第21話 戦鬼覚醒 四

 静寂――――。

 呪呑者と鏑木 心が激闘する最中、細やかに流れる風を肌で感じながらゆっくりと時間を過ごすという異常な光景。

 まるで何も起こっていないような平穏を感じさせる結界術で隔離された〝写し世〟沖津宮にて誓は懐中時計を取り出して時刻を確認する。

 現在時刻、一月一日 二時十四分。


「急に真っ暗になった空が歪んでいる……凄いな、拮抗しているのか」


 例外など、いくらでも見てきた。

 彼の師である榊 呑もまた、時代が生んだ特異点のような存在だ。強さもそうだが、存在自体が次元が違う。

 だからなのか、彼の弟子である心もまた例外的な存在だったことに不思議と納得しているのは自分が榊と仲が良いからだろう。


「これくらい強いと塾に通っても物足りないと感じてしまうかもしれないなぁ。まぁそこは友達作りと陰陽師としての知識を育んでもらうとするか」


 まったりと時間が進んでいく。しかし、ここに来てから一時間以上が経過した時、今まで傍観していた誓も驚きを隠せない非常事態に見舞われた。

 太陽の光が届かないはずの〝写し世〟にが走ったのだ。

 その光に当たった存在は徐々に燃え始め、侵食させるように灰と化す。

 結界の外に蔓延る弓削の複製体も驚きの表情を浮かべながら、瞬く間に白く灰となって散っていくが、問題はそこではない。

 沖津宮を囲う、誓の結界も例に漏れず呪力を焦がされ消え始めたのだ。


「っ! 結界が。これは……さっき見た心くんの力か!」


 撒き散らされた心の呪力によって無差別に〝呪い〟に関わる存在を消滅させていく。心の得体の知れない力と〝呪い〟が無情に祓われていく光景、その光景を目の当たりにした誓は点と点が繋がったかのような気付きを得た。


「まさか!? 心くんを呪った正体って――――」


 思わず空を見上げる。

 そこには月に蝕まれた太陽の姿があった。


「そんなことが有り得るのか……?」


 心の影響によって〝呪い〟が空になっていく。

 現実に繋がる砦でもある沖津宮を守っていた誓の結界術は強制的に破壊されてしまったが、外で結界を破壊しようと暴れまわっていた弓削の複製体も全滅した。

 おかげと言っていいのか分からない状況だが、誓は自由を手に入れたことで早速行動に移す。


「ちょっ、想定外にも程がある……師が師なら弟子も弟子ということなのか!??」


 心の行動を受け入れ、後方腕組保護者面をしていた誓は沖津宮を飛び出す。

 目標は〝写し世〟を歪ませている、今も衝突し続けている呪力のもとだ。


「呪力強化なしで走り回れるような範囲じゃないっ……!」


 呪力がない状態では普通の人間と変わらない誓からは、焦りを含んだ本音の声が漏れてしまった。

 願や祈、妻が近くにいたなら絶対に言わなかった言葉だろう。

 だが、事態はそれほど緊急性を孕んでいるのであった。





「……ふぅ――――ッッ!!」


 周りへの影響など我関せず……いや、心自身もそこまで考えることが出来ない状態。既に心身ともに満身創痍なのだろう、目覚めた力に身を任せて弓削に対してただただ暴れまわる。

