第24話 これからのこと 一
師匠の家から、自分んちまで一時間。
獣道を歩き、正月休みで誰もいない商店街を歩き、ゆっくりとした歩幅で帰っている途中のことだった。
「もう一回、ちゃんと読んでおくか……」
商店街に設置してある自動販売機の隣にあるベンチで座りながら、九十九さんに渡された紙を眺める。
ここまでに二回ほど読んではみたものの、内容を信じきれていない自分がいる。
今のところ、自販機で買った温かいお茶が美味いことしか分かってない。
「記憶操作ってのは不都合を都合良くする……〝呪い〟と戦ってない人たちは、三十日の記憶を三十一日に普通に暮らしてたことになってる……と」
おぉん、全然分からん。
なら俺は三十一日にどこにいたことになってんだ?
……いや、普通に考えたら師匠のとこか。三十日から行ってたもんな。
「これは癸 誓が沖ノ連島の安寧を守るための術であり肉体に害はない。ただ普段通りでいて下さい。この術は本来、人間を呪いから守り精神を安定させるために使われていた……いや、ここは読まなくていいか。問題は最後だ」
追伸(さぷらいず)
心が無事に陰陽師になれるよう、心の母に記憶操作の術を施しました。
私が直接術式を仕掛けたので間違いなく作用しています。
忘れずに「京都の学校に行く」と言うこと、そうすれば術式が発動します。
追々伸(注意喚起)
鞄に入っていた冬休みの宿題が空白だらけなことを確認しました。
これは誠に遺憾です、早急に行うこと。
「……この、紙の半分を占めてる追伸が気になりすぎるんだよなぁ」
お茶を飲み干し缶をゴミ箱に捨てる。
「まぁ、要は
これは九十九さんに限った話じゃない。
いつもは激甘な親父も、こういうのに関しては結構口うるさい人だ。
母さんと姉さんは言わずもがな、唯一の親友である委員長も厳しい。
緩いのは兄ちゃんだけだ、俺のことを一番理解している。
「……あと一週間でやりきれるのか? 俺は……」
紙を四つ折りに戻しポケットにしまう。
「まっ、今はいいか。鞄は師匠のとこに置いて来たし、今の俺は無敵だわ」
人がいない分、風が強く感じる商店街を抜けて住宅街へと出る。
いつもの景色……そこに黒はなく、太陽の暖かい光が差し込む。
「今は、この嬉しさだけでいい」
久しぶりとも思える我が家に無事帰宅した心は、夕方まで家族と共に過ごす。
守れた平和を堪能するように――――
◆
「誓、これはどうなってるの?」
「あ、あはは……」
場所は変わり、沖津宮最奥。
一般人の立ち入りが禁止された場所にて、誓は二人の女性に詰められていた。
「星見鏡水がなくなるって聞いたことがないですよ……」
一人は、
誓と同じく結界術の使い手にして、癸家の第二後継者。
立場は誓の方が上になるが、扱いはほとんど変わらない。誓が現実世界に用があれば、彼女が癸の名を背負って京都〝写し世〟で命を全うしてる。
「笑って誤魔化さない。さっさと本当のこと言った方がいいわよ? 後になって報告書を確認した私たちを相手にしたいの?」
もう一人は、癸
願や祈の母であり、誓の妻である。
その長く垂れた艷やかな髪は願を彷彿とさせ、丸みを帯びた可愛らしい瞳に優しそうな表情は祈と似ていた。
「いやぁ、これには深いわけがあってねぇ。どう説明したものかと私も困ってるんだよ。もう少し時間をくれないかい?」
「何を呑気なことを言っているんですか兄上? 星見鏡水が蒸発したかのように消えるなんて前代未聞ですよ!? それこそ、この地に住んでいる榊様や九十九様であってもこんな芸当は出来ない……」
「いや、そうなんだけどね? 出来れば兄に時間をくれないかなぁと……」
逃げ場のない板挟み。
二人は、誓が言わなければここから帰る気も返す気もないだろう。
しかし、この状況を良しとしてしまったのは自分である誓は、どうしようかと困ったように笑みを浮かべた。
「……あなた、まさか規則を破ったんじゃないでしょうね?」
立花からの鋭い指摘に誓の肩が跳ねる。
だが、あくまでも冷静に。
「そんなことをするわけがないじゃないか」
「そうですよ立花さん。厳格な兄上が規則を破るなんて有り得ません」
妹のフォローに心を痛める誓であったが、今はその痛みに耐え忍ぶ。
「さすがに……そうよね。でもほら、誓さんは変に面倒見が良いところあるから。そのせいで私たちの結婚式が大変なことになったのは知ってるでしょう?」
「あー……そう言えばそうでしたね」
「どうなの、誓さん? 本当に、私たちに正直に言わなくて大丈夫? それとも……ここにいない娘たちに聞いたほうが良いかしら?」
扉の向こう側から小さく息を呑む音が鳴った。聞き耳を立てていた願と祈の体が跳ねたのだ。
「い、いつにも増して手厳しいよ……立花」
観念した誓は肩を落とし項垂れる。
自分の独断で始めて愛娘を巻き込んだ手前、ここで二人を呼び出すわけにはない。
「もう正直に言うよ。でも、今回はちょっと面倒なんだ……呪いの戦いに巻き込まれた子がいてね。呪力を覚醒させてしまったんだ」
「でも兄上がいるということは、その子は助かったんですよね? それなら簡単なことじゃないですか」
霊災や〝呪い〟の影響によって、呪力に覚醒してしまった一般人を陰陽師たちは『零次覚醒者』と呼んでいる。
