第4話 呪い

 声を出すことが出来なかった。

 あまりにも自分の知っている世界と乖離したその光景に、ぽっかりと口を開いたまま固まった。


「心!! 大丈夫か!?」


「ね、がい?」


「いいか? まずは息を整えろ、立ち上がれ」


 願に促されるように、いつの間にか浅くなっていた呼吸を意識的に普段通りへ戻していく。すると、より目の前の世界が鮮明になっていく。

 見覚えがある景色だ。

 間違いなく、ここは沖ノ連島であると断言できる。

 しかしこれは……


「……どうなってんだ?」


 皆既月食に照らされた世界。

 破壊された建物、人の気配が一切しない静寂。

 現実世界とはまるで違う……それはまるで、災害に見舞われたような――――


「ここは〝写し世〟……またの名を裏世界。で〝呪い〟の被害にあっている沖ノ連島そのものだ」


「呪い……」


 いつも通っているアスファルトが捲れ上がっている。

 地面に見たことがないクレーターが出来ている。

 家が倒壊していたり、壁が破壊されていたり、とにかく見える景色で綺麗に形を残しているもは少ない。

 その全てから黒い霧……よりもっと濃い黒い煙のようなもの上がっている。


「あれが〝呪い〟だったってのかよ」


 小さい頃から見えていた、正しく呪いのような体質。

 その瞳に映っていたものが本当の〝呪い〟だったとは……


「(通りで誰も見えないし、信じてくれないわけだ)」


「……意外と冷静な様子で良かった。もう動けるか?」


「冷静……結局はいつも通りの景色だからかなぁ。冷静かどうかは分からんが、まぁ動ける。ここから出るにはどうすりゃいい?」


 背中が冷たい感覚はあるし、脂汗がやけに首元を濡らしている。

 怖いのか、怖くないのか。そこはさっぱりだが、この体は子供の頃と違ってよく動く。


「出る方法は二つ。外から出るか、中から出るかだ。だが外からの出る方法は簡単じゃない……」


 果たして、心に伝えて良いものか……。

 ここから先は私たち呪いを祓う者――陰陽師の分野。

 陰陽師ではない者に言ってはいけない、知られてはいけないことが山程ある。


「……おい、ありゃなんだ?」


 ここで心に〝呪い〟に関してあれこれと言ってしまえば……最悪、私だけじゃなく癸家を巻き込んでしま――――


「おい!」


 とん、と小さな衝撃で我に帰ると、心の背中が見えた。


「ど、どうした?」


はなんだって聞いてんだ……」


 二回りほど大きな心の背中から覗くように先を見ると瞳孔が開き、息が詰まった。


「どういうことだ……? なんで向こうから……」


 黒い人影。

 膨れ上がった巨体に、歩くたびに地面に震動を与える重量感。

 その姿は、とてもじゃないが人に見えない……化物だった。


「キモすぎる……見てるだけで吐き気もする。あんなバケモン、現実で見ることなんてあるかよ……」


「〝呪塊じゅかい〟」


「あ?」


「……〝呪い〟の集合体が形を成したものだ」


 陰陽師がいることで、滅多に現実世界に〝呪い〟は現れない。

 それはこの〝写し世〟にて陰陽師が〝呪い〟を祓っているからだ。


「お前のことは少し聞いている。黒い霧……〝呪い〟が見える体質なのだろう?」


「あぁ、あんなキモいの見たことねぇけどな。それで、どうする?」


 相手から目を離すことなく、心は簡潔に告げた。


「は?」


「なんか、あれから逃げれられる気がしねぇし。なんでか、逃げる気もねぇ。それに黒い霧……お前が言う呪いだっけか? てことは俺にも戦うことはできるよなぁ」


 今まで通り。

 親父のスーツに付着した黒い霧を払い落とすように。母さんが買い物から帰って来た時に着いてきていたであろう黒い霧を睨み追い返すように。姉さんや兄ちゃんにまとわりつくように舞う霧を振り払うように。

 いつも通り出来る気がしている、自分に根拠のない自身が湧いてくる。


「(動ける、出来る、やるしかねぇ……。分からんが、なんか負ける気もねぇ)」


 ズンッ、ズンッ、と音が近づいてくる。

 大きさは三メートルほど、人形であり知性があるようには見えない。

 陰陽師で言えばあの呪塊は三級程度のものだが、ただの人間が相手であれば三級とは言え脅威に変わりない。


「(こんな状況は想定外……お父様が収める沖ノ連島で呪いが発生するなんて考えてもなかった。失態だ、今の私は祓装ばっそうをほとんど持っていない)」


 くそっ……手元にあるのは影歩の術が刻まれた呪具のみ。それに祈がいない今、私一人であれを祓えるかどうかも分からん。

 写し世ではお父様にも連絡できない上に、最悪なことに一般人を巻き込んでいる。


 ドンッ!!


