第27話 陰陽師になるために 二
体の中で血が激しく流れている。
心臓の音、筋肉の動き、体内で暴れ回る血液は指の先から足の爪先まで鼓動のような熱を感じさせる。
そんな、あまり感じたことのない違和感で目を覚ました。
「うっ……へ?」
体に力を入れても、全く動かない。
自分の体なのに反応すらないことに困惑していると、タイミング良く九十九が部屋に入ってきた。
「起きたのね、心。体は大丈夫?」
「いや、大丈夫じゃないっす。なんか、全くっ、動かせないっす!」
「力んではダメよ、今は落ち着いて横になりなさい。まだ鬼の血が馴染んでいないの、無理に動こうとしたら死ぬわよ?」
「死っ!?」
心を優しく宥めた後、九十九は心の枕元に座り指先を合わせる優しい合掌をした。
すると心の周りに灰色の呪力が舞い、その呪力が円を書くように動き始めると結界を作り出す。
「これは……」
「簡単に言えば治癒の術みたいなものですよ」
「回復だ、回復の術! スゲェー、魔法みてぇ……」
「そんな都合の良いものではありません。心の体は少し特殊ですから、他の人間と同じようにはいきませんから」
実際、心が普通に話せているのは九十九の術のおかげであった。
普通の人間の体を、鬼の血が駆け回っているということは、鬼の血に耐えられない組織が次々と破壊されてしまっている。
榊から与えられた〝鬼の血〟を完全に目覚めさせてしまった心の体内は、物凄く危険な状態――――もし、心が呪魂の力を抑制できていなければ、体の穴という穴から血を吹き出して死に至ることだろう。
九十九はその死を防ぐために、心の体内で破壊された組織を特別な呪術で補い続けているというわけだ。
「呪術って凄いんすねー、マジで何でも出来そう」
「そうですね……可能性は無限にあるでしょう。そう願った〝呪い〟があり、その願いの術式を生み出すことが出来れば、理論上不可能はありません」
「へぇ、呪いの願いか……何となく分かる気がする」
〝写し世〟では呪いのおかげで助けられた時が何度かあった。
脳みそに直接答えを教えてくれているような、分かるはずもないことなのに確信を与えられているような……そんな不思議な感覚。
あの時は直感が冴えていると思ってたけど、そうではなかったかもしれない。
「……ふふ、感受性が敏感だからかもしれないわね。陰陽師でも珍しい才能よ? 大事にしなさい」
「才能――俺にも才能ってあったんだ」
「沢山あるじゃない、どうしたの?」
「いや、俺って勉強できないし……ちょっとバカじゃん? 料理だって無理、誰かいないと生きていけないし、色んなもの足りないから才能とかってないのかと思ってた」
唯一誇れることと言ったら、自分以外誰にも見えない〝呪い〟に対して泣かなくなったことくらいだ。
あ、あと体が丈夫。風邪とか引かない。
「人間なんてそんなものよ、それで完成しているのだからそれが良いの。自分が分かっていないだけで、探求することを忘れなければ自分に最適なことに出会える運命なのよ――――それが、千年もの長い間生きて来て得た……私の考えよ」
「いつの日にか……確かに。探してればそうっすよね。てか。千年も生きてりゃ俺もそう言う考えになんのかなぁ~……千年……――――千年?」
「そうよ? 丁度良いから、心に説明してあげるわ。言ってなかったものね」
「千年……千年……?」
その時間とその時間に対する九十九の容姿に全く合点がいっていない心は困惑したままだったが、九十九は話を続けた。
「榊は酒呑童子だと、そう聞いたわよね?」
「いや? しゅてん……ん?」
「酒呑童子、鬼の中でも〝鬼神〟とまで呼ばれた伝説の怪物よ。私も似たような存在――――天に狐と書いて
「それは……つまり? オバケみたいな……?」
「まぁ、似ているわね」
それにしては人間の範囲に収まっているというか、あまりイメージしている妖怪とはかけ離れている雰囲気である。
見た目で言えば、どこからどう見ても人間。
榊は二メートル以上とかなり大きいが、九十九は心よりも身長が小さく一七〇センチもない。
「見た目は安倍晴明と契約した時に変化したわ。より契約者に近くなっていく……だから私も榊も人間に近い形を保っているということよ。今まで黙っていて悪かったわね、心」
「いや、それは……別に良いんだけど」
途方もない時間を生きた存在が、目の前にいるということが信じられない。
十年以上も一緒にいたのに全く気が付かなかったという、自分の鈍感さに落胆する。もしかしたら、気が付いていないだけで他にも……
「ここで全ては話さないわ、どうせ陰陽寮で嫌になるほど話しを聞くことになると思うから。ただ、心には憶えていて欲しい……今の私たちも本物で、過去の私たちも本物よ」
「えーっと?」
「心も知っているとは思うけど、〝呪い〟から生まれた存在というのは悪。例外なく被害を与える存在……私も、榊も、昔は派手に暴れわ回っていたわ。それでも今の私たちになれた……だから――――」
「嫌わないでってこと?」
「……そう、してくれると嬉しいわ」
「嫌わないって、九十九さん。俺は師匠と九十九さんに助けられた側だから、どんなことがあっても味方になるよ」
今よりももっと小さかった俺を助けてくれた恩。
沢山美味しいご飯を作ってくれた恩。
母さんを治療してくれた恩。