 対する弓削も、文字通り己の存在を燃やし尽くしながら、獣のように本能のまま暴れまわる心に着実にダメージを与えていた。


「ハハハ、また最初から……最初からやればいいだけだ! 僕は人間を超越した存在!! この世に生物がいる以上、何度でも蘇る。だが少年、君は違う!」


 心からダメージを受けることすら癪に触っていた、今までの弓削とは違う。

 取り繕っていたものを全て取っ払って、一周回って冷静さを取り戻した弓削はあっさりと答えに辿り着き、今はただ心を殺すことだけに目的を変更した。

 何故なら、心に対して最も効果的な最後を理解したからだ。


「君が僕に敗北した時、僕は君の中の最大の恐怖となり絶望となるだろう! だが君が仮に勝利したとしても僕は戻ってくるぞ……君の恐怖を糧にしてッ!!」


 浄化され続ける己など顧みず、ただ心に対して致命となる一撃を当てることだけに意識を割く。

 残りの〝呪い〟が少なっているのは自覚している。今の状態、状況では全力を尽くさないと心に攻撃すら届かないことも分かっている。

 今はただ全力で――――


「互いに、余裕ねぇなぁあ!!」


「っ!?」


「俺のことを舐めてたんじゃなかったのか!? 急に真面目になりやがって!」


 何もない広場を超高速で駆け回っていた心の叫びに近い声が響く。

 その声に反応してしまった弓削は、一瞬だけ心の強い気配を見失った。


「(どこから……――――)」


 心の動きを誘導し、自分が確実に攻撃を当てられるまで計算した突破口に、心の姿はない。

 銃弾のように飛来する黒い刃を掻い潜り、行動を制限するかのように展開された剣山を突破する。

 そんな突破口は――――空だった。


「――――っ」


 降下に合わせた心の拳が、弓削が作り出した〝呪い〟の領域と衝突する。

 ただその衝突も一瞬。〝呪い〟を浄化する心の拳が弓削の領域を貫いて、鼻っ柱に拳が叩き落とされた。


「んぐッ!」


 そのまま地面を抉りながら引き摺られていった弓削の体が浄化され始める。


「はぁ……はぁ……」


「ど、う……やって…?」


「……はぁ、はぁ。飛んだだけだ」


 ただ我武者羅に。

 ただ無我夢中に。

 気を抜いたら今にも薄れていく意識を無理やり奮い立たせた結果、直感という無意識が導いた回答。

 それが結果として弓削の意表を突くことになった。


「ふふ、ははは! 今回は僕の負けのようだね、少年。でも残念……僕はまた戻ってくるよ。今度はもっと強くなってね」


 倒れている弓削の高笑いが運動公園に響き渡る。

 その狂気的とも言える笑い声に、疲れ切った心は呆然と聞き入れる。


「今度会うのはいつだろうねぇ? 君が大人になった時? 君が結婚した時? 君の子供が生まれた幸せな時かもしれない。君の大事な人たちは出来るだけ多く生きていて欲しいものだね……その分、君の恐怖と絶望が大きくなる。今考えただけでもゾクゾクしてくるよ」


