第3話 選択肢
「運が悪かった」
と、言われたりするような小さな不幸だったり、人にはどうしようもできない天災だったり、小さい事から大きい事まであらゆる物事に悪影響を与える存在――――それが〝呪い〟である。
〝呪い〟とは、生物から発せられた怒りや嫉妬などの悪感情が元になる。
だから動物が生きている限り、人間が生きている限り、〝呪い〟は決して消えることはない。常に世界を不安定にさせている。
しかし、その〝呪い〟を祓う者たちがいる。
歴史的に明らかになったのは平安の時代からだが、それよりももっと昔から日常の裏側を守護する者。国内でもその正体を知る者は限られており、基本的に表に知られることはない。
それが、誰もが一度は耳にしたことがある――――陰陽師という存在である。
「黒い霧のようなものが見える、ですか。見えていますね……呪いが」
「そうなんだよ、本人が言うには生まれた時かららしい。しかも、呪いを祓い除けることもできる」
「呪いを……生まれた時から……」
「しかも、普通の一般家庭ときたもんだ。見つけた時は流石に驚いたぜ……まぁ
「それでも、生まれた時から呪いが見えるというのは珍しいことに変わりありません。うーん……先祖返りなどといった特殊なケースでしょうか? 何はともあれ酒呑童子とも呼ばれた貴方が弟子一人にお酒も飲まずに頭を悩ませているなんて、相当なことです」
「今日は鍛錬の日だからだよ……酒が入ると手加減ができねぇんだ」
「ははは! まぁ、これだけ呑んでいればそうでしょうね。しかし、私も気になってきましたよその少年について」
「夕方来るぞ? 会ってくか?」
「そうします。私も本殿に戻り結界の準備をしてからなので、夕方からだと丁度良いかもしれません。あぁ、そうだ。私の娘たちも連れて来てもよろしいですか?」
「構わねぇよ。九十九も今日帰って来るし、少し揉んでもらえ」
「では、失礼します」と立ち上がり、玄関の方へ向かって歩き始めた時。
「あ、待て
「どうしました?」
「心《しん》は陰陽師から見たらかなり怪しく見える」
言われてみればと思い返す。
〝呪い〟は〝呪力〟を持って祓うことが出来る。
聞けば、その鏑木心という少年は黒い霧が見えるだけではなく祓うことも出来るらしい。
つまりそれは、呪力を体に宿している証明である。
本人は無自覚のようだが、黒い霧……つまり〝呪い〟を祓うことが出来ると知っているのは陰陽師だけだ。
それに一般人が知らないのは当然だが、陰陽庁に登録されていない陰陽師は呪いを意識的に祓うことを許可されていない。
「だから娘に言っておけよ? 特に
「……ははは、ですね。万が一があっては榊様に合わせる顔が――――」
「バカ、逆だ逆。お前は見たことないから仕方ねぇが、心は特別だ」
あの『〝鬼神〟酒呑童子』がここまで言うなんて……流石に弟子を持ち上げ過ぎでは? なんて失礼なことが思い浮かぶが、あれ? 待てよ? と鏑木 心の情報をもう一度頭の中で整理した。
生まれた時から〝呪い〟が見える?
呪力を無意識に使いこなし〝呪い〟を祓う?
一般家庭から生まれた、陰陽師と何ら関係のない子供が?
