第2話 レールの上

 結局、師匠の様子は普段通りだったと獣道を歩き海を見ながら考える。

 それでも、やっぱり今回は違うと思う。


「海も、山も、森からも……もやもやって出てんだよなぁ」


 いつもとは違う景色。

 そもそも冬休み前ってこんなに見えていたか? そんなことを考えながら、また塊になっている黒い霧を手で払い除ける。

 ちなみに普通に不快だ、小蝿の集合体を手で払い除けているような感覚に近い。


「こんなの初めてだぞ……気味わりぃ。どうなってんだ?」


 ずっと見えていたもの。今更、違和感なんてない。

 それでも最近の景色は異常だ。違和感以上、危機感すら感じる。


「腹減った……早く帰ろ」


 何も荷物を持たないで来たから時間を見れるようなものはない。

 いつもスマホを持てと怒られているが……今日もきっと怒られるんだろう。

 少し身体をほぐしてから、また走り出す――――


「任務でお父様に着いて来た矢先、何者だ……あれは」


 どんどん加速していく心の姿を山のから眺める人物が呟いた。

 豪快に呪力を祓い除けるその姿、もしも人の形をしていなかったら鯉口を切って背後から斬り掛かっていたことだろう。


「それに、あれが来た道の先は酒呑童子様のお社のはず……。あとでお父様に報告することが増えたな」


 その者は影に沈み、音もなく姿を消した。





 師匠の場所から直帰すること十五分、結構早いペースで走っていたものの体力が限界を迎えて途中からはペースを落としていたことに反省する。


「ただいまー」


 玄関からリビングへ向かうと、タイミング悪く朝食を食べ終えたばかりの母と姉が朝のニュースを眺めていた。


「あら、おかえりなさい。今日は随分と走って来たわねー」


「まずシャワー浴びて来たら? 汗流してから来な」


「うん、そうする」


 既に親父は仕事に行った。今日は特別早かったからランニングに行く前に挨拶を済ませている。

 少し冷たいと感じるくらいに温度を下げたシャワーで体を洗い流し、さっさと服を来てリビングに再び戻るとテーブルにはずらりと朝食が並ぶ。


「ご飯はあと一杯くらいあるから、もう全部食べちゃって」


「わかった、ありがと」


 席について黙々と朝食を食べながら朝のニュースを三人で見る。

 正直、母さんと姉さんが見ているから見ているに過ぎないものだ。

 政治の話、人気商品の紹介、最近話題になっていること、このどれも二人には必要な知識なんだろう。


「そうだ、心」


「ん?」


「あんた今日もスマホ持って行かなかったでしょ。外に出る時くらいはしっかり持っておきなさいって言ってるでしょ?」


「走る時に邪魔なんだもん」


「私が何か欲しい時、命令できないでしょ」


「姉さん、本島に行ったら俺いないんだからさ、流石にその性格直したほういいって……」


 この沖ノ連島で唯一の高校に通う姉も、とうとう卒業の時期だ。

 これから本島で一人暮らしをするというのに……このままで先が思いやられる、と母さんも親父も思っているはずだ。


「なに? あんた知らないの?」


「なにが」


「あんたの代でここの高校なくなんのよ? だから本島の高校受験しなきゃいけないってわけ」


「え?」


「学校からお便り来てたでしょ? お母さん、心から渡されたわよ」


「え?」


「あんた、志望校どこにすんの?」


「…………志望校?」


 二人は特に心配していない様子だが、内心では「え?」で脳内が埋め尽くされている心は箸を止めた。

 確かに授業態度はあまり良くない自覚はある。

 多分、あんまり人の話も聞いていない。

 はっきり言って、幼馴染であり唯一のクラスメイトである隣の席の彼女に頼り切っているのが学校での生活だ。きっと母さんが受け取った……もとい鞄から取り出して見たプリントは彼女が鞄に入れてくれたものだろう。