基本的にはそのまま陰陽寮で保護し、本人の意思次第では陰陽師にもなる。
だが基本的には陰陽寮で働くことがほとんどだ。戦う者は限りなく少ない。
「そうだったら良かったんだけどね……いいかい? 今から本当に面倒なことを言うよ? ここまで来たら包み隠さず全部説明するからね」
「な、なんです? 急に改まって」
三十一日から一睡もしていない誓から緊張感が漂う。
少し自暴自棄になっているのか、それはもう不安になってしまうくらいの緊張感だった。
「まず、今回の件は私の失態だ。呪呑者が沖ノ連島に三年も潜伏していたのに、全く気が付かずにいたことが原因のね……甚大な被害が出てしまった、この島に住む人の半分以上を巻き込むほどのね。当然、私はこの件の責任を取るつもりだ」
これには、結も立花も驚きを隠せなかった。
五級から一級までと定められた危険度を表す階級の更に一段上、〝絶級〟と指定された存在。
例外を除けば、決して一人で立ち向かってはいけない相手だ。
心がほぼ半狂乱状態と言っていい心意気で挑んだ相手は、それほどまでに陰陽師にとって危険性が極めて高い敵対存在だった。
「はっきり言って、それは仕方ないことです。災害を一人で止めるなど不可能……ましてや呪呑者となれば尚更……」
「私だって全ての人を守れるとは思っていない。それでもこの島の守護者として任命されたんだ、責任から逃れることはできないよ」
陰陽師はあくまでも〝呪い〟の侵食から日本を守る者。
決して、人助けが使命ではない。
しかし今回は千人近くの犠牲が出てしまった。
「でも、呪呑者は祓ったんでしょう? そんな重く考えなくてもいいんじゃない? 私たちは結果、多くの人を救っているに過ぎないんだから」
「その結果には私も納得はしているけどね……立花、呪呑者を祓ったのは私ではないんだ」
「え……」
「もちろん、榊様でも九十九様でもない。その子は願と祈と同い年、大事なものを守るために戦った――――たった一人の少年なんだ」
それから、誓は心のことを二人に話した。
最初に出会った時から最後に分かれる直前のことまで、知っていることを全て。
「私が榊様の勢いを止められなかったというのもある。今回の件はワシのことをも報告書に書いて良いとも言われたよ……でもね、願を救われたこと、心くんの熱に当てられてしまったことで、私は結局少しの好奇心と大きな恩を感じて願いを聞き入れてしまった。今思うと、あの場に榊様がいなくても私は受け入れてしまっていたかもしれないね……」
その後は、全て心くんに任せた。
〝写し世〟の中に入った後も増す増す成長していく彼の好きにさせてしまった。
呪呑者を祓うために向かった私と、大事な人たちを守るために向かった心くんとはでは、目的が一致しているようで一致していない。
それに、彼の覚悟……その邪魔になるようなことが出来なかったとも言える。
「十五歳の少年の言いなりになるなんて、全く……情けないったらありゃしないよね。これでは陰陽師以前の問題だ、あはは」
「……ふふ、子供の意見を尊重してあげるなんて流石ね」
「あ、あれ?」
二人から……特に立花からは冷たい反応を取られると思っていた誓は、呆気に取られる。結も隣で「こればかりは仕方ないですよ、兄上」と何故か労るような言葉をくれた。
「話しを聞いてて、今回は私も仕方ないと思うわ。だって相手が榊様と榊様のお弟子さんなんだもの、確かに一般人を〝写し世〟に、ましてや〝呪い〟と戦わせてしまったのは規則違反だけどね?」
「いやでも……」
「貴方が納得できていないのは分かってるわ。守護者として守れなかったことを割り切れていない、この島は
「そうですよ、兄上。失態は失態ですが、〝呪い〟の被害は決して一人で守れるものではありません」
「そう、なんだけどね……」
強い後悔は残っている、それも自分勝手なギャンブルだったから尚更強い後悔となって押し寄せる。
もしも自分が最初から気が付いていれば?
こんなに人が死んでしまうことはなかったかもしれない。
ちゃんと人を見ていたか? 違和感もなかった? 本当に異常がなかった?
榊様に反対することだって出来た、心くんを置いて行くことだって出来た。
本当にその選択肢が絶対的に正しいものだったか?
考えれば考えるだけ、どん底に沈んでいくように後悔の念が押し寄せる。
「貴方、もう寝ましょう?」
「え、いや……まだやることが」
「私たちが来たから少し気が緩んで気を落としてるんでしょ、酷い顔をしてるわ。今はしっかり寝た方がいいわよ」
「……なのかもしれないね」
「夕方までに起こせばいいでしょう? そしたら家族で夜ご飯食べて、榊様たちの場所へ向かいましょう?」
「それが良いですよ! 願ちゃんと祈ちゃんは私にお任せ下さい!」
様々なことが起こった二日間だったのは間違いない。
誓も久しぶりだと感じる妻の温もりに逆らえず、瞼をゆっくり閉じ始める。
「ありがとう……」
寝息を立てるまで数秒間。
これからのことを考えるために、誓の意識は闇に溶け始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます