第25話 これからのこと 二

 一月一日 午後五時三分。


「それじゃ、行ってきまーす」


「あー待ちなさい、お師匠さんとその奥さんにこれを持って行きなさい」


 母さんから渡されたのは大量の食材と酒。


「お世話になるのは良いけど、ちゃんと帰って来なさい。あと体を鍛えることだけじゃなくて、勉強も頑張ること! 京都の学校なんて凄い難しいんだからね?」


「分かってるって」


「それじゃ、気を付けてね? あとお酒は気を付けてね、割らないように」


「あいあい……って重っ!? んじゃ、また明後日の朝に帰って来るわー」


 上半身よりも大きな鞄を背負って家を出る。

 白い息を吐き出すように一度深呼吸すると、心はテンポ良く走り出した。

 住宅街を抜け、商店街に入る。

 誰もいないからか足音がやけに響く、その一定の音を楽しんでいると、ふとスマホが鳴った。


「ん? あ、委員長からだ」


 画面に映る、通話を試みた履歴とそれを間違いだと伝えるメッセージ。

 アプリを開いて文章を読むと、


「明けましておめでとう! 心に伝えたいことがあったんだけど、電話できなくなったからメッセージで伝えるね。私は家族の事情で少し早く進学先の東京の方へ向かうことになりました、最後まで面倒見てあげられなくてごめんね。また会うことがあったら、その時はよろしく!」


 委員長にしては珍しく長文だ。

 こういう時はいつも電話だったから、それもそうか……


「明けましておめっと、わかった……そっちでも頑張ってね、と。うわっ、結構寂しくなるなぁー。てか、委員長がいなくて大丈夫か? 俺は」


 最後に「いっぱい助けてくれてありがとう! これから何回も会うことになるだろうから、この恩は倍にして必ず返す」と送り、犬が二足方向でアイラブユーとハートマークを作っているスタンプを送る。


「俺も……頑張らないと」


 スマホを胸ポケットにしまって、止まっていた足を動かす。

 商店街をすぐに抜けると師匠が住む場所まで駆ける。

 心が道場に到着する頃には、真っ赤に染まった空は遠くに見え、既に夜に切り替わった。


「へいへい、あけおめ~。俺が来ましたよ~」


 チャイムを鳴らさずに玄関の扉を少し大胆に開けると、その広い玄関に靴が増えていることに気が付く。


「(やべっ、お客さん?)」


 少しだけ気配を消して中へ入り、居間がある扉の前まで到着して中を確認する。

 すると、やはり人が増えていた。

 誓さんが〝写し世〟で着ていた黒い服と同じような格好だ……


「心、何をしてるの? 早く入りなさい」


「いや~、ははは……どうも、明けましておめでとうございます」


「おめでとう。それで? なんですか、その大きな荷物は」


「あ、これは母さんから。師匠と九十九さんにって」


「凄い量ですね……」


「いつもお世話になってるでしょ! 持ってきなさい! って。酒と肉……まぁ色々と持って来ました」


「それなら、夜ご飯に使わせていただきますね」


 九十九が鞄をすんなり受け取って台所へと向かって行く。

 すると、一連の流れが終わったと見た榊が座れと隣の座布団をポンポンと叩く。


「ほれ、ながーい話が待っとるぞー」


「長い話? あ、師匠あけおめ」


「あい、おめっと」


 心が座ると、目の前にいる三人を見る。

 右側にいるのは誓、その隣に座る二人が分からない。

 ただ、何処となく願と祈に似ていた。


「心くん、明けましておめでとう。紹介するよ。こっちに座っている二人は私の家族でね、真ん中に座っているのが私の妻、心くんから見て一番左にいるのは私の妹だ」


「はじめまして~、私は癸 立花っていうの。よろしくね」


「(見た目は願にそっくり……声は祈に似てる。これが双子のお母さんか)」


「現在、京都〝写し世〟にて癸家当主代理をしております、癸 結と申します」


「よろしくお願いします……?」


「心くんのことは私から全員に説明させてもらったよ。さっき、榊様も九十九様にも報告させてもらった」


「え、それなら長い話ってのは?」


「大きく分けて三つかな? 心くんしか知らない呪呑者の情報、記憶操作の術で弊害が出ていないか、後は陰陽寮に報告するための心くんの情報……まぁ、聞くことは沢山あるって思ってほしいかな」