 本来なら今頃は学校の机の中に眠ってるはずだ。


「ちょ、ちょっと部屋戻る」


 箸を置いて二階の自室に戻り、充電器に刺さったままのスマホの電源をつける。

 姉さんが入れてくれた連絡アプリの一番上〝委員長〟のニックネームをタップし、おはようと連絡を入れた。


「朝飯食ったらまた連絡するね、確認したいことがある……と」


 返信を待つことなく一階へ戻り、半分ほど残っている朝食をまた食べ始めると二人が呆れた表情でこちらを見た。


「またココちゃんに甘えたんでしょ……。高校も同じとは限らないんだし、あんた少しは成長しなさいよ?」


「あんたも人のこと言えないじゃないの」


「お世話してもらうのと、命令して言う事を聞かせるのは違うでしょ」


「甘えてるって部分は一緒でしょ。聞こえ方が違うだけよ」


「……むっ」


 でも、俺はちゃんと委員長にお返ししてるし。

 そう考えながら、たった一人の同級生に感謝しつつ朝食を食べ終える。

 一人分? と思うような数の皿を重ね、ニュースをラジオ代わりに食器を丁寧に洗い終えて部屋へ戻る。


「あ、返信来てる」


 何やら動く文字で「OK」と返信が来ていたので、そのまま心は委員長に連絡を始めた。


シン「食べ終わった。聞きたかったのは、学校なくなるってやつなんだけど」


委員長「重要な書類だったからシンちゃんの鞄に入れておいたよ? 見てない?」


シン「いや、母さんは知ってた。俺は知らなかった」


委員長「え?」


シン「俺は冬休みに入ってから鞄を開けてない気がするから、多分勝手に取ってみたんだと思う。鞄に入れてくれてありがとう」


委員長「色々と気になるところあるけど……まぁ、いいや。それで? 聞きたかったのは進路先について?」


シン「そゆこと。話が早くて助かる」


委員長「冬休みが終わったら先生に進学希望先を提出することになってるはずだよ? 自分で調べてないなら三者面談で決めることになるんじゃないかなぁ」


シン「なるほど。ちなみに委員長はどこに行くの?」


委員長「お父さんの復興作業も終わるし私は東京に戻る予定だよ~」


シン「そっか、親父さんの都合でこっちに越して来たんだったな。東京かぁ、何でも揃ってる場所だし良いね」


委員長「シンちゃんも、今回ばっかりはちゃんと決めないとダメだよ?」


シン「うん。決めたらまた連絡する」


 スマホの電源を落とし、そのままベットに横たわる。


「……師匠に相談しなきゃな」


 壁にかけてある時計を見ると現在時刻は朝の八時を過ぎたころだった。まだ師匠のところへ行くのは早すぎる時間だ。


「やりたいことなんて、あんま考えたことねぇな……」


 言っても信じてもらえない視界に映る黒い霧が、己の進む道すらも閉ざし始めているのは気の所為ではないだろう。

 常に変なものが見えるというのは、他の者と違った成長を促す。実際、普通の学校生活を送っていたら友達なんて出来なかったかもしれない。

 そういう性格であると自覚はある。関わってくれている人たちが特別人が良いだけで、島から出たらどうなるかなんて……怖くて想像したことはない。


「……寝よ。良くないことを考え始めてる」


 心と肉体を鍛え始めてから強くなった実感はあるものの、結局この力が役に立つのかと言われれば現時点で役に立つことはない。

 強いて言えば、身体能力が高いことくらいだ。


「(島から出るってことは……師匠と会えなくってことかぁ―――)」


 早朝のランニングで失ったものを回復させるように、徐々に寝息を建て始めた。

 次に目を覚ましたのは「お昼ご飯」と扉を開けて入ってくる姉の声だった。





 心が朝早くから家に来た榊は、いつもなら二度寝三度寝とだらけた生活をしていたところ、目が冴えきってしまっていた。

 悩みの種はただ一つ、自身の弟子である鏑木 心のことについてである。


「…………」


 平安の世から千年以上。

 悪行の限りを尽くし、大地をぶっ壊すまで暴れ回った黒歴史。

 〝鬼神〟と呼ばれるまでに至った悪鬼が、たった一人の弟子のことで頭が一杯になるなんて誰が思ったことだろうか。


「あぁ……!! こんな時にアイツがいてくれればなぁ」


 酒瓶の蓋をキュポン! と開け喇叭飲みする。

 ようやく一口目の酒を体に入れた時、ふと思い出したことがあった。


「ん、そういや今日って……陰陽庁から――――」


 ピンポーンっとチャイムが鳴ると、返事も待たずガラガラと音を立てて人が入ってきた。


「あれ? 起きているなんて珍しいですね」


「おぉー、丁度良いところに来たな。こりゃぁ」


「……? なにがです?」


 首を傾げる若々しく見える男性を目に、にやりと笑う榊であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る