第20話 戦鬼覚醒 三
「(なんか……急に体が熱くなってきた気がするような?)」
弓削がようやく本気を出し、姿も強さも変わり果てた時のことだった。
対面した時の圧が違う。
力? 立ち姿? 気配? よく分からないが、今までと何が違うことは察した。
しかし、そんなことよりも真っ先に自分の体に起きた異常に戸惑う。
「少年、君の戦いは何回も見てたよ。〝呪い〟をかき消す特殊な呪力……呪魂による力だろうけど――――純粋な
体の熱さに意識が持っていかれている中、気を抜いた心の腹部に寒気が走る。
直後、高いところから地面に叩きつけられたような衝撃が襲いかかった。
「いっっつ……ッ!??」
衝撃で体が一回転すると追撃が背中を襲い、骨が軋む音を鳴らし地面を滑りながら吹き飛ばされた。
「……うーん、君に触れただけで僕の呪いが祓われている。いや、祓われているというより――――浄化に近いな。凄まじい力だ」
浄化とは、それこそ今の沖ノ連島の状況のことだ。
新年を迎えるという大事な儀式。
一月一日の太陽という特別な存在の力を借りて、人の力では祓い切れない〝写し世〟に滞った〝呪い〟を一斉に祓う。
特別な存在の力を借りて行うため、その祓う力は極めて強力。
〝呪い〟の抵抗を一切受け付けない強制力を持つため、陰陽寮では〝浄化〟と命名して呼んでいる。
「あぁ……くそっ! 痛っってぇえなぁぁ……!!」
体の至るところから出血、一番酷いのは額から流れる滝のような血だった。
「ずっと思ってたけど、随分と頑丈だね」
「こんっ……くらい、普通だ……! 折れてねぇだけマシ…!」
ゆっくりと立ち上がった心は、血のせいで顔に張り付いた髪の毛を掻き上げる。
「まぁ、どうでもいいけどね。君が死ぬまで殴ればいいだけだ」
目の前で砂利が弾けると、弓削の体が消える。
肉眼ではギリギリ捉えられないような初速のせいでそう見えた。
「はぁ……暑ぃ」
しかし、既に満身創痍とも言える心は違う。
見えないからと言って焦ることはなかった。
幾度となく師である榊に殴られたことで身に付けた危機に対する直感力。
その直感が、寒気となって肌に伝わった……
「(足元ッ……)」
ほとんど反射で動いた選択肢は防御ではく、足元へ来ると直感した攻撃に対する迎撃であった。
そして直感通りに弓削の足刀を捉える。
「……お?」
互いに足での衝突。
防がれたことに弓削は小さく声を漏らす。
瞬時に攻撃パターンを変え、様々な場所へと攻撃を繰り出すも……全て受け流される。
「……しっ!」
攻撃を受け流した心からのカウンターが顔面に直撃し、そこから互いに身体能力に物を言わせた高速の乱打戦が始まった。
「(……っ、当たらなくなってきてる?)」
しかし、最初に攻撃が当たり始めたのは弓削の方だ。
攻撃を防がれ、受け流され、挙句には攻撃の初速を止められる。次第に打つ手がなくなっていき、心の攻撃だけが当たるようになっていく。
そして不意に訪れる刹那の隙間――――
「くっ……!!」
その一瞬を見逃すはずもなく、鬼の力で強化された心の拳が弓削の鳩尾に突き刺さる。加えて、
「(……流す感じで――――こう!)」
炎の呪力が弓削の体内を貫通し、〝写し世〟の空に燃え上がる。
そのまま後方へ吹き飛んでいった弓削の体からは真っ白な灰が舞い上がった。
「(な、なんで……っ! 今の僕なら例え〝鬼神〟であっても打ち合える力を持っているはずなのにッ!!)」
単純な肉弾戦でも、呪法を使った呪術戦でも、既に超越した存在。
ここまで準備した。ここまで我慢した。ここまで耐えた。
だから力を手に入れた、それこそ……あの癸 誓を凌駕するほどのだ。
それなのに――――
「あぁー、マジで痛ぇ……年明け、ちゃんと動けっかなぁ」
たった一人の子供に覆されていく。
「どうして……」
「あ?」
「どうして邪魔をするんだ!! 僕の計画にも、想像の中にでさえも、お前のようなやつはいなかった! 僕の夢の邪魔をするなよ!!」
力が欲しかった。
強者として、人の上に立ちたかった。