他にも数え切れないほどの恩がある。
「どんなことがあってもね」
「そうだと、私たちも嬉しいわ」
あまり表情が変わらない九十九の、珍しい笑み。
その、あまりにも人間らしい笑みを久しぶりに見た気がした。
「あっ、そう言えばさ」
「ん?」
「俺って何で鬼になったの? そこんとこ、ちゃんと師匠から聞いてねぇ」
「あぁ、今までだって何回も重症を負っていたと思うけれど、その度に私が治療していたわ。でも私が本島に行っている時に榊が加減を見誤ったのよ。聞いた話では……酔っていたらしいわね、指一本で心の頭の形が変わって焦ったと言っていたわ」
「え、絶対それ死んだでしょ。頭の形変わるって、もう頭蓋骨逝ってんじゃん」
これまで何回も怪我をした、その度に回復して体が強くなっていった。
痛みに対して「仕方ない」で済ませられるほど慣れた。
それほどまでに痛みを記憶し、体に受けさせた。
ただ、頭の形が変わるほどの衝撃を受けたら回復も何もないだろう。
そう、心は冗談のつもりで言ったが――――
「あら? 聞いてないんですか、心は既に何回も死線を超えていますよ? その度に私が治療していたんですから。気が付いたらこの布団の上だったことなど、数え切れないほどあるでしょう?」
「え?」
「初めての時は大変でしたね……目を離すとすぐに死んでしまってましたから。その度に私が呼ばれて――――榊も一応は術を使えるんですが、下手なんですよ。そもそも体に傷が出来る事が稀な彼に、治療など出来るわけがありません……。まぁ、だからこうして心が床に伏せているわけですが」
「え? 俺って何回も死んでんの……?」
「さて、話が長くなってしまいましたね」
「え、ちょっ――――」
「お昼の用意をしてきます。あと一時間もすれば体が動くようになるでしょう、お昼を食べて沢山稽古をつけてもらいなさい」
何やら解放感が溢れる、すっきりとした雰囲気で九十九は部屋から出て行った。
心が〝呪い〟との戦いに巻き込まれたことで、溜め込んでいたものがあったのだろう。陰陽師の話題が出てから、いつも以上に無表情だった。
「……言いたいこと言って終わりって――――」
九十九の説明が本当に必要だったのか、正しかったのか……。
結局、曖昧なもので終わってしまった気がする。
鬼だ天狐だと、今更言われてもどうしようもない。
ただ、どうして師匠と相性が良いのかは分かった。
「師匠とそっくりじゃねぇか」
足りない所を補っている似た者同士だから、仲が良いのだ。
◆
「…………寝てた」
九十九さんの話しを聞いた後、天井を呆然と眺めていたらそのまま寝てたらしい。今回はやけに目覚めが良く、パチッと瞼が開いた。
「すぅー……飯の良い匂い――――昼か」
襖の奥から漂う香りから時間を推測した後、もう一つ確認するべきことがある。
それは自分の体が動くかどうか……
「足先、背中、指先、首……おぉ~、動いた。よっしゃ」
慎重に体の細部を動かし、動くことが確認できた心の行動は早い。
すぐに布団から抜け出し二人がいるであろう居間へ向かう途中……
「あら、随分と馴染むのが早かったわね? 心」
九十九に出会った。
「あ、九十九さん。水ちょーだい、水」
「はいはい、料理も持ってくるから座って待ってなさい」
そのまま九十九の後を着いていき、居間へ入ると榊の姿がないことに気が付いた心は、「寝てんのか?」と呟く。
しかし、いつものように呟いた言葉は間違いだと直感が否定した。
「……道場にいんのか?」
気配がした、そんな曖昧な表現ではない。
そこに強大な何かがいることが、はっきりと分かる。
もはや、見えたと表現しても良いほどはっきりと分かったのだ。
心がその感覚の輪郭に触れた時、道場にいる大きな存在が動き出す。
ゆっくりと動き、玄関まで来ると――――
「おう、心。無事に起きたか……って、どーしたお前? そんな驚いた顔して」
「え、いや……師匠?」
「そうだぞー」
相変わらずの緩さは感じる。
そのまま酒瓶が並べられた棚まで歩き、適当な酒瓶を取りいつもの定位置に座る。
「え? 何か……いつもと感覚が違うっていうか、なんて言えばいいっすか? これ。いつも感じてなかったことを急に感じ始めたっていうか、見え始めたっていうか」
一度、この感覚に触れた心は次々と様々なものの気配を感じ取る。
台所から向かってくる九十九の姿、遠くの空を飛んでいる鳥の群れ……
もっと集中すれば、より周りの音も拾い始めた。
「ん? あー、ちょっと敏感になってんだな。まぁ、少しすれば馴染んでくる。気にすんな」
「これも鬼の力ってやつなんですか?」
「そういうことだ。ただすぐに慣れる、今は少しだけいつもと違うだけだから心配すんな。あ、でも加減は気をつけろ? この家は問題ねぇが、外にあるもんは違うからな。お前に使わせてたあの岩くらいなら、ぶつかっただけでぶっ壊れるぞ」
「えぇぇ!? んじゃ、俺帰れないじゃないっすか!?」
「帰れるっての、慣れれば。今はお前に混ざった鬼の血が馴染んだばっかりだから加減ができねぇだけの話だ」
「慣れれば問題ないってことっすね? なら良いか」
「飯食ったらまた〝写し世〟に行くからなぁ、今度は
「うっす」
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