第22話 太陽の呪い 一

 温かい太陽の光に顔を照らされたことで目を覚ます。


「……師匠のとこだ」


 畳の匂い、布団、一度見たら忘れない特徴的な襖。

 その奥からは通り抜けてきたのは、何かを焼いている良い香りだった。


「……っ、母さん!!」


 誓と一緒に〝写し世〟へ行く前に、九十九に預けられた母のことを思い出し、勢い良く起き上がった。その勢いで体の至るところを固定する包帯にほんのり血が滲む。

 心はそのまま襖を空けて居間へ向かう。

 ドタドタと音を立てて慌ただしく到着すると、そこには真っ昼間から酒瓶を呷る榊と優雅にお茶を啜っている九十九の二人がいた。


「母さんは!??」


 着せられた浴衣は乱れ、手当された包帯には血が滲む。

 見るからに焦っている心を見て、九十九は溜息を吐く。


「全く、少し落ち着きなさい。もう全部終わったんですよ?」


「でも!」


「まずはご飯、体を回復させることに集中しなさい。話はご飯を食べ終わってから、そしたら――――家族に連絡してみるといいわ」


 どこか優しさを感じさせる笑みを浮かべた九十九は、そのまま台所へと向かって行った。そして九十九の姿が見えなくなった時、


「要は、お前の家族は無事ってことだ。ほれ、座れ」


 難しい顔をしている心に対して榊が答えをくれた。


「なんだ……そういうことか……あー、良かったぁ」


 安心して強張っていた体の力が抜けた心は、ふらふらといつもの定位置にある座布団の上に座る。


「一瞬焦りましたよ。こういう時くらいスッと真っ直ぐ言ってくれないもんすかね? 九十九さんは」


「あいつは昔っから難しい言い方をすんだよ、回りくどいのが好きなんだ。ところでよ、心。どうだった? 初めての実戦は」


「どうって……」


 初めてのことだらけだった。

 これまで、明確な敵という存在はいなかったし、他人に対して嫌な気持ちを持つこともなかったし、気持ちの枷? みたいなものを外してあんなに迷いなく行動出来たこともなかった。


