第5話 目覚め
瞼を閉じたまま、意識が覚醒する。
少し大きく鼻で呼吸すると、心が落ち着く木の匂いがした。
「(あー……いつも寝てるとこだ)」
瞼を少し開くと、泊まる時にいつも自分が寝ている部屋だと理解する。
檜で作られた木造建築。ほんの少しミントのような香りが立つ御香。
少し視線を動かせば、太陽が大きく描かれた襖が見えた。
「(あれ、開くと太陽真っ二つになるんだよなぁ)」
アホなこと考えながらも、少し体に力を入れてみる。
体に痛みはない。むしろ何か軽い? フワフワしてる気がする?
いや、少し右拳が変な感じかも……あのデブ呪いをぶん殴ったからか? てかあれ、マジで呪いってやつなのか?
……まぁ、考えてもよく分からんな。
とにかく――――
「(……帰ってこれたのか)」
瞼を開き切ると同時に完全に意識が戻って来た感じがした。
近くには誰もいないようだ。ただ、襖の向こう側から男女の声が聞こえてくる。
「今、何時だ?」
ん? 茶葉の香りがする。
誰か来てるのか?
とりあえず師匠がお茶を入れるなんてありえねぇから……
「九十九さん、帰って来たのか」
そう言えば、帰って来るとかなんとか言ってた気がするなー、と少し呆けていると地面に近くないと聞こえないような静かな足音が近づいて来るのが分かった。
この足音は……
「起きましたか?
襖がゆっくり開かれると、麗人が現れる。
艶、毛先、全てが整った黒く長い髪を簪で止め、師匠とは正反対の純白の着物を黒に近い紺色の帯が締める。
姿勢も、声も、全てが美しい。初めて出会った時は何度も瞬きをして確認したほどだ、家のソファでバラエティ番組を見て爆笑している姉の姿とは格が違い過ぎて。
「起きましたよー」
「あら、意外と元気そうですね。身体に異常は?」
「いや、これがビックリ。ぜーぜん元気で、ちょっとボーっとしてるけど全回復って感じです。とりあえず、起きますわ」
ヒョイっと体を弾ませて起きると、九十九が一瞬驚いたような表情に変わる。
が、すぐに微笑に戻り……
「感覚は戻っているようですね。ご飯の用意は終わっています、ゆっくり来なさい」
静かな足取りでリビングに戻っていた。
心も少し体をほぐしてから、布団を片付け窓を開ける。
「めっちゃ朝……」
確かに感覚は戻っていた。
しかし、昨日の夕方から次の日の朝まで目覚めることなく眠っていた事実に少しだけ衝撃を受ける。
「(通りで喉も乾いてるし、腹も減ってるわけだ)」
「体と服が綺麗になっているんだからそこで気がつけよ」とセルフツッコミをしつつ、心もリビングへ向かう。すると、そこには知らない顔が二人ほどいた。
「おー、起きたか」
「おぁざっす。ところで……?」
「わーってる、ちゃんと紹介してやっからまぁ座れ。腹減ってんだろ?」
二つの丸机が用意されている。
片方は榊や願たちが座る掘り炬燵式の大人数用。
もう片方は九十九が次々と朝食を運ぶただの丸机。
「まずは白湯から、こっちの冷えた水は下に置いておきます。食べ終えた皿は積んで下に置いてください」
「あざっす、いただきゃす」と手を合わわて大量の飯をかっ食らう心。
その量に思わずと言った感じで、榊と九十九の以外の三人は半笑いであった。
「まぁ、食いながら聞けや」
「ん」
「簡潔に言うとだな……あー、この優しそうな顔したやつが誓だ。この島の神社にお参り行ったことあるだろ? そこの一番偉いやつ。あ、あとこの二人の父親だな」
「よろしくね、心くん」と言われ、食べながらで申し訳ないが頭を下げる。
顔……というか雰囲気が優しく、声も柔らかく優しい。
何と言うか……怒った姿が想像できないような人だ。
「願には会ってるよな?」
と師匠に言われるがままに視線を動かすが、そこにいたのは俺の知る願の姿ではなかった。
「んむぅ!?」
あのオシャレなのか分からない軍服のような服装ではなく、巫女装束だったからだ。しかも、隣には髪型以外そっくりな人が座っていた。
「っ! ……お、お前! 女だったのか!?」
「気付いていなかったのか?」
「い、一体いつから……」
「出会った時から女に決まっているだろう。馬鹿か貴様」
ボディラインが分からないような分厚い生地をした服を着ていたからか、心は願のことを完全に男だと思っていた。
「まぁ、あれだ。本当にすまんかった」
近くに髪の短い女の人がいなかったから、全然知らなかった……。
髪の短い女の人もいるのかぁ……俺はこれから一体どうやって判断すれば――――まぁ、こういうのは委員長に聞けばいっか!