この沖ノ連島は一つの島。
当然、周りには陰陽師とその関係者。特にここ最近は忙しかった。
そのため、
「……こ、ここで何を教えているんですか? 榊様」
「まぁ、なんだ……鍛えてやってる。〝呪い〟に負けないようにな。あ、勘違いすんなよ? ワシは別に呪いの祓い方を教えたことはねぇからな。心技体、そいつを極めれば黒い霧なんて怖くねぇと教えてるだけだからな?」
怪しい……と表情で訴えかけてくる誓から目をそらす。
「…………その鍛錬の様子を見て、九十九様はなんと?」
「いや、別に普通だっ――――あっ、一回だけべらぼうに怒られたことがある……けど、ほら! 酒が入ってたから!」
榊の反応を見て「あ、嘘だ」と一瞬で判断した。
この人のことだ、手加減が出来なくて大怪我でもさせてしまったのだろう。
だが、それだけでは九十九様に激怒されることはない。
「……ッ、 もしかして呪力の使い方を教えたんですか!?」
「い、いやぁ~覚えがいいもんだからよ。教えちった」
「~~~っ!!?」
恐らく、興が乗って教えてしまった……いや、この場合は巻き込んでしまったと言うべきか。
普通の生活をしている人間を陰陽師側へ――――
「怒られて当然ですよ! やりすぎでしょう! あぁ、こうしちゃいられない。願と
『鏑木 心という少年は酒呑童子の弟子である』
そう伝えるためにスマホを取り出すと、画面が光る。
「陰陽庁に登録されていない呪力を扱う者を発見。追跡中」
「どうやら……もう願は心くんを見つけて追跡しているようです。一応、連絡は入れますがどうなることやら」
「お、良かった良かった。それなら大丈夫だな」
「何が大丈夫なんですか……。とにかく私は仕事に行きます。午後には必ず来ますからね? この目で心くんを見ないことには何も判断できませんから」
「あぁ、どうなるかは心次第だけどな」
陰陽師になってくれるかどうかは、な……。
◆
時計の針が午後一時を回る。
心は今、住宅街から少し離れた公園まで足を運んでいた。
「……ふぅ」
体幹と自重トレーニングを終えて、一定の感覚で呼吸をし体力を回復させていく。
ここは沖ノ連島にある運動公園。
様々な遊具があり、様々な自重トレーニング用の器具がある。
ちなみに広さは東京ドームの半分と言われているが、実際に東京ドームを見たことがないからあまり実感はない。
「良い感じに昼飯が消化されてる……調子も良い感じだ」
少し風は冷たいが、雲一つないおかげか太陽の光が暖かい。
視界に黒い霧も一切映ることはない、心はこの場所が気に入っていた。
ただ――――
「(……珍しく人がいるなぁ)」
隠れているのか、それとも見つけてほしいのか。
いや……それは少し違うか。黒い霧に似ている〝何か〟を漂わせているんだから、俺以外に気付くわけない。
「(年齢は近そうだな……同い年くらい? いやでも、ここに住んでて知らない顔なんているか? 旅行者だったり?)」
大人だったら分からない顔なんていくらでもいるが、同い年くらいとなれば話は別だ。兄の代も姉の代も年下の代だって全員が顔見知り、それくらい子供が少ない場所なんだ。
「(不思議なもんだ……あんまり嫌な感じがしないアレもあんだ)」
視界に入るだけでも不快感がある黒い霧。
ただ、あの女性の体から陽炎のように揺れる黒い霧には不快感や嫌悪感はない。
変なことに、何も感じなさ過ぎて一般人と変わらない。
「(……でも、見られてるのもなんかなぁ。あっ、もしかして道に迷ったとか?)」
沖ノ連島は分かりやすく生活区が分割されている。
滅多に来ないが旅行者のために船場にでっかい地図を置いてあるが、その地図を見ればだいたいのことが丸分かりだ。
それでも迷ってしまうということは、住宅区に来たのは良いが帰り方が分からなくなってしまったということだろう。
「ふっ、仕方ねぇな。都会っ子は話すの苦手って兄ちゃんも言ってたし、恥ずかしがって聞けないんだろ」
そうと決まれば話は早い。どうせまだ時間はあるし、島の案内でもしよう。
心は走って女性のいる方へ向かった。
近づけば近づくほど見たことがない人物だというのは分かる。
服装もなんかオシャレだ、黒を基調とした軍服を改造したような見た目。ファッションなんて全く知らない側からしたら最先端というのは理解不可能であると実感する。
「おーい、道にでも迷ったのか?」
「…………?」
すると、後ろを振り返る女性。
「いや、お前さんに言ってるんだけど?」
「……ッ!? なぜ分かった!」
「いや、なぜって言われても……」
あなたの体から変なの出てますよ、なんて言えるわけないし。
「いや待てよ……そうかなるほど、そう言えば見えているのか」
お父様から返信があった。確か、呪力が見える特殊体質……。
一般的には「霊感が強い」「直感が優れている」なんて言われる微弱ながら呪力を感じる体質ではない。完全に呪力が見えている我々と同じ側の人間……まさか一般人にそんな特殊な人間がいるなんて考えたこともなかった。
〝呪い〟を祓っている姿もこの目で見たし、もはや一般人と思って会話するのはやめたほうがいいのかもしれない。
「どうした、ブツブツ呟いて。緊張してんのか?」