「うーん……」


「がははは、考えすぎだろ! パッと出せ、パッと」


 パッと……まぁ、パッと出すなら――――


「結構、いつも通りに体は動いた感じ? っすかねぇ……相手が俺を舐めてたってのもあったんですけど、師匠と鍛錬してたからか余裕でした」


 初めてのことだらけ。

 想像もできないような体験だったことだけしか分からない。

 それでも相手と向かい合ったら、いつも通りに体が動いていくれた。そこに不安も躊躇いもなかったのは分かる。


「そうか……なら良し」


 師匠の大きな手が雑に頭を撫で回す。


「さぁ、飯だ。いっぱい食って気力を戻せ」


 九十九が大量の料理を運んでくる。

 食卓を埋めるほどのバランスがいい料理の数々、休日にいつも見ている景色。

 そんな平和な現実を遅れてようやく実感したように、心は手を合わせる。


「いただきます」


 現在時刻 一月一日 午前九時三分。

 心の平和が戻ってきた瞬間だった――――


 それから時間が経ち、現在時刻は十時七分。

 ご飯を食べ終えた心は体をほぐしながら珍しくスマホを触り、榊はテレビを見ながら酒を呑んで笑い、九十九が食器を片付けている頃。

 やけに高い音が鳴るチャイムが部屋に響く。


「癸家、以下三名。ただいま参上しましたー」


「あいよぉ」


 扉を開けて現れたのは、癸家御一行だ。


「おぉ! 心くん!」


「誓さん、おはざっす! 二人もおはよう!」


「あぁ、おはよう」


「おはようございます」


 誓はお土産として大量の食料と酒を持って来ており、台所の方へ向かっていく。二人の姉妹は心の近くで立ち止まった。


「心……」


「ん? どうしたぁ――――っ!?」


 願と祈、二人が頭を深々と下げる。

 所謂、土下座の姿勢だった。


「おいおい! どうした急に!?」


「すまなかった! 何が起こっていたのか露知らず……私たちは何も力になれなかったっ! どうか赦してほしいっ……」


「お、おい、どうした? ほら? 頭を上げてくれよ、な? 今回のことは俺が勝手にやったことなんだよ、だから別にいいんだっての!」


「……すまない」


 小さな声で謝ると、ゆっくりと二人の顔が上がる。

 祈の表情はそこまで暗くはないが、願が酷い。口をきつく締め、眉間にシワが寄っている。


「てか、なんだいきなり……どうした?」


「私は……あの時、助けられただろう? それなのに……」


「いやいや、あん時は体が動いてくれただけって。というか、俺が助けるのは普通のことだ。友達だろ?」


「だが……」


「良いんだよ、気にすんな。これから俺を助けるチャンスなんていくらでもあるって! あはは! しかし、お前はホントに真面目なやつだなぁ~。時代が時代なら切腹しそうな勢いだぞ」


 今にも腹切りしそうな剣幕の願を見ていると、なんか自然と笑いが込み上げてきた。その勢いで心が笑い出す。


「なっ、こっちは真面目に!」


「願」


「お父様……」


 離れて見ていた誓が願を優しく呼び止めると、小さく首を横に振った。


「心くんの言う通り、これから彼を助けていけばいいのさ。それに今回のことはそんなに重く受け止めなくていい。誰も悪くないことなんだから」


「うんうん、そうだそうだ。もう全部終わったんだし、気にすんな」


 そもそも、願がこんなに申し訳なさそうにする必要はない。

 今回の件は……ただの俺の身勝手。俺がやりたくて、俺がやらせてもらったこと。誓さんだって最初はかなり渋ってたんだ、誰が悪いってなったらまずは俺だ。


「あ、そうだ。俺はそろそろ一旦帰りますけど、何か気を付けないといけないことってあります? これだけは口を滑らしちゃいかんってやつ」


「大事なことが一つだけあるね、今回の件は絶対に言わないこと。これは絶対だ」


 口元に人差し指を当てて強調した誓。

 その言葉に周りも緊張が走り、願たちはもちろん榊たちも気配を消すように静かになった。


「いやぁ、さすがに言えないっすよー。というか、言っても信じてもらえないっていうか……」


「いや、それはどうか分からない。特に心くんのご家族は……」


「……どういうことっすか?」


「今回で合体山の向こう側、つまり対馬方面の人たちは全員亡くなってしまった。開拓地の方はほとんど無事だけど、それでも全員が助かったわけじゃない。最低でも二人は亡くなっている……」


 家族と無事に会える、この平和を噛みしめるように待ち望んでいた心に影が差す。


「これは私の責任だ、弓削と名乗った呪呑者を野放しにしてしまった私のね。だから こそ、出来る限り……いつも通りを取り戻す必要がある。そのために我々が行う方法というのは記憶を操作することだ」


「記憶の操作……? それって前に九十九さんが言ってた――――」


「そうだね。それに、これは心くんのお母様だけではなく、この沖ノ連島にいる人たち全てが対象だ。全員、三十一日の記憶を捏造してある」


 そんなことが本当に出来るのか?

 簡単に言うが、簡単に行えるようには思えない。


「前にも言ったけど、陰陽師という存在が世間に知られるわけにはいかないんだ。でも〝呪い〟の影響は現実世界(こちら側)にも影響を及ぼす、代表的なもので言えば心霊現象などがそうだ。廃墟やトンネル、大きくなると廃村……一般人にとってかなりの悪影響を及ぼす。そんな恐ろしいものを人々から忘れさせるために、この記憶を操る術が生み出された」


 千年以上も日本を裏で守っている存在、それが陰陽師である。

 漫画やアニメの題材にはなれど、実際にその存在がいることや本物であることを信じている者は少ないだろう。例え、陰陽師に助けられたとしても憶えていない者がほとんどだ。それが何故かと言うと、記憶を操作しているからに他ならない。


「理由はちゃんとある。そうしなければ、止められたはずの〝呪い〟を生み出してしまうからだ。人っていうのは、嫌な思い出があるだけで〝呪い〟を生み出してしまう存在だから。話を戻すと……現状、心くんだけが今回の件を憶えていることになる。だから、その心くんの近くにいるご家族は一番思い出しやすい状態というわけだ。本当に、不意に思い出してしまう可能性もある」


「え? じゃあ、俺は会わない方がいい……とか?」


「いやいや、そこまでじゃないよ。長い年月、改良を重ねた術式だ。そう簡単には解けないようになっている――――ただ、一つの問題を除いてね」


「一つの問題?」


「そう、呪いを呪いで制する特別な力……〝呪魂〟の力。特に心くんの力は強力だ、敵も味方も巻き込んでしまう。心当たりはあるだろう?」


 心当たりも何も、今回の戦いはその力のおかげで勝てたと言っても過言じゃない。相手の〝呪い〟をほとんど無効化できたからこそ、一番やりやすい殴り合いが出来た。あの謎パワーがあったからこそ、俺が生きている。


「あれってそんなに凄いんすねぇ」


「凄いなんてものじゃない。もしかしたら、心くん一人で全ての〝呪い〟を祓ってしまえるかもしれない……そんな力だ。それが問題なんだけど、心くんは現実でもその力を少しだけ使えてしまっている」


「え!? マジっすか!」


「マジだよ。ほら」


 誓が取り出したのは、今もジリジリと焦げている一枚の呪符。


「これは〝写し世〟へ行くための扉を開く術式が刻まれているものだ。さっき心くんの近くを通っただけでこうなってしまった」


 パラパラと呪符が燃え尽き、灰となって宙を舞う。

 だが物質として残るわけではなく、ゆっくりと溶けるように消える。

 その光景を見て心は思い出す。


「俺が黒い霧を払ってた時と一緒だ……」


「というわけで、その力をある程度使えるようにならない内は家族に会わない方がいいと思う」


 マジかよ、俺は今すぐに会いに行きたいのに……。

 もう「おはよう!」と犬が二足歩行でアイラブユーってしてるスタンプ送っちゃったよ?


「練習あるのみだ、簡単だろ? いつもやってたことじゃねえか。呪魂ってのも結局は呪い、呪力操作さえ出来れば何も問題はねぇ。ワシがしっかり教えてやるよ」


 空になった酒瓶をコルクで閉じる。

 いつの間にか二本目を飲み干した、榊が何気なくそう言った。


「はい?」


「だから、ワシが教えてやる」


「し、師匠……そんなことまで出来たんですか?」


「ったりめぇだろ、ワシを誰だと思っとる」


「激強呑んだくれ若作り親父……?」


「この馬鹿弟子!! 違うわっ!?……ったく」


 一瞬だけ九十九に目配せをした榊、それに目を閉じて応える九十九。

 その時、心の視界が真っ黒に染まる。


「ッ!!?」


 呪いだ、それも見たこともないくらい濃い黒。


「どうしてワシが誓と知り合いなのかって、少しは考えたか?」


 徐々に晴れていく黒い霧、その中に透き通るほどの白さと真紅が現れる。


「師匠……?」


 黒く伸ばしっぱな髪が、真っ白に変わっている。

 それに一番視線が向くのは……真紅の角。


「それは、ワシが鬼と呼ばれる存在だからだ」


 声はいつも通り、表情だって変わらない。

 それなのに雰囲気が全く違う。


「いや、いやいやいや……」


 え? 見間違い?

 俺って十年くらい師匠と一緒にいるよ?

 こんなの初めて見たけど?


「何をそんなに驚いて――――あ、そういや言ったことなかったっけ?」


「言われてないっすけど??」


「あー、じゃあワシは鬼だ。ついでに言うとお前も半分な」


「??」


「結構前に大怪我したろ? そん時に九十九がいなくてなぁ、治す方法がそれしかなかったんだ。というわけだ、理解しろ」


 ん???

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