皆を驚かせられるような、凄い人になりたかった。
そんな眩しい姿に憧れたし、羨ましいと思った。
だから……そうなるために、どんなことをしてもいいと思った。
「なんなんだよお前は!! 僕の想定外のことばっかり起こして、僕の邪魔ばっかりしやがって!」
今までの余裕は一切なく、ただ泣きわめく子供のように様変わりした弓削を見て、心は困惑した。
思わず「今までの何だったんだ?」と呆気に取られてしまったわけだ。
そして、さも当たり前かのように一言――――
「はぁ? お前が俺の大事な人たちに手を出したからだろ? 最初からそう言ってんじゃん」
「はっ? それだけで……」
「それ以外に理由ねぇだろ。自分に出来ることがあるなら何でもする……これからどうなろうと、大事な人たちが無事ならそれでいい。例え、自分がどうなろうと俺の大事な人だけが無事ならそれでいいし。逆に、それ以外はどうでもいいんだよ」
人それぞれにある大事なもの。
その譲れない思いこそ――――正義と呼ぶに相応しいものである。
「狂ってる……! 人の夢を壊しておいて、よくもそんなことが……!」
この世の中に、悪はいない。
否、自分が否定された感じた時に人はそれを悪と呼ぶ。
つまり、人間同士の争いは
「んなこと知ったことか。お前が手段を選ばなかったんだ、俺も手段を選ばねぇよ。というか、そういう自分だけぇみたいなの、みっともないって。俺でもたまにしかしねぇよ」
だからこそ、〝呪い〟が生まれ続ける。
だからこそ、争いが終わることはない。
「ふざ……け、るな……! 僕の夢は他のとは違う、誰よりも優れていることだ! 君と同じなんてありえない!」
「いや、同じだろ。俺も母さんに言ったことあるよ、俺だけが悪いわけじゃないってさ。まぁ、聞いてもらえなかったけど」
それでも決着は付く。
終わることのない呪いとの戦いの中、それぞれに終わりはあるのだ。
「ッ……絶対に殺してやる! お前の大事なものを目の前で全部壊して、お前だけはこの僕が絶対に殺す!」
「だから、そうはさせねぇって……!」
互いの呪力が衝突する。
その波動は〝写し世〟全体に伝わっていった。
だが、それでも圧倒的だったのは心から放たれる特別な呪力であった。
「……触れられなければ祓われることはない」
呪いによる膜を作り出し続けることで、心から放たれる呪力を防ぐ。
これは何となく呪力を放出できている心とは違い、ただ呪いを放出しているわけではない。
その明確な理由は、主に二つ。
一つは、呪いを浄化する呪力の中でも、肉体を祓われることなく行動を可能にすること。
二つ目は、この領域を作り出すことで――――
「(入った)」
呪法による黒い刃の急襲によって気を逸らし、それと同時に〝呪い〟をまとわせた打撃を繰り出す。
この領域に入った心に対して、呪法と打撃の同時攻撃。
祓装を着用していない心にとっては下手に当たれば即死するような黒い刃による攻撃は確実な回避を求められ、見ていない打撃に反応するには一歩遅れてしまう。
つまり、拍を置かない攻撃を繰り出すことが出来る。
「ははっ」
〝呪い〟をまとった打撃が心の体を抉っていく。
次第に打撃だけではなく黒い刃も当たり始めた。
そして、心が距離を置こうと重心を後ろに引いた時――――
「(ここだッ!)」
心の背に黒い刃を置いておく。
しかし、心から更に膨大な呪力が放たれたことで、弓削がまとう〝呪い〟ごと周囲をかき消した。
「くそっ」
これで後退をさせられたのは弓削という形になったが、攻撃を防ぎ切れなかった心の体には痛々しい痕跡が残る。
呼吸も乱れ、視界を妨げるように瞼が腫れ上がる。
もう既に満身創痍であった。
「うん……こんな感じか」
「肉が千切れなかったことに驚きだ、ある意味でダメージを最小限に抑えたね」
「ペッ、痛みが憶えてだよ……」
この痛みは、こう受け流せ。
現代では珍しい実践形式の鍛錬、その影響で身に付けた特別な護身術。
