第23話 太陽の呪い 二

 一月一日の〝写し世〟の空は特殊であった。

 日の出によって呪いが浄化されていくことで、一時的に〝写し世〟から呪いが消える。それが、まるで夕方から夜にかけて見える幻想的な景色、マジックアワーのような美しい空に変化する。


「おい、こら、しっかり歩け」


「心君ってっ、見かけによらず、重たいんですねっ」


「なんで? どういうこと?」


「さっきからそれしか言わんな、こいつ」


 というわけで、今俺は〝写し世〟に来ていた。

 それも、また運動公園。結構ボロボロになった気がするけど、何もなかったかのように修正されている。


「なんで……どういうこと??」


 衝撃的なことが重なり脳みそが反応しなくなっているのを見かねた、願と祈に支えられて連れて来てもらったわけだが……驚きの連続だ。

 もうどうしよう……。


「よし、まずは力使ってみろ」


 考えること多すぎない??

 この師匠が鬼?

 あの豆を投げて撃退する?

 いや、尊敬してるよ? 俺をここまで頑丈にしてくれたのは師匠だし、色んなことを教えてくれた。もう父親みたいなもんだ。

 でも……鬼?


「おい心、いつまでそうなっとるつもりだ」


 いやでも実際……

 赤い角だし。髪は白くなってるし。

 それなのに〝呪い〟がじわじわ漏れてるし。

 いや、視界カラフル過ぎだろ。


「おーい、心? ……馬鹿には効きすぎたかぁ?」


 というか、俺も鬼ってどういうこと??

 いつからもう人間じゃないの? というか、何で言ってくれないの?

 「はい、お前鬼ね」って鬼ごっこじゃねぇんだから納得できるかぁ!


「おい」


 大きな拳が脳天を直撃した衝撃で放心状態が解かれたが、痛みに頭を抑えて転がり回る。


「聞いてたか? 力を使ってみろって」


「痛っっ!!? 師匠! 今の俺はそれどころじゃないって! 色々おかしいことが起こってるでしょ!?」


 師匠が鬼だったこととか。

 俺が鬼になってることとか。

 今がどんな状況なのかとか。


「起きてる、起きてるがぁ……まぁ、今は言う事を聞け。後でいくらでも説明してやる、九十九がな」


「九十九さん……はっ、ということはみんな知ってたわけか!」


 まるで授業参観の親のように並んでこちらを見ている九十九たちを見る。

 誓は朗らかな笑みを浮かべ、九十九は小さく溜息を吐いた。


「知らないのは心だけです。私から後で説明しますから、今は鍛錬に集中しなさい」


「……まぁ、九十九さんがそういうなら」


「ワシの時とは大違いだ」


「当たり前でしょう。師匠はテキトーなんすから」


「お前もだろうが」


「俺は師匠から受け継いでるだけなんで、元はテキトーじゃないんで、素直で良い子って有名なんで!」


「あーはいはい、素直素直。ほれ、力使ってみぃ」


「……ったく、もう俺も考えるのやーめた! そんじゃぁ、行きますよ? 確か……こう、心臓から全身に血を駆け回らせる感覚で――――こう!」


 前の感触を頼りに、心が呪力を解放する。

 すると、いつもよりも明るい〝写し世〟が更に少し明るくなった。


「……ほぉ、こいつぁ」


 〝写し世〟にすら影響を与える心の力に榊が感嘆する。

 初めて見ることになった願や祈もまた、口が半開きのまま呆気に取られていた。


「どうです? 出来てます?」


 白と赤が混じる鬼の角、背に浮かぶ神々しい輝きを放つ光輪、体に浮かぶ呪力の模様。弓削と戦った時と全く同じ状態で再現できていた。


「あぁ、まぁ上出来だ」


「まぁ何回かやって少しは慣れたんでね、でも出来て良かったっす」


「大方ぁ予想はしてたが……しっかし、また珍しいもんに呪われたもんだ」


「これって呪いなんですか? 俺には全く悪いこと起きてないっすけど」


「その力はそういうもんだ。自分を……唯一無二の存在に押し上げる、。懐かしいぜ――――なぁ、九十九」


「はい、そうですね」


 二人とも何かを思い出しているらしい。

 悲しそうじゃないけど、泣きそうになっているみたいな?

