第26話 陰陽師になるために 一
昨晩は二十三時という遅い時間でお開きになった。
「なんか……スッキリしたよ。ありがとう、心くん」なんて真剣な表情で言う誓さんが、少しだけ可哀想に思えたのは憶えている。
「おはよーございます」
現在、朝の六時前。
普段通りの時間に起きれたことで体の回復が分かる。
「おはよう、心」
「師匠はまだ寝て……って当たり前か、最近はちゃんと起きてたもんなぁ」
そもそも朝に目を覚ましているということが珍しいのが師匠だ。
一日の朝に起きていたことが奇跡だったのかもしれないと、今になって思う心だった。
「道場の方に行ってますね」
九十九は心の背中を静かに見送った。
もう楽しい時間は終わりかもしれない、もう心地良い時間は終わりかもしれない、普通の生活が終わるということはそういうことだ。
「……えぇ、頑張って来なさい」
幼い時から見てきた、自分の子供のようにすら思っている。
生まれつき〝呪い〟が見えるという特異体質、鬼の血の適合者、自分のために誰かのために真っ直ぐ進んでいける子だ。
私は、その子の笑顔が曇ることがないように願い……祈る。
早朝、道場の中はひんやりと冷たい。
白い吐息、床に着いている足は皮が張り付いてしまうような冷たさ。
「あれ? 師匠?」
扉を開けて入ると、珍しく酒を隣に置いていない師匠の姿があった。
「おう、おはよう」
「おはようございます。朝早いなんて珍しい~っすねー」
軽く体の調子を確認しながら、やけに静かな師匠を見る。
すると、師匠が一枚の紙を取り出した。
「心、着いて来い」
榊が一枚の紙に呪力を流すと〝写し世〟へ続く扉、〈表開扉〉が現れる。
「急にどうしたんすか?」
「今日から本格的な鍛錬を始めるぞ、お前の休みが終わるまで全部教えてやる」
そう言うと、師匠は〝写し世〟へと入っていく。
後を追って着いていくと、運動公園に出た。
「お前、休みいつまでだっけ?」
「え、あぁ……確か、七日」
「七日……ってことは残りの五日間、お前が家に帰ることも考えると時間はそう多くはねぇ。でもまぁ、土台は出来てっから問題ねえか」
心は見つめる――――
榊の心臓から解き放たれたように、呪力が溢れ出す瞬間を。
全身に呪力が流れていき、榊の姿が変わっていく。
「(白い髪に……あの真っ赤な角は、師匠の呪力だったのか……)」
「ちゃんと見てたか? お前もやってみろ」
「やってみろって……」
唐突に始まった本格的な雰囲気に、まだ心は中々動けない。
その姿を見て榊は、
「おい、意識から変えろや。お前がそうやってる間に戦いは始まんだぞ? いちいち考えんな。〝呪い〟ってやつが正々堂々と真正面から襲いかかってくると思うか? そんなチンタラしてたら、先に大事なもんを
発破をかける、というのは少し違う。
それでも心の意識には突き刺さるような言葉だった。
「陰陽師ってのは、そういうもんってことっすか?」
「ったりめぇだろ、意識の半分は常に敵に後ろを取られてるような気持ちでいろ。特にお前には味方が少ねえんだ、絶対的な仲間が出来るまでは一人で全員ぶちのめす気概でいねぇとナメられっぞ?」
「マジかよ……陰陽師ってそんな感じなのか」
「正確には、人間がだけどな。この離島と違って、人がいる場所にいれば色々なことが起こるんだよ」
「なるほど……」
取り敢えず、いつでも戦える準備をしとけってことだろ?
