っているだけなんだけどね?」


「は、はぁ」


 「結界とはなんぞや」となっている心は、そんなことを言われてもといった感じで気の抜けた返事をするが、それはまだ何も知らないからだ。

 同じ立場陰陽師同じような存在呪力を扱う者であれば、これがどれだけ凄いことなのかよく分かる。一年間も、島を覆う結界術を扱うという凄さが。


「これから話すことは誰に話してはいけないよ。呪いを祓う力を持っていない者が聞いたところで何が起こるというわけではないんだけど……それはあくまででの話だからね」


「……ということは、は黙ってないといけないってことですか。まぁ、誰かに話す気はないですけど……」


 たった一人の友人、家族、学校の先生、「変なものが見える」とどれだけ訴えても信じてもらえなかった。

 だからと言って「どうして信じてくれないんだよ!」とはならない。なぜなら、明らかに自分だけが異常なことだと分かったからだ。考えれば当然のことだ、皆が〝黒い霧〟を見て育っているなら共感してもらえたはずだ。


「うん、それが良い。実際に被害に会うのは心くんの周りにいる人たちだからね……」


「……分かりました」


 少しの後悔、懺悔、悲しみ、色んな感情が混ざった誓の表情がこれは脅しなんかじゃないよと教えてくれているようだった。


「心くんはさ、初めて〝呪い〟と相対してどう思った?」


「え、あー……昔を、少し、思い出しました――――」


 玄関を開いて最初に見るのは、家の前に門番のように立ち上がる黒い霧だった。いつも怖くて塀を超えて変な場所から出て行ってたけど、それでも至る所に黒い霧は見えた。

 どこに行っても着いてくる。

 何をしていても目に入る。

 あの時は、それが怖くて何でも無い路上で丸くなって動けなくなっていた。


「でも、怖くて泣いていた……の自分はいなかったです。思い出したけど、体は動きましたねー。俺の後ろに願がいたし、無我夢中だったのかもしれないですけど」


「……ほぉ」


「あの時のことは礼を言う……本当に助かった。お前がいなければどうなっていたか分からない」


「礼なんていらねーよ。実際に助けてくれたのは師匠だろ? ぼんやり憶えてる」


「それでもだ。本当に、お前のおかげで助かった」


「あはは、そんな真剣に言われると照れるなぁ~」


 生まれた時から〝呪い〟が見える。

 これは陰陽師からしても、かなり特殊なケースである。

 本来ならば、陰陽師となるため十歳の時に霊障を与えられることで〝呪い〟を知覚するからだ。


「(納得というべきなのか、榊様の弟子だから流石と言えば良いべきか……生まれた時から〝呪い〟が見える者――――伊達じゃない)」


 なんの巡り合わせなのか、酒呑童子榊様に鍛えられている。

 加えて、〝呪い〟が見えるという特異体質。その成長する過程は、きっと他の人よりも大変なものだっただろう。

 どんな選択をしていけば、逆にここまで素直そうというか……真っ直ぐそうというか……純粋な子が育つというのか。

 とにかく、不思議な子だ。父親から見ても少し柔らかさが足りてない願とこんなに仲が良さそうに……最初の心配は杞憂だったかもしれない。


「……ふっ、心くん」


「ん?」


 机の上に、癸家の家紋である十と兎が描かれる札を出す。

 心は「?」と、それが何かは分かっていない様子だが、願や祈は違う。


「それは……!」


 今まで何も言わなかった祈の口から漏れた驚きの声。


「これは心くんに必要になるかもしれないものさ。陰陽師の道へ進むというなら、必ず力になるから持っておいてほしい」


「わ、分かりました」


「うん。……では、榊様」


「おう。心、それなくすんじゃねぇぞ? 大切なもんだ」


 渡された札をまじまじと見るが、不思議な絵が描かれた御札であること以外に何もわからない。ただ、師匠が大切なもんと言うならそうなんだろう。


「ちなみに、こりゃ……なんです?」


「お前が陰陽師になるために必要な……あー、証明書みたいなもんだ。別になくても陰陽師になれるけどな、あって悪いことはねぇ。それにと違って面倒なんだよ、今は」


「は、はぁ……? まぁ、取り敢えず大事にしますね」


 誰かのほんの小さな溜息が聞こえると徐々に場の空気が軟化していく。

 どうやら、ようやく真面目な話が終わったようだった。


「ふぃー、しかし助かったなぁ」


「あ? 何がだ?」


 グビグビと酒を呑みながら、榊が反応した。

 それに倣うように九十九と誓も反応する。


「いやー、なんか本島の方に進学しなきゃいけないらしくて困ってたんですよ」


「あー……そう言えば、沖ノ連島の学校がなくなると国から知らせが来ていたね? そうか、心くんはもうすぐ卒業か」


「そうなんすよ、俺もつい最近知ったばっかでどうすっかなぁ~って。別にやりたいこととかねぇし、何がしたいかとも分かんなかったし」


