第17話 自覚と解放
ボォゥ! と九十九が持っていた白いお守りが燃え尽きる。
「心に持たせていた護符がなくなりましたね……ね? 保険があって良かったでしょう?」
「ったく、あいつやられやがって」
「誓がいて心がやられるってことは面倒な相手なんでしょうね」
「昔から呪いに魅入られた人間なんて面倒なもんだろ。ワシらとは違って、呪いに上手く使われる。まぁ、心配はいらんだろうが」
グビグビと酒を呑んで、縁側で月を見つめる。
「私は心配です」
昔は外に出るのも泣いて怖がっていた心だったが、今ではもう榊に染まって適当な人間に成長してしまっている。
あまり人口がいない環境も相まってか、最近はその無自覚さが酷いものだ。
この沖ノ連島だからこそ許されていると言える。
それに今回は心にとって日常的な出来事ではない。普段通りに動けているかどうか、一番の問題はそこだった。
「心配性なやつだなぁ」
「いくら心でも目が覚めて突然傷がなくなっていたら、さすがに混乱するはずです」
既に心に持たせている護符は破壊された。
驚いている隙が致命的だった場合は終わり、もう一度はもうない。
「それは確かにそうかもしれんが……でもまぁ、もう一回はないだろ」
「どこから来るんですか、その自信は」
「お前が外に出てる間だって、ワシらが見てない間だって、あいつは鍛えてきたんだ。一回やられて後にもう一回って……んなことは、師匠のワシが許さん!」
「結局、自分が嫌なだけじゃない」
九十九の一言に榊が笑う。
「ったりめぇだ。ワシ以外に負けるなんて許さん!」
「ワガママ言わないの」
だが、心を一番信じているのは榊であることは間違いない。その榊が心配していない心を信じてみようと九十九は思う。
夜明けまで後六時間を切った。
緊迫した〝写し世〟とは真逆に、二人の時間は優雅に過ぎていく――――
◆
諦めたら沈む。
一瞬でも「あ、もういいか」と思ってしまえば、全てを失ってしまう。
楽に屈するな、立っていろ、こいつを野放しにしたら……今度こそ本当に全てを失う気がする。
少しずつ体から力が抜けていき、戻ってこれない真っ暗な場所まで意識が落ちていったところで、諦めることなく全身に力を込めていた心は開花する。
「……ッ!」
止まっていた血液が巡り、心の肉体は弓削に向かって動き出す。
今にも開扉に入ろうとしていた弓削の肩を掴み、腕が引き千切れてしまいそうな勢いで後方に投げ飛ばした。
「――――は?」
木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされた弓削から漏れた呆気ない声を耳にかすめながら、心は投げた方向へと振り返る。
すると、中で確認をしてきた誓が開扉から現れた。
「あれ? 心くん、まだ――――」
心に付着したまだ乾いていない大量の血、微かに残る〝呪い〟の残滓に言葉が詰まる。その疑問に、心は誓を見ることなく答えた。
「あいつ、まだ生きてました……予備の体があるらしくて、あと何回復活するのか分からないっす」
「さっきので祓い切れていなかったということか……」
心からの報告にあまり驚きはない。過去にも呪呑者との戦いを経験している誓にとって、あれで祓えていることに違和感を感じたほどだ。
「(情報が少ない……)」
呪呑者であり元陰陽師、加えて式神使い。
少ない情報だ。しかし戦いながら弱点を見つける余裕があるのかも分からない。
「誓さんは助けた人たちの方へ行って下さい、あいつは俺がやるんで」
「……え? 祓うということは、呪いを殺すこと。これは殺人と呼べるものではないけど、似て非なるものだ。その気持は心くんが思っている以上に辛いことだよ。気持ちはありがたいけど……」
「躊躇いがないかって言われると……まぁ、抵抗はあります。でもあいつがいる限り、俺の大切な存在が平和に暮らせないんですよ……」
思うことは、ただ一つ――――家族の安全。
そのためだったら手段は問わず、手加減もしない。
相手がもう二度と手を出したくなくなるよう徹底的に抵抗する。
もはや執念とも言えるその強い思いが〝写し世〟に漂う数多の
「……っ!」
一度は砕けてしまった魂に、揺らぐことのない意思が熱を加えたことで再構築されていく。ここで全ての条件が整った。
〝鬼神〟に継承された鬼の血。
鬼としての不完全な覚醒が与えた人間離れした身体能力。
大切な存在がいる限り折れることなに強い心に、その大切な存在を守るために命すらも厭わない覚悟。
「そんなこと、俺がさせねぇ」
――――今ここに、〝鬼神を継ぐ〟新たな鬼が誕生する。
「……心くん」
「みんなこと、よろしくお願いします」
ようやく目を覚ました鬼の力。
その湧き上がる力を抑えることなく、心は赴くままに肉体を躍動させる。
走しろうと踏み出した一歩、しかし心のその一歩は常人から見れば跳躍だった。
体が、吹き飛んで行った弓削に向かって一気に加速していく――――。
常軌を逸した段階まで跳ね上がった肉体は、まるで重力を感じさせることはなかった。加速した視界もクリアに映る、風を切る音以外にも周囲の音を拾える。
あっという間に投げ飛ばされた弓削へ追いついた心は、まだ体制が整っていない弓削の隙を捉える――――
「まずは……」