 ここに弓削 道金という男がいることで、誰かに恐怖を与えられる。

 それが次第に伝播していくことで自分の存在を知らしめることができる。


「君を足掛かりに、僕は歴史に残る最恐の呪いになってみせるさ!」


 最初の一人目は君だ――――少年。

 思う存分、僕のことを考えるといい。

 その思いがの価値を高めて更に強くする。


「……そうか」


 明るいとも、暗いとも、高いとも、低いとも言えない普通の声が、〝写し世〟の空気に溶けていく弓削の高笑いを遮った。


「お前はまた俺と俺の大事な人たちを狙いに来るのか」


 心の背に浮かぶ光輪が強く輝きを放つ。

 すると、〝写し世〟の至るところから漂う〝呪い〟を吸収し始める。

 〝呪い〟がなくなっていく影響か、心の呪魂による影響か、太陽の光が通らない〝写し世〟全体の明るさが徐々に増していく。


「なっ……なんだこれは!?」


 その影響は〝呪い〟である弓削にも影響を及ぼし、弓削のから浄化された〝呪い〟たちも心の元へと吸収されていく。


「……ッ!!」


 〝呪い〟を吸収しながら、更に呪力を増やしていく心の姿は神々しさがあった。

 鬼の力、〝呪い〟を吸収し呪力に変換し続ける力、加えてその呪力は〝呪い〟の抵抗をもろともせずに浄化していく。

 弓削は消える間際になって改めて実感させられる。

 心の底知れぬ力、その圧倒的な――――才能に。


「でも……そりゃ無理だ。お前が次に来る時、俺はもっと強くなってるよ。お前みたいなやつらに、逆に怖がられるような存在になっているよ」


 弓削が自分の欲に突き動かされて非人道的な行動を迷いなく取れるように、心もまた譲れないものがある。

 変なものが見えて泣きじゃくっていた俺を、大切に育て守ってくれた家族。

 鍛錬に夢中で他のことを疎かにしている俺を、必ず助けてくれた委員長親友

 必ずおまけをくれる商店街の人たち、テストで悪い点数をとっても何度も教えてくれる先生たち、俺を兄のように慕ってくれる小学生たち、お年玉をくれる親父の仕事仲間、近所付き合いで母さんと仲が良い主婦の人たち。

 俺の周りにいるたちは、みんな俺が好きな人たちだから……そのためだったら、出来る限りのことはやる。


「もう消えるお前に言っとく。もう一回、来れるもんなら来てみろ。この力をしっかり使えるようになった俺に、次に出会った時が本当にお前の最後だ」


「……ぁ――――くっ、ふざけるなぁぁああ!! 僕が上だ! 上にいるんだ!! 僕が凄い、僕が強い、僕がお前らの価値を決める側に立つんだ!! たまたま強い力を持っていたお前みたいなガキが、頑張ってきた僕より強いわけないだろうがぁ!!」


 肉体のほとんどが浄化され、あと数秒で存在が消えるという寸前の絶叫。

 しかし心には全く響かない。


「僕は……僕はお前を忘れないぞ、鏑木 心!! 次に出会った時、それがお前のさ――――」


 言葉を言い終えることなく、弓削は完全に浄化され〝写し世〟から消え去った。

 決して綺麗な終わりではなかった。

 まだこころのどこかに突っかかっているような、煮えきらない部分はある。ただそれが、相手の正義と自分の正義の争いの後味。あくまで自己中心的な考えが衝突したのだ、気分が良くなる方が己の正義を見誤っていると言えるだろう。

 心は大きく息を吸い込み――――息を吐き出す。


「…………ふぅ」


 体が少し冷えただけで気分は落ち着いた。


「しっかし、改めてだけど……この力は何なんだ?」


 気持ちを切り替え、冷静に考える。

 白……でない、少しだけ赤みを帯びている。それは今もまだ消えることはなく、自分の体の周りを揺らめいていた。


「てか、これって俺が考えて意味あんのか?」


 考えて、考えて、絞り出した結論は悲しいほどに元も子もないものだった。


「心くん!」


 運動公園の入口、初めて願と出会った場所から誓が走ってやってきた。


「誓さん!」


 なんだか、ほんのり久しぶりな気がするのは気の所為だろうか。

 沢山色々なことがあって誓と分かれた時の記憶が少し遠くにある気がした。


「はぁ……はぁ、どうやら、はぁ……終わった、ふぅ、みたいだね」


「あはは! お互い、疲れてるみたいっすねぇ」


「いやー……ふぅ、デスクワークのし過ぎかな? 久しぶりの全力疾走は疲れるね。それで――――」


「あいつは消えてどっかに行きましたよ……」


「そっか……凄いことをしたよ、心くん」


「そうなんすかねぇー。俺は自分がしたいことをしただけっすから」


「まぁそれは追々知っていけば良いことさ。よし、まずは帰ろうか。詳細は一回休んでから聞くよ、私もようやく自分の仕事に取り掛かることが出来る」


「そうっすね。俺もさすがに疲れました……もう、限…界……かも?」


 膝から力が抜けるように倒れた心を誓が受け止める。


「ゆっくり休むと良い。後は大人に任せてね」


 心が意識を手放した影響で、心の呪力が弱まっていく。

 おかげで呪術を使用できるようになった誓は、一枚の結界を担架のように扱って心を乗せて運んでいく。

 次に心が目を覚ました時、真っ先に目に入ったのは、太陽が描かれたやけに豪華な閉じられた襖だった。

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