「分かりました」


「なら、まずは呪呑者の情報から聞かせてくれるかい? 九十九さんのお料理が終わるまでに終わらせよう」


 後は、心が知っている情報を誓に伝える作業に近いものだった。

 初めて出会った対馬方面の海岸から、戦いの終わりまで。

 〝写し世〟にいる時よりも落ち着いていたからか、弓削の情報を徐々に思い出していき情報が増えていく。


「黒い刃、人体複製、〝呪い〟を溜め込み吸収して進化した……」


「あれは進化っていうか、成長って感じでしたねー」


「なるほど……」


「まぁ、その過程を見てたから俺もコツを掴めたんで別に危なくはなかったと思いますよ。強くなったって言っても、師匠が酔っ払った時のデコピンの方が痛かったんで。いや、これマジっすよ?」


 ただ、あれは痛いとは少し違う気もするなぁ。

 一瞬の激痛で意識が吹き飛んだ、最後に憶えてる光景が師匠と凄い距離が離れていく景色だったもん。

 起きた時もめっちゃ頭痛かったのを憶えてる。


「心くんが得たコツというのは?」


「誓さんも知ってると思いますが、俺の目は〝呪い〟が見えるでしょ? だから俺も〝呪い〟を吸収してやるぜ! ってやってみたら、これがまた上手くいってですね。最後の方は〝呪い〟を吸収しながら戦ってました」


 今となっては、最後には弓削という〝呪い〟ごと吸収してしまったような気もする。ただ、俺の中に何も感じないということは問題はないだろう。


「……生まれた時から〝呪い〟が見えていた心くんは、やはり〝呪い〟への耐性が高いようだね。恐らく、普通の陰陽師では耐えられないほどの〝呪い〟を吸収し呪力に変換していたんだろう――――まさに、ですね? 榊様」