 九十九さんは兎も角、師匠がこんな顔をしているのは初めて見た。


「呪魂〈太陽空亡たいようからなき〉……この世で初めて呪いと戦い、この〝写し世〟に隔離した男――『初代 安倍晴明』だけが宿していた〝呪い〟だ」


 榊の言葉に願と祈は息を呑む。

 笑みを浮かべていた誓も表情を崩した。


「安倍晴明……さん? の呪い? それってあれでしょ、誓さんが前にちょっと言ってた人。陰陽師の凄い人なんだっけ?」


 何も知らない心が言うと、横から盛大な溜息が聞こえてくる。

 振り向くと癸一家が蟀谷を抑えて眉にシワを寄せていた。

 全く同じポーズで少し面白い。


「昔、何で呪われたかって聞いたことがあってな。よくよく考えれば、現代でそれに呪われる可能性があるのお前だけなんだわ」


「どういう理由で俺は呪われたわけなんです?」


「それは、。今の陰陽師は全員〝写し世〟で活動してる……つまり、現実世界で呪いを祓うやつなんていねえってわけだ」


「そんな理由で? というか、やっぱお天道さんって人のこと見てるんっすねぇ。やっぱり俺って日頃の行いが良いってことかぁ」


 まさか自分が太陽に呪われてるとは思いもしなかった。

 でも、嫌な気分じゃない。むしろ良い気分だ。


「まぁ、善行してるな。最悪なのはワシの起こし方くらいだ。毎度毎度、酒瓶でぶっ叩きやがって」


「そうやって起こせって九十九さんに教えられたんですー」


「とまぁ、その力の扱い方はワシが教えてやる。早く家族に会いたいってんなら、その分早く覚えろ」


「うっす、よろしくお願いします」


 いざ、実戦。

 そんな気分でいると、心の視界が空へと映る。


「ちょっと待った師匠、なんか……空が変だ」


 空には飛行機雲のような黒い線が走っている。

 真っ直ぐ、長く、無数に走ってる。


「嫌な予感はしないけど、なんだろうなぁ……誰か来た?」


 直感がそう告げる。

 変な感覚だが、この〝写し世〟が何かを迎え入れたような気がした。


「あっ、陰陽寮からの増援かもしれない」


 誓が思い出したように言う。

 その姿は珍しく、かなり焦った様子で願も祈も慌てている。


「まずいっ! 榊様、九十九様、陰陽寮からの緊急増援です、恐らくは星見鏡水が反応したからだと思われます」


「誓、寝てないんでしょう? 口を滑らせないよう気を付けなさい」


「はは、はい。重々承知しております。では、私たちはここで失礼します。二人とも行くよ」


「「はい」」


「またな~」


 誓は心の力を知っているため、心から距離の離れた所まで移動していく。

 その後ろ姿に呑気に手を振っていると、急に背中が輝きを放つ。


「うおっ!?」


 空にあった黒い飛行機雲、誓たちが使用した呪力。つまり〝呪い〟の残滓を、いきなり呪魂が吸収し始めたのだ。


「おい、ワシからも〝呪い〟を吸い上げとるぞー。ちゃんと制御しろ。集中だ、集中」


 え、いきなり?


「ふっ……!」


「あー、違う。力はいらん」


 はぁ? いや、いきなり無茶言うなこのバカ師匠!

 一体どうやってコントロールすりゃ良いんだよ!?