決して誰にでも身につけられるものではなく、現代で扱える者はそう多くはないだろう。ただ武術をやっています程度では到底身につくことはない。
「でも、だから? って話だよね。そのくらい効いてるなら意味があるのかな? もうお遊びはやってないんだよ」
「最初っから遊びでやってんのはお前だ……今のはもう喰らわねぇ、慣れた」
「何を馬鹿なことを……」
「もう動きは何回も見た、あとは感覚で捉えられれる。それに…この力もようやく感覚を掴めたぜ――――」
最初から、変な感じだと思った。
ずっとテンションが高いし、体が熱い。
いつも以上に感覚が鋭い気もするし、その感覚の正確さも凄い。まるで誰かに答えを教えられているみたいだった。
「こう、あー違う。……こうか? あー、そうそうこんな感じだ」
心の体に呪力が行き渡る。
その影響か、それとも光背に揺らめく太陽のような炎輪の影響か、心の体に呪力が流れたことを示すように模様が浮き上がる。
「どういうことだ……今まで呪力で強化していなかったのか? いや、そんなことありえるはずがない!!」
心のおかしな行動に対して、弓削は攻撃を仕掛ける。
上の空……そんな相手に対して足元に向けて黒い刃を突き上げる。
しかし、心の足元からは灰のようにも見える大量の白煙が散るだけで、弓削の呪法は実体化すらしない。
「ッ……! なに!?」
奥歯を噛み締めながらも、弓削は果敢に攻撃を仕掛ける。
だが尽くを無効化され、体が諦めたかのように停止した。
「僕の呪法が……完全に意味をなさない! 本当に、今まで一切の強化をしていなかったのか……?」
「強化なんてしてるわけねぇだろ? なんにも知らねぇんだぞ、出来るわけないだろ。いや、まぁ? 今は少し違うけど」
何かを悟ったのか、少し余裕を感じさせる心は目の前に見えた〝呪い〟の動きを確認して、弓削が呪法を発動する前に〝呪い〟を消し飛ばした。
「あー、これがあん時のやつか。意識してやるのムズいな」
「嘘だ……」
今まで戦っていた相手が、呪力の使い方を全く知らなかったことに驚きを隠せなかった弓削は思わず言葉を漏らした。
「(今まで、単純な膂力だけで戦っていたということか…? いくら鬼の力があったとは言え、そんなことが有り得るのか? それなら彼には――――っ!)」
才能。
自分が一番欲していたものを持っている少年を見て、喉が詰まる。
この脳裏を過ぎる言葉を否定したい。
嫉妬と羨望が弓削の心を支配し、頭の中がぐちゃぐちゃになりかける。
「んー? でも、あんまり今までと変わんないような……げっ!?? 体におかしな模様が!? これちゃんと消えるんだよな? どんだけ優しい親父でも入れ墨は怒るって、絶対」
だが、才能というのは残酷なものだ。
誰が何をどうしようと、一度開花してしまえば止まることはない。
呪力を拙くも操り始めた心は、早くもコツを掴み始めている。
その進化の早さ、その根幹は――――〝呪い〟が見える瞳だ。
「……てか、なんかヤバいことを起こってね? これ」
今まで〝呪い〟が漂っていた〝写し世〟の景色が、薄っすらと明るく見える。自分の足元を見ると地面が蒸発しているように白い煙が上がっていた。
黒から白へ、そして無に帰す。
これと似たような光景は何度も見た気がしてると、気付く。
〝
「……ふぅ。――まぁ、今はいいか」
周囲を威圧するように放たれていた呪力が、一気に心のもとへと収束していく。気が付けば、今まで揺らいでいた炎輪が一つの束となり光の輪に変わっていた。
眩い光を放つ太陽――――そう錯覚させるほどの輝きは、周囲の〝呪い〟を浄化していく。
「(太陽……)」
弓削の自身から湧き上がる負の感情をかき消すほどの衝撃。
先程とは全く違う心の変化に、思わず立ち尽くす。
無自覚ながら、鬼としても陰陽師としても完全に覚醒した〝鬼神の弟子〟鏑木 心が動き出す。
三度目となる二人の対峙に、ようやく決着が付こうとしていた。
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