「いやなに、流石は榊様の弟子なだけあるなと」
「榊様? 榊様ぁ? 様付けで呼ばれるような人間かよ、あれ。てか師匠のこと知ってんだ」
「当然だ。貴様が思っている以上に凄い方なんだぞ」
「き、貴様って……何か変な言い方するやつだなぁ~。都会のやつらって全員こんな感じなのか?」
心の中で都会に住んでいる人たちのイメージがどんどん崩れていく。今まではスーツで街を歩く人たちが多いイメージだったが、言葉遣いはこんな感じなのかと。
もし本島で兄ちゃんと再会した時「お久しぶりです、お父様」とかになってたら、俺は一体どんな顔をすればいいんだろうか……。
「……本当に何も知らんようだな。まぁいい、それで? 貴様の名はなんというんだ?」
「あぁ、俺は鏑……」
「私は
「ん~~うぉい! 会話下手くそか!? まずは俺の番だろ、今の会話の流れ的に!」
「まずは自分から名乗るのが礼儀というものだろう?」
「俺のことコソコソ見てたやつに礼儀とか言われたくないわ! ……ったく、俺は鏑木 心だ。年齢は同じ」
「そうか」
「そうだ。それで、なんで俺のことコソコソと見てたんだ? そんな見られるようなことしたつもりねぇし、俺と会うのも今日が初めてだよな?」
「榊様の弟子が何をしているのか気になってな。同い年のわりに鍛えれているその肉体に興味があった」
願がまず気になったのは、その肉体。
身長は一七〇センチを超えている平均よりも少し高いくらいだが、肉付きに張りというか……圧がある。対面すると一歩引きたくなるような、生物的にどちらか上か教えられているような、そんな強靭さを感じるのだ。
「これは……師匠に教えられてたら勝手に鍛えられただけだぞ?」
殴り、殴られ、蹴り、蹴られ。
終いには、竹とか大木とかクッションが巻いてある岩とかで鍛錬させられている。
「やはり榊様の教えか……」
うんうん、と頷いている願は本当に師匠を尊敬しているように見えた。
だが心にとっては感謝こそすれ「……尊敬?」という感じである。
「なぁ、その榊様ってのやめない? なんか肌がむず痒いんだけど」
「それはできん。貴様が知らんだけで、あの方は我々にとって伝説のようなお方なのだ」
「伝説ねぇ……あの呑んだくれが?」
心にとっての榊のイメージは、常に酒を摂取していないと動くことすらしないダメ人間。九十九が世話をしていなかったら、今頃酒瓶でサクラダファミリアを完成させていただろう。
対して、願のイメージは違う。
この世を安定させた伝説の陰陽師『安倍晴明』の式神。彼らがいなかったら、恐らくこの世界は〝呪い〟によって崩壊していたことだろう。
つまり、アル中と救世主。
もう正反対なのかどうかすら怪しいが、それほど乖離した印象があるのだ。
ピピピッ! ピピピッ!
「あ、もう二時半だ。結構話してたなぁー、帰って用意しねぇと」
「どこへ行く?」
「一旦家に帰って、そっから師匠のところ。今日は泊まり込みだからなぁ……あっそうそう、相談したいこともあったんだった」
「それなら私も行こう。榊様から呼ばれている」
「ほぇ、あっ! もしかして弟子入り?」
「そうであれば嬉しいが、違う。私は九十九様にもご挨拶に行かねばならんのだ」
「なんだ九十九さんとも知り合いなんだ……九十九様?」
広場から歩いて二十分、シャワー浴びて着替えて十分、泊まりの準備をして十分、師匠のところまで徒歩三十分超。
無事に十六時までに到着できるプランを遂行するために運動公園から家に向かう途中、願とは適当な会話をしながら時間を過ごす。
さっき言おうとしていた好きな食べ物。
家族構成も聞いたが妹のことを溺愛してるっぽい。さっきから、会話の全ての妹の話が組み込まれている。相当なシスコンだ。
ちなみに沖ノ連島には旅行で来たわけじゃないらしい、親父さんの仕事に着いてきただけなんだと。なんでも神社の偉い人らしい。
「(あっ、佐久間のじっちゃんだ。多分、じっちゃんは願の親父さんのことを知ってるなぁ。神社で働いてたの見たことあるし)」
盆栽を整えている姿を遠目で眺めていると、空にもやもやっと黒い霧が流れていく。まるで飛行機雲のように空に線を描いて流れているが、実際に視界に入ると不快なので消し飛ばしておく。
あれくらい薄い霧だと見つめているだけで消せるから楽だ。
建物の隙間とかにある黒い霧は触れないと消すことはできない。
「……今、何かしたか?」
「いや?」
あれ? というか、この時間にあんな濃い黒い霧……見たことあったか?
うーん……そう言えば、子供の時はあんな感じだったような――――
「心ッ!!」
「ん? どうした、そんな大きな声――――」
ビクビクッと体の内側が一気に冷たくなっていくような感覚が襲う。
直感が反応した危機。
即座に体を動かそうとするも、それは叶わなかった。
それは、見たこともない黒だった。
ただ本能で理解する、これは黒い霧と同じだと。
子供の頃、外に出ることすら怖かった。その原因となった最初の黒に、反射に近い反応をするも体が引きずり込まれる。
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