「なら尚更良かったじゃねぇかよ。どうせ陰陽師になるために本島に行かなきゃいけねえんだ」


「あ、そうなんだ。てか陰陽師になるって言っても、どうやってなるんです? 正直、俺に難しいことはできませんよ?」


「そこは問題ないよ……って、急ぎ足になって全く説明できてなかった。ごめんね? 今から簡単に説明すると――――」


 京都〝写し世〟そこに、陰陽庁と呼ばれる場所がある。

 〝写し世〟と言っても〝呪い〟はそこにいない。千年以上も前に、安倍晴明という偉大な陰陽師が開拓した〝写し世の中に存在する、人間の生活圏〟だ。

 陰陽庁は歴代の天皇陛下らが認め、天皇陛下だけが認知している場所。

 現実世界にいる陛下と、言わば裏世界にいる陰陽師で成り立っているため、生活水準は現実世界と変わりはない。

 現実世界と違うとすれば、陰陽師を育成する機関――――〝呪い〟を学ぶ学校があること。


「京都陰陽師育成機関〝陰陽いんよう塾〟。小中高と一体化していて、学べる範囲もかなり広い。何も知らない状態でも誰かが助けてくれる環境だから、そこは心配しなくても大丈夫だよ。陰陽師専用の施設だから子供だけじゃなくて大人も通ってる人たちは多いし、色んな人が助けてくれる。流石に子供たちとは別の場所にいるけどね」


「ふむふむ」


「心くんの場合は中等部から高等部への試験は免除される。基本的な知識は中学校を卒業してからでも遅くないしね、難しいことはないと思う。それと京都〝写し世〟には陰陽寮もあるし、癸家うちに住んでもいい。一人前になるまで不自由はさせないから安心してほしい。まぁ、色んなことを一気に言っても分からないと思うし、ただ想像以上に広い学校って思ってもらえればいいかな?」


「寮……住まい……。あ、ちなみに広さはどれくらい……?」


「あ、え? そこ? た、多分沖ノ連島ここの半分くらいの広さはあるんじゃないかなぁ。でも広さで言えばの話さ、移動するのは一瞬だから通いなれたら気にしなくなるよ」


「うんうん…………とりあえず、デケェってことですね?」


「あ、うん。そうだね」


「なるほど」


 面倒は見てもらえるし、運動できるくらい広いというのも分かった。

 だが〝京都に行かなければならない〟ということと〝一人で行かなければいけない〟というの大きな問題が立ち塞がった。

 なら……まず最初にやらなければならないことがある。


「それよりも心、ご家族にどう説明するつもりですか?」


 九十九の言葉に、心も「それなんですよねぇー……」と応えた。


「陰陽師になるって言ったらダメなんすもんねー……」


「ワシから言ってやろうか? ん?」


「師匠じゃ無理でしょ。もう、ほら、なんか雰囲気がダメだよ」


「なにをー! んなことはねぇ!」


 と、酒瓶を片手に抗議してくるが……そういうところがダメな理由だ。

 体の大きさも威圧感があるし、酒がないと萎れた花のように元気がなくなるし、格好が派手だし……と挙げれば切りが無い。


「貴方に出来るわけないでしょう? ふふっ」


 ちなみに、九十九さんも当てにはならない。

 理由は怖いからだ。

 姿勢、声音、容姿、全てが人間離れした美しさ。その人間離れした感じが、本能に恐れを孕ませる理由になっているのかもしれない。

 言ったことはないけど、初めて出会った時から「ホントに人間か?」と今swも心の中で思ってる部分がある。


「うーん……マジでどうしよ。一番の問題は母さんと姉さんだよなぁ」


 少し頭の中でシュミレーションしてみよう。

 親父は問題ない、多分「行ってこい」の一言で終わりだ。

 兄ちゃんも大丈夫だろう、「手遅れになる前に連絡をちょうだいね」と優しく背中を押してくれるはず。

 問題は、母さんと姉さんだ。

「進学先、全寮制の京都の学校行ってくるわ」

「京都のどこの学校? 一人で何も出来ないのに全寮制? まぁ、聞いてあげるわ。どういう計画があるのか言ってみなさい」

「お母さんは、せめて目の届く範囲にいてもらいたいんだけどなぁー。ほら、心だけ本島に行ったことないでしょう?」

 う~~っ、無理そう! 例え妄想でも返す言葉が思い至らない、論破られてる。

 こういう時は、いっつも委員長を頼ってたけど……今回ばかりは頼れない理由だらけだし。あれ……ホントにどうしよ?


「脳内で会話した結果、どうでした?」


「……難攻不落、鉄壁要塞、大敗」


「こら、馬鹿になってる暇はありませんよ? 世間一般的な生活をしている人たちとは別の道に行くということは、色んな壁を超えて行かねばならないということなんです。始めから正直に話してどうにかなる問題ではないのですよ……まぁ、手段を選ばないので良いのであれば可能ですが」


「例えば?」


「鏑木 心という人間の記憶を、貴方の周りにいた人間の記憶から消す――――これが、最も楽な方法です」

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