簡単じゃないけど、別に難しいってわけじゃない。
それに、理由もなく師匠がこんなことを言うわけないしな。
「ほれ、やってみろ。時間がねぇんだ」
「分かりました」
要するに、呪力を操る感覚に近いわけだろ?ってことは呪魂の力を解放するのに似てるわけだ。
あの時は呪いを敵だと思わず、空気として扱う感覚だった……今はその逆だ。
イメージしろ……〝呪い〟を祓う、〝呪い〟と戦うイメージだ。
思い出せ、弓削と戦ったあの気持ちを――――
体が熱くなっていく。外側にあった
その感覚は肉体の鎖が外されていくような、今まで縛っていたものがなくなったかのような感覚を心に与えた。
「……出来た、か?」
「まだだ。満遍なく呪力を流せ、血を巡らせろ」
「血を、巡らせる」
師匠と同じように、心臓から広がるイメージ……この熱を全身に広げる。
呪力の導線が心の肉体に浮かび上がる。それと同時に背中に太陽のような光が生まれ呪魂が解放された。
「来たか?」
心の呪魂の影響で〝写し世〟の真夜中のような暗さが少し晴れる。
雰囲気は日が昇り始めた早朝の景色といったところか、どこか吸い込む空気も新鮮なような気がした。
「まぁ、遅ぇが……最初はこんなもんだろ。それが呪魂を使う感覚でもあり、鬼の血を解放する感覚でもある。すぐに出来るようになれよ」
「鬼の血……ってことは、俺にも角があるんですか!?」
「あるぞぉ、半分白くて半分赤い綺麗な角がな。それに背中には眩しい光が浮いてやがる」
「え、光?? どこだ? 俺じゃ……見え、ない!」
「だははは! 見えるわけねえだろ」
これ以上は首が逝ってしまうような角度まで捻じっても見えない光を諦めると、次は本当に角があるのかと確認しだす心。
だが、その鬼の角も触ることはできないため困惑する。
「角もねぇ!?」
「そりゃ呪力の形みてぇなもんだ、ホントに生えたら邪魔だろう。まっ、昔のワシはそりゃもう真っ赤な角が生えてたけどな」
「え、マジ?」
「大マジよ。言ったろ? ワシは鬼だったんだ。晴明と式神として契約してから、人間みてぇな格好になっちまったが」
「えぇ……マジかよぉ、師匠マジで鬼だったのかよ。あっ! ていうか俺、九十九さんから何も説明されてねぇ!?」
「お前、まだ信じてなかったのか!? まぁ、ワシらの話は
「わかったっす。それで? 続きは何を教えてもらえるんすか?」
「いや、まだ技は早ぇ。その状態の感覚を掴め、無意識でも出来ると思えるくらいには体に馴染ませろ」
「無意識でも……まぁ、何回か使ってるしすぐに慣れるか。というか、これ…… 現実世界でもやろうと思えば出来るってことですよね?」
普通の陰陽師も現実世界で呪術を使っていた。
〝写し世〟へ来るための術がまさにそれだ……ということは、現実世界でも呪魂と鬼の力を解放した状態になれるということだ。
特に〝呪い〟が見える俺は、無意識に発動できるような状態になると色々と問題を起こしそうで怖い。
「当然だぁ、誓も願も術を使ってただろ? でも
「なるほどー、なら安心か。ならこの状態は? 俺には見えないけど……角も光もって意味が分かんないっすよ」
「そうなってるのは、鬼の脈――〝
「へぇ、鬼の脈……」
あんまり実感が沸かない言葉ではある。
ただでさえ陰陽師のこともふわふわしてるのに、今度は鬼か……。
しかし変な感じだ。日本昔話でしか聞いたことがないような存在になってしまったのに、実感もないのに、普通に受け入れてしまっている自分がいるのは。
「そういや、お前は勝手に鬼にされたってのに普通だよな? ワシが言うのもなんだけどよ……」
「それは俺も今思ってましたよ。まぁ、この力に助けられたからかもしれないっすねー。鬼の力ってやつがなかったら、普通にボコボコにされてましたし」
純粋な身体能力の差、その大きさは埋めることは難しい。
それこそ一瞬でその差を埋めるのは不可能だ。
もしも心に鬼の力がなければ、弓削との最後の戦いについていけなかったことだろう。呪魂を使いこなせていない状況では徐々に不利になっていたのは間違いない。
「そうか……」
「まぁ、結果良ければ全て良しってやつですね。俺がどうなろうと、俺が守りたいものは全部守れたわけですし――――ッ」
ブチッっと千切れたような音が頭に響く。
そのまま……力なく体が倒れていくと、師匠が支えてくれた。
「目ぇ閉じとけ、楽にしろ」
「これ、なんすか……なんか……眠く――――」
「限界ってやつだな、眠っとけ」
「う……ん」
そのまま小さく寝息を立て始めた心を見つめる。
「大体三十分くらいかぁ? 意識的に呪魂を発動したにしては上出来だな」
弓削のとの戦いではもっと長く力を発動していただろう。
ただ意識的に使うとなると話は別だ。意識的な慣れではなく、肉体に馴染ませる必要がある。
全力と、全力ではない時は違うものだ。
人間というのは枷をしていないと、自らを壊してしまう生き物だから。
「ひとまず帰るかぁ……あぁー……あぁ、眠ぃ」
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