「すまんなぁ、願。見て分かる通り世間知らずなんだ、こいつ」
「全く、問題ありません」
「……よし、それじゃ話を戻すぞ。次は祈だ、願の妹でこいつら双子だ」
「
ちなみ、この沖ノ連島に双子はいない。
当然、心は双子を初めて見たわけだが、今のところ「似てるなぁ」くらいで済んでいる。その理由はあまりにも単純で、願と祈の髪型が違うからである。
「あーっと、まぁ説明はこんなんでいいかぁ?」
「ほほひふ」と頭を下げ、もぐもぐと朝食を平らげていく。
もう少しで大量にあった朝食もなくなりそうなことに、祈は驚きの表情を浮かべながら「たくさん食べるね! ハムスターみたい!」と願に小声で伝えると、願は「ハムスターに失礼だぞ、祈」と返していた。
「えぇ、心にも伝わったことでしょう。そんなに多くのことを教えても、どうせ覚えられませんしね」
「……もぐもぐ、失礼ですよ? 九十九さん」
「本当のことでしょう? 貴方たちは特に」
「おいおい、ワシを巻き込むな。流石に双子くらい知っとるわ」
違う、そこじゃない。
そう思ったのは誓と願だったが、榊に対してなんて言えば良いのか分からずに苦笑してその場を誤魔化した。
「自覚がないなら返事をしないものですよ」
似た者同士という言葉がぴったり当てはまる反応をする二人に、九十九は微笑んだ。「?」と、現に二人は何のことか分かっていないようで、首を傾げている。
「まぁ、色々説明し終わったんだが……心」
手を合わせて「ごちそうさまでした」をしたところで、師匠の言葉で場に一瞬だけ緊張が走った。
「?」
「昨日のことはしっかり憶えてるよな?」
「はい、そりゃもう鮮明に」
あんなの忘れたくても忘れられないだろう。
今まで見えていた〝黒い霧〟の正体が、あんな化け物だったなんて……全く考えていなかった。
「お前が生まれた時から見ていたもの……〝呪い〟に手を出した。本当ならあれはお前が手を出しちゃいけねぇやつなんだ。だからこそ、その首にぶら下げてるもんを渡したんだが……」
願は、あの漆黒のお守りのことを後から聞いた。
あの時も思ったが、やはり答えは護符だった。
〝呪い〟を弾き、〝呪い〟に見つからず、〝呪い〟を見れないようにするための。
「最初こそ意味はあったが、もう完全に意味がなくなっちまった。これ以上、お前を隠しておくことはできねぇ。お前の存在が〝呪い〟に見つかっちまったからなぁ」
「呪いに見つかる……?」
「そうだ。お前が言う〝黒い霧〟ってやつは本来手を出しちゃいけなかったもんだ。それでもお前は、家族のために、島の住民のために、祓いに祓いまくってきた……まぁ、これは仕方ねぇ。別に悪いことはしてねぇしな」
確かに悪いことではない。
そのおかげで運気が上がったり、風邪を引かなかったり、島に住む人たちは知らず知らずの内に恩恵を受けている。
「その度に
「……確かに」
深淵を覗く者は、深淵にも覗かれている。
今までは、深淵という水面に反射している自分の顔を木で突いて、その歪む水面をいつでも逃げられる状態で眺めていた。しかし、その中に入ってしまったのだ。もう逃げることは出来ない。
「そんで問題なのは、一般人のお前が〝呪い〟に見つかったことだ。分かんだろ? これからお前にもうじゃうじゃと呪いが押し寄せる。今まで祓って来た分、いやそれ以上にな」
「まぁ、ですね。確かに今までのお返しをくらっても仕方ない」
榊の口角が僅かに上がる。
「よ~く分かってるじゃねぇか。じゃぁ、どうすればいいか分かるな?」
「もっと強くなる?」
「あ、いやーそれはそうなんだけどよ。まずは呪いを祓うための許可っつうか……資格を取らねぇといけねぇんだ。そうじゃねぇと……ほら、大変なんだよ色々」
「(資格……)」
「まぁ、とにかく――――お前〝陰陽師〟になれ」
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