「あぁ、晴明あいつと一緒だ。もう心には〝呪い〟に関するもんが一切通用しねえだろうな」


 呪魂 〈太陽空亡たいようからなき〉――――

 制御することは極めて難しく、完璧に制御することは不可能。

 陰陽師の開祖とも言える『初代 安倍晴明』ですら制御する方法として編み出したのが、使わないという選択肢。それくらい、とても強大な力である。


「誓、報告書にきっちり書いとけよぉ。星見のガキが驚いて、茶を吹き出すとこが楽しみで仕方ねぇ。がははは!」


「書きますが、星見様がそんなふうになるのは想像も出来ませんよ……というか、それなら心くんは祓装の使用が出来ないのでは?」


「そんなの昔もなかったろ? 晴明あいつだって自分に術かけてたぞ。あー、でも服を作ってたやつはいたなぁ。ほら、かいこ飼ってた……なんだっけ?」


「|蚕《かいこ」……?」


「いたんだよ、そういうやつが。昔は〝写し世〟なんてものはなかったからよ、お前ぇが知らねえってことは、恐らく陰陽師ではねえんだろう」


「なるほど。でも一応、星見様に聞いてみますね」


「違いねぇな、あいつら一族が晴明のことを一番知ってるだろうし。心、お前も陰陽寮に行った後は気を付けろぉ……引っ付き虫みてぇに監視がつくぜ?」


「監視って、大げさでしょ?」


「星見ってのは代々『安倍晴明』に仕えて来た一族なんだよ。ほんで、お前は晴明の力を持ってるんだぜ? あのガキが放っとくわけねぇだろ」


 それから師匠の昔話が始まった。

 やれ、空を見ると占いが当たる。

 やれ、晴明の世話が好きだった。

 やれ、喧嘩は滅法弱かった。

 懐かしむように昔のことを話す師匠は楽しそうだ。


「ご飯が出来ましたよ。誓、机にある紙をどけなさい」


「あ、はい」


「それと、榊。そんなを心に伝えたところで、何の意味もありませんよ」


「今の星見も大体一緒だろう? あの星見の血と教えが伝わってるならな。一回でもワシらに会いに来たことがあったかぁ」


「まぁ、ないですが」


 「だろう?」と得意気に笑う師匠は嬉しそうだ。

 いつも「へいへい、すみませんでしたぁ」と言い負けてるが、今回は勝ったと思っているんだろう。酒も進んでいる。


「九十九様、私たちは運ぶのをお手伝いさせていただきます」


「えぇ、助かるわ」


 誓の妹である結から始まった言葉に、願と祈も続く。

 そうして残ったのは四人。

 書類を分けて仕舞う誓、酒を呷る榊、これはまだ分かる。

 ただ……恐る恐る誓の妻である立花を見た。


「(なんか、すっごい見られてる……)」


 会話にも入ることなく、茶色の瞳が心を貫くように射止めている。

 これで何か言うならまだ分かるが、少し間がある今ですら凝視してくるだけで何もしてこないのは、普通に怖った。


「あ、そうそう……心くんの周りの人たちに何もなかったかい?」


「それが、びっくりするくらい何もなくて……俺が逆に驚いちゃいましたよ」


 本当に何事もなく三十一日を過ごした記憶があった家族に異常はなかった。

 正月の挨拶回りとして隣接する家にも行ったが、これといった異常はなかった。


「それと九十九さんの助けもあって、京都の学校に行くって言ったらすんなりオッケーもらいました」


「九十九様の助け……?」


「母さんを治療した時にうんぬんかんぬん……俺には全く分からんです」


「まぁ、九十九様の術なら弊害がないのも頷けるね。しかし良かったよ、もし心くんが陰陽師になれないってなったらどうしようかと……」


「いや全く。未だに解決策なんて浮かばないっすもん、あはは!」


 誓さんと話している間に、机に大量の料理が並べられていく。

 和洋中、様々な料理が食卓に並び豪華に彩る。


「心、エビチリとってくれや」


「師匠……まずは頂きますでしょ?」


「あ、そうだったな。いただきゃす……ほれ、とってくれ」


「あいあい」


 心も手を合わせて同じような言い方で箸を取る。

 そう言えば、こんな大人数での食事は初めてだな……学校でも四人くらいだったし。結構良いなぁ、こういうの。


「突然だけど、心くんはご家族とご飯を食べなくて良かったのかい?」


 アジフライを箸で掴んだ誓が心へと問う。

 誓からすれば当然の質問だ。まさに全力死ぬ気で助けた存在、今日くらいはと思ってしまう。


「……? 別に大丈夫っすよ?」


「そうなのかい? いやなに、今日は特別な日だから気になってね」


「あ、そういうことっすか? それで言うと、うちは毎日が特別ですからね。親父の方針らしいっすけど、いつも大事だからいつも通りが良いんですって。母さんもそうういうのが大事って言ってましたよ? そうすると年を取った気がしなくて、いつまでも若くいられるらしいっす」


 別に毎日がお祝い事ってわけじゃない。

 家族の幸せというのは、それ以上でもそれ以下でもないことを言うらしい。

 普通に意味は分からないけど、それでも俺はそれが良い。

 いつも通りっていうのは、本当に幸せなことだと今感じているからだ。


「心くんのお父様は哲学者とかかい?」


「いやいや、現場管理してる会社員のはずっすよ?」


 そう言えば、ここを開拓するために俺が生まれる前から住んでいるけど……詳しい仕事って聞いたことなかったな。

 でもスーツ姿だし、朝は七時に家出るし夜はちゃんと帰って来るし、普通の会社員なはずだよな?


「素晴らしいお父様だね……私もそうなりたいよ」


「くっはは! 紙切れに埋もれそうになってるお前じゃ無理だ」


「この時期は仕方ないんですよ! 榊様もお分かりでしょう!?」


 男は男で、女は女で、盛り上がる。

 いつの間にか場所を移動している誓がいる場所は、もともと願と祈が座っていた場所だった。

 しかし、これが良い。


「誓さんって大変なんすねぇ~」


「分かってくれるかい!?」


「お前……麦茶で酔ったのか??」


 これから長い夜が始まろうとしていた。

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