 その音で「はっ」と我に帰ると、もう目の前に呪塊の姿あった。

 

「み、ミぃ、みぃいぃつつケぇええ!!」


 叫び声と怒号が混じったような、耳を塞ぎたくなるような不快で耳障りな声が空気を震えさせる。


「(まずいっ!)」


 いくら〝呪い〟が見えていたとしても、現実世界に漏れ出る〝呪い〟の残滓を祓えるとしても、正真正銘のをそのまま受け止めることはできない。

 呪いを祓う陰陽師でさえ、呪いから身を守るために護符を身に付けている。


「し――――」


 未だに自分に背中を見せている心の名前を叫ぼうとした、その時。

 こちらの動揺など意に返さず、その驚きの拍子を突くように、心は動き出した。

 自分の間合いを相手に押し付けるように、当たり前に一歩。

 鋭い呼気が聞こえた時には既に心の拳が呪塊の土手っ腹にめり込み、自分よりも遥かに大きな巨体を吹き飛ばした。


「なっ……――――」


 呪塊の体から黒い霧が散っていく。

 たった一撃。

 術も、何もない、ただの拳が呪いを晴らす。


「よーし、やっぱいけたわ」


 いつも通り、普段通り。

 見える形が変わっただけで、黒い霧を手で払い除けるのと何も変わらない。

 生まれた時から人とは違うものが見えていたし、人とは違うなにかを振り払って生きてきた。

 変な話、鏑木 心にとってこれもまた日常だと言える。

 だからこそ恐怖は感じていたが、混乱はしなかったのだろう。


「い、一撃で……三級の呪塊を祓った」


「ふぅ。あれ? なんか……いつもより疲れたなぁ、やっぱ緊張してのか」


 緊張からの解放によって一気に疲労感が襲ってくる。

 これから師匠と鍛錬があると考えると、少し休みたいと考えた。


「おーい、これ結局どうやって戻んの?」


 少し放心気味の願は呆然と心を見つめる。

 異常なまでの〝呪い〟への耐性。

 とても同い年とは思えないような練られた体。

 〝呪い〟を祓うことの出来る無意識の呪力の扱いに、その呪力を利用した特殊な体術。


「(これが……酒呑童子様の弟子。ただの一般人……? お父様へ報告をしなければいけないが……)」


「おいって! 大丈夫か? 具合悪い?」


「あ、あぁすまない。少し考え事をしていた」


「ったく、しっかりしてくれよ。お前以外に頼りになるやつがいねぇんだから。それで、どうやって戻るんだよこれ。師匠のとこ行かないと……あんま遅刻とかしたくねぇんだけど」


「さっきも行ったが外側から出るのは難しい、逆に内側から出るのは単純だ」


 もうごちゃごちゃと考えることをやめた。

 この際、もう酒呑童子様も巻き込んでしまおう。

 こんな弟子を育ててしまった責任をとって貰うしかない。お父様にもそう説明しよう、どうせ私一人で考えても答えなんてでないのだから。


「いいか? 今、お前が祓ったのは呪塊というものだ。恐らく私たちはあれにここへ引きずり込まれた」


「ふむふむ」


「とは言え、あれにほとんど知性はない。この沖ノ連島〝写し世〟に核となる〝呪い〟が存在するのだろう。それを祓うことで私たちは外へ出ることが出来る」


「なるほど、つまりボスを倒せば出れるってわけだな?」


「そういうわけだ。だが、どこにいるのか……」


 それ以外にも問題はある。

 一番は私自身に呪いと戦うための祓装がないこと。

 次は妹――祈がいないことだ。

 私たちは揃わなければ欠陥品……ここからの戦闘、その全てを心に任せてしまうことになる。


「どこにいるか、ねぇ……。とりあえず方向はなんとなく分かるぞ?」


「なに?」


「薄っすらとしたもの、なんか濃いもの、一つはかなり色濃いな……これじゃね?」


「何が見えている」


「俺の視界には黒い霧が映るって知ってんだろ? この写し世だっけ? に来てから、やたら鮮明に見えるようになった。なんでか気分もそこまで悪くないなぁ、十五年かけてようやく慣れたか?」