「コツは……あいつなんつってたっけ? あー……そうだ、無になれ無だ」


「むぅ!?」


 結局、何も分からないまま呪力の吸収が終える。

 すると心の体から揺らめくように白炎が溢れ始めた。


「はい、ダメー。失敗」


「いきなり言われても無理でしょって! こういうのは事前に……」


「ワシが、事前に言ったことあったか?」


「そうだった、なかったわ」


「いいか? お前ぇが呪いにビビってるから呪魂が反応すんだよ。意識しろ、この〝呪い〟ってやつは全部が敵ってわけじゃねえってな。そうすりゃ勝手に反応しなくなる」


 呪いにビビってる……確かに少しだけ拒絶反応はある。

 感触は最悪だし、視界も悪くなるし、あの弓削ってやつみたいな変なやつもいる。言われてみれば……呪いに対して常に構えている気がする……。


「〝呪い〟は全部が敵じゃない……」


 よく考えてみれば、確かにそうかもしれん。

 俺の視界に映った〝呪い〟が、俺を攻撃してきたわけじゃない。

 今思えば……道案内してくれてたのも、力になってくれたのも、今みたいに何かを知らせてくれたのも、全部〝呪い〟のおかげだ。


「ほれ、ワシの〝呪い〟に反応させるぞー」


 師匠の体から黒い波動が溢れ出す。

 ……うん、言われてみれば別に危なくなさそうだ。

 あれは電柱の影から揺れる〝黒い霧〟と何も変わらない。


「おっ、良い感じだなぁ。そのまま――――」


 師匠は徐々に呪力を強めていく。

 それは物凄い勢いで範囲を広げ、師匠の周りの景色を歪めてしまうほどの圧があった。その呪力量で言えば……弓削など足元にも及ばない。

 どんどん圧力が増していく榊とは逆に、心の方は力を抜き始める。

 鬼の角も消え、背中で輝く光輪も消え、いつも通りの姿に完全に切り替わった時、榊は呪力を弱める。


「やりゃあ出来んじゃねえの」


「まぁ、これが出来ないと家族に会えないってなると困りますし」


「一回も出来れば十分だろう、もう何となく掴めたよな?」


「そうっすね。後は敵を前にした時にどうなるかって感じっすけど……」


「そん時は全力で行けやぁいい、お前の信念に基づいてな。はい、もう終わり! さっさと帰って酒でも呑むかねぇ~」


 角がなくなり、髪も白から黒へと戻る。

 徐々に元の姿に戻っていくその姿には未だに慣れない心は、摩訶不思議と言ったところだったが……


「そういやー、どうやって帰るんですか。誓さんいなくなっちゃいましたよ」


「なーに言ってんだ、簡単なことだよ――――」


 何やらデコピンの構えを取る師匠。

 その構えから、誓のような呪符による移動方法ではないのは確実だった。

 

「静かにお願いしますよ? 陰陽寮から人間が来ているんですから」


「わーってる」


 空返事した師匠がピンっと指で空間を弾くと、ガラスに罅が入るように空間が粉々に砕ける。


「……っ!??」


 その向こう側には、しっかりと現実世界……師匠の家、居間が見えていた。

 そのまま師匠に背中を押されて現実世界に帰って来るも、また少し放心状態になってしまう。


「今のはまぁまぁ静かだったろ?」


「お見事」


「帰るぞ、心。あーそうそう、今日はもう休め。鍛錬の続きは明日からな」


「心、間違っても勝手に呪いを祓わないこと。特に陰陽寮から来ている人間に知られると面倒になる可能性が高いですから……心? 聞いてますか?」


「え? はい、聞いてました」


「はぁ……本当に。……まぁいいです、これを帰りながら読みなさい」


 四つ折りになった紙を渡される。

 開いて少し覗き見ると、文字がしっかりと埋められていた。


「それには重要なことが書いてあります。特に記憶操作で起こるかもしれない出来事が書いてありますから、ちゃんと読みなさい」


「わ、わかりました」


「では行きなさい、家族のもとへ」


「はい!」

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