第19話 戦鬼覚醒 二
弓削は、この理解し難い自分の状況に混乱せざるおえなかった。
上手く行っていた。自分の計画が少しも狂うことはなかった。
実際に沖ノ連島の守護者でもある『癸家』に気取られることなく悪意の限り侵略し、既に島の八割は支配したと言って良かった。
もう少し、あと一歩で陰陽寮に警戒されるほどの厄災に届いていた。
「(――――はずだった!)」
圧倒的な呪力の強度。
自分の呪いと相手の呪力がぶつかり合ったとして力は拮抗することなく、ただただ一方的に呪いだけが消し飛ばされる。
複製体が何十と攻撃を仕掛けても圧倒的な暴力で一撃で祓われ、遠距離から
挙句は発動する場所が分かっているのか、発動する前に呪力で消し飛ばされてしまう。
「なんだその力はッ!!?」
ただの陰陽師なら何百人殺しただろうか。
少なくとも一級くらいの陰陽師なら、既に五十は殺してる。
それくらいの総量……それほどの数で攻撃を仕掛けているというのに、自分の攻撃を歯牙にもかけない目の前の少年に叫ぶ。
「知らねぇよ!!」
もはや無制限に呪力が湧き上がっている。
その圧倒的な炎のような呪力を心が放つと〝呪い〟が消し飛んだ。
運動公園のほとんどを複製体が埋め尽くしていたはずだった。それなのに今はどうだ――――心の呪力によって一瞬で更地へと化してしまった。
「……まるで〝呪い〟を祓うためだけに生まれたような
「俺にとったらありがてぇ話だ」
「何に呪われたか……本人自身も知らないなんておかしな話だ。どんな代償があるかも分からないのに怖くないのか?」
「代償とか恐怖とか知ったこっちゃねぇよ。そんなことは、お前をぶっ飛ばしてから考えることだ……!」
鬼の力によって生み出される膂力。
既にその力を使いこなしている心は、弓削のもとへ超速で接近する。
しかし、その動きを見切れないと分かっている弓削も足元に剣山を展開し接近を許さない。
「(この力を……ゆっくり――――……こう)」
だが、心の呪力に対して肉体で防ぐ以外の防御方法は全く意味をなさない。
剣山を盾として籠った弓削へ真っ直ぐ突き進み、拳が黒い刃に直撃する瞬間――拳に炎の呪力をまとわせた。
「(〝呪い〟をぶち破る……!)」
盾に減速することはなく、炎をまとった心の拳は剣山ごと弓削を撃ち抜く。
顔面に直撃した拳をそのまま力一杯に振り下ろし、地面に叩きつける。
すると弓削の体から〝呪い〟が一気に霧散していくのが見えた。
「……ふぅ、終わりだな。お前の体、真っ白だし」
瞳に映る弓削の黒い肉体は、呪いが祓われ白くなっていく。
一際目立っていた禍々しい黒い球体、心が核と直感していたものも体内には見えない。次第に弓削の体が灰のようなものへと変わり、空気に溶け始める。
「家族を守るために……ねぇ。少し頭がおかしいな、少年は」
「……っ!?」
足元からではない。
背後から弓削の声がした。
「なんでまだ祓われてないって顔だね。そんなの簡単さ、僕がまだ祓われていないからさ」
「……じゃぁ、こいつは――――」
自分の足元を見直すと、既に弓削の体は灰と化して消えていた。
もう跡形もない。
「その僕は一年と少しくらい活動していた僕だね。長く〝写し世〟にいたことでしっかりと僕としての核が出来てたんだけど……残念無念って感じかなぁ」
さっきまで戦っていたやつよりも、なんか冷静だ……。
狂ってる感じがしないっていうか……頭が良さそうなやつが出す
「あ、そうそう。僕もちゃんと本物だよ? さっき少年が祓った僕とは違って、随分と長く生きてるけどね」
おもむろに地面から砂を掴み、宙へ放る。
砂煙が舞う中に拳ほどの〝呪い〟の球体を投げ入れると、人の形をした呪塊が作り出される。
「さっきの僕はね、こうやって作り始めたんだよ。これに人の骨、臓器、肉、皮、って順番に移植していってね……本当に大変だった」
「……それを俺に説明しても意味ねぇだろ」
「いやいや、意味はしっかりあるよ。僕以外が式神術の禁忌に触れたという事実が大事なのさ、少年が禁忌を知っているという事実に意味がね」
手を振るって砂で作った呪塊を破壊すると、今度は手の平を合わせる。
「――――ほら、少年には見えるだろう? 〝呪い〟が集まる引き寄せられる」
合わせた手の平をゆっくりと引き離していくと、その間に黒い塊が生み出される。それは徐々に膨れ上がり……次第に運動公園の空に黒い太陽のように浮かんだ。
「〝呪い〟も〝呪力〟も本質は変わらない。生物の負の感情から生み出されたものだ……そして、どちらも負の感情に引き寄せられる。少年のように分かりやすく感情を露わにする存在がいると、より多くの〝呪い〟を引き寄せることが出来るというわけだ」
空に浮かぶ黒い太陽――――
あれが全部〝呪い〟だとするなら、あれはどこまで大きくなるのだろうか。
〝写し世〟の空がどこまで続くのかは分からないが、かなりの高さまで黒い太陽が昇っている。
「……何する気だ」
空に浮かぶ日食状態の月と同じくらいの大きさに見える黒い太陽で何をする気なのか、想像も出来ないようなことをしてくるのは分かっているつもりだが……分かっているからこそ――――少し背中が冷たくなった気がした。
「大きな……儀式みたいなものかな。完全なものではないけど八割もあれば、僕もそれなりの大物になれると思うんだよね。それこそ――――歴史に残るようなさ」
日食と黒い太陽が重なった時、パッと急に黒い太陽が一瞬で消える。
どこへ行ったのかと視線を動かすも見つかることはない。
「は? え? どっか行った……?」
「ここにあるよ」
言われなかったら気が付かなかっただろう……それくらい存在感がなくなった。
しかし、心の瞳から伝わる情報が告げている。
あれは……今まで見てた〝呪い〟とは違う、と。
「これは沢山の人の『死にたくない』という悲痛な〝呪い〟の塊だ。こういうのが現実に漏れると幽霊になったりする。これがどういう意味か分かるかい?」
「幽霊なんて見たことねぇぞ……」
「まぁ、この島は特別だからね。島ごと管理されている場所なんてそうそうない、その瞳を持って生まれて霊を見たことがないなんて運が良い……いや、今この瞬間は――――運が悪かったというべきか」
手に持った〝呪い〟の塊を、そのまま体内へと迎えた弓削。
「さっきの続きだけど、この〝呪い〟は現実にも存在できるほどの力がある。言うなれば生きている呪いさ。そんな……力っ、を、取り込んだ僕は、果たしてどうなると思う?」
声が震え、体の穴という穴から黒い液体のようなものが吹き出す。
そんな明らかな変化に心も構えをとった。
「答えは簡単さ――――」
指を編むように重ね、印を結び小さく一言呟いた。
『
溢れ出した黒い液体が弓削を包み、形を変化させていく。
徐々に液体が体に染み込んでいき、現れた肉体は大きく変わっていた。
髪が伸び、肌は黒から肌色へ、少し貧相に見えた体は鍛え上げられたものへ……
「僕が強くなる」
生きた呪いを取り込み、呪呑者として更なる高みへ一歩進んだ弓削のは笑みを浮かべた。
「さぁ、決着をつけようか? 少年。癸 誓に会いに行く手土産は、君の死体にするとしようかな」
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