 「でも、景色は最悪だ」と付け加えるように言った心は、その色濃い〝呪い〟に誘われるように歩き始めた。


「あ、おい待て」


 しんに並んで沖ノ連島〝写し世〟を歩く。

 向かっている方向は島と島が合わさった時の衝撃で出来た山。

 大災害……陰陽師の中では霊災と呼ばれる天災のせいで島と島が引き寄せられぶつかった。その衝撃で大地が捲れ上がって作らたものだ、特に何が凄いというわけではない。ただ、『島と島が衝突して生まれた山』というのが希少かつ珍しいのだ。

 地元では合併山やら合体山なんて言われている、有名で、これから歴史に残っていくような産物だ。

 確かに、近くまで行くと圧倒される。

 一般的にはその景色の迫力に、心や陰陽師側からすればにだが。


「うわっ、真っ黒。これ有名らしいけど、俺にとっちゃ馬鹿でかい真っ黒な山なんだよなぁ。……なんか酔いそう」


「確かに呪力をそこら中から感じ取れる」


 ……まさか、二十年も呪力が残っているとは思いもしなかった。

 津波によって引き寄せられた島々を食い止めるほどの呪力と、あの時は確かお父様たち『祓家 十二天将』の半分と酒呑童子様が協力して食い止めたと記録にもあったし教えられた。


「あー、ダメ。もう無理。見てらんない」


「心、大丈夫か?」


 近くによって見れば、心の肌色が真っ白になっていた。


「お、おい……?」


 願の目についたのは、心が首からぶら下げけている漆黒のお守りだった。


「(これは?)」


 この場所でも際立った呪力を発しているため、相当な呪力が込められていることは分かる。それに近くで確認してみると、ただ呪力を放っているわけではないことに気がついた。


「(神隠しの術だ……どんな効果か分からない。だが、これは……護符? くそっ、ここに祈がいてくれれば)」


 とにかく、これが心に悪影響を及ぼしているのかどうかも分からない。

 むやみに回収していいものなのかも……――――


「おぉ! ようやっと見つけたぞ!」


 この〝写し世〟で、自分と心以外の人の声。

 即座に振り返り、もはや意識が朦朧としている心を守るように構える。

 すると黒地に梅の花が刺繍された派手な着物を羽織った一人の人物が、下駄を鳴らして近づいて来ていた。


「しゅ、酒呑童子様!?」


「おう、願。迎えに来たぜー」


 どうして? なぜ? そんなことが頭に思い浮かぶが、気にしても仕方がない。

 今はとにかく心をすぐに地上に戻さなければならないのだ。


「おぉ~、心。もういいぞ、寝てろぉ」


「……ぅ?」


 ドサッと気絶した心を願は受け止める。

 想像以上に重いし父親以外の男性にここまで接近されたことがなかった願は、内心ドキドキと心臓が鳴った。


「……戦闘があったようだなぁ」


 気を失った心を観察した榊が少し深刻そうに呟いた。


「はい。私が不甲斐ないばかりに心が前に立ってくれました……」


「まぁそんな顔すんな、いつかはこうなるってのは分かってことだ。誓も心配してる、こっから出るぞー。取り敢えずその馬鹿弟子はワシが預かるぜ」


 よっこらせ、と心を俵のように担いでいく榊の後ろ姿に願が着いていく。

 からん、からん、と下駄の足音が気にならなくなるほど緊張が解けた時、ようやく願が口を開いた。


「酒呑童子様はどうやってここへ来られたのですか?」


「んぁ? それはこれのおかげだ」


 心の首元にある漆黒のお守りを見せる。


「これは九十九に作ってもらったもんでな。こいつに何かあった時用だ……お前も何となく理解できただろうが、こいつは少し特殊でな。まぁ、こいつについては帰ってからお前ら三人に説明してやるよ」


 「九十九のやつ……怒ってるだろうなぁ」と呟いた、少し哀愁漂う背中を見つめながら……担がれている心を見つめながら、願は榊の後に着いて行く。

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