加速した拳が容赦なく弓削の顔面を直撃すると、心の背に浮かぶ炎輪が強い輝きを放つ。
「一人」
〝呪い〟を無条件に祓い消し去る炎をまとった一撃は凄まじく、また心が振り抜いた拳圧の余波で地形が変わる。
顔面に直撃したはずの弓削の姿など、軽く消し飛んでいった。
「うわ~、凄いな」
空中から拍手の音と共に、間の抜けるような緩い声音が聞こえる。
上を見上げるとそこには全く同じ姿の弓削の姿があった。
「二回も喰らったから分かるけど、これは〝呪い〟を祓うって言うより……消してる? 消しゴムで文字を消してるみたいだ」
次は背後から声が聞こえると、消えゆく〝呪い〟の残滓を眺める弓削の姿。
既に同じ人間が二人もこの場所にいる。その異常な光景にもはや驚きはない。それにこれだけの余裕を見せてきているということは、まだまだ代わりがいるということだろう。
「しかし少年……随分と変わったねー。さっきは不完全だったのかな? 赤黒い角だったけど、今は鉄を溶かしている時みたいな熱すら感じるような赤色だ」
「というか、鬼の血を引いてたんだね。それに、この特殊な力……〝呪魂〟まで――――少年は一体、何に呪われたんだい?」
「俺が知りてぇくらいだよ」
俺だって、自分のこの状態をよく知らない。
圧倒的なパワー、〝呪い〟を消し去る炎のような呪力、自分の体に不思議なことが起こっているのは確かだ。
でも、今はそんなことどうでもいい。
ただ体が動いている、まだ抗える……それだけ分かっていれば良い。
「あれれ、そんなに突っぱねなくてもいいじゃないか」
「僕が一体何をしたって言うんだい? こんな僕だって傷つくんだよ?」
誰が見ても人間には見えない存在が悲しい表情を浮かべている。
その気持ち悪さと視界に映る〝呪い〟の動きで、
人に対して訴えかけるような表情を作るくせに、心の中では悲しいことを少しでも共感してしまった隙を伺っている。少しでも動揺してしまったら、弓削は俺のことを同時に攻撃してきたはずだ。
「良いからかかってこいよ。さっさと次に行きてぇんだ、俺は」
「ハハハ……口が悪いぞー、少年――――」
「実はそんなに余裕ないくせに強がちゃってー――――」
突如見え始める、〝呪い〟が集合していく光景。
それは地面や木々などの至る所から現れる。
〝呪い〟が混ざったことに繊細な操作が可能になった空間。
この〝写し世〟は
一見、避ける場所など見当たらない攻撃範囲。
それを計算して繰り出した弓削の表情からは歪な笑いが溢れている。
しかし、その笑みも一瞬で驚愕に変わった。
「それは何回も見た――――」
最初に到達した槍を捌き、地面から突き上げるように何本も現れる黒い剣を舞を踊るように避けていく。
だが、一番驚いたのはそれではない。
不規則に心に襲いかかる何百と数がある手裏剣を、背中に浮かぶ白熱と発光する炎が一瞬で灰と化した。
結局、心に攻撃が届くことはなく避けた攻撃諸共、周囲の〝呪い〟を燃やし尽くす。
「(ん? それが出来るなら何で攻撃を避けた?)」
空から心を見下ろす一人の弓削は変に勘ぐるが、答えは簡単だ。
変わり果てたと言っていい身体能力をしっかりと操れるか、ただそれだけのこと。攻撃を避けたことなど、心にとって準備運動に過ぎなかった。
「はやっ……!」
地上で心と相対していた弓削は、己の間合いへの侵入を許してしまったことで焦り、圧倒される。
「二人目」
少し光を放つ呪力をまとった拳が、弓削の胴体を貫く。
「ぐっ!!??」
心の拳が直撃すると、弓削が取り込んだ〝呪い〟を全て燃やし尽くす。
街に漂う〝
「一方的に……?」
生命体の負の感情をそのまま利用することが出来る呪いに堕ちた存在、一方でその負の感情を祓いながら取り込むことで残った意思の力を利用するのが陰陽師である。
しかし、結局のところ〝呪い〟と〝呪力〟の根本は同じ。
どちらも〝意思の力〟であることに変わりはない。
だからこそ、心の異質な呪力に空にいた弓削は焦りを覚えた。
その〝
「あれが呪魂の力……厄介だな」
あれだけ強力な力だ、その代償も相当なものだろう。
それに一度見たことで他の個体にも伝わった。鬼である少年と一対一での戦闘は分が悪い、数で攻めるためにも一旦引き返すか――――
しかし、その判断も既に遅い。
「三体目」
「は?」
地上から一気に跳躍してきた心は、そのままの勢いで弓削に蹴りを放つ。
動きの全てに〝呪い〟を燃やし尽くす力が込められており、攻撃が直撃した弓削の体が炭化し灰へと変わっていく。
「……記憶と違うよ、少年。そんなに強かったかい? それとも鬼の力で覚醒したとか? ……いや、どっちもかな。戦いが馴染んでる――――でも、見せてくれて助かったよ。次は……」
〝呪い〟が燃やし尽くされたことで、最後の言葉は聞こえなかった。
地面に着地し、静かになった〝写し世〟で小さく息を吐く。
「しっかし、俺って意外と強かったんだ……師匠としか組手しねぇから知らなかった。なんか自信になったなぁ」
一瞬の隙を見つけて攻撃する、その繰り返しの結果が全て一撃で葬るという結果だっただけだ。
しかし、ここで心は自分の強さを自覚した。
自分以外が薄々感じていたことを、自覚した時にそれは意外と大きな自信になる。三体の呪呑者を祓い、対抗するための力を目覚めさせた。
「てか良かったぁ、あいつを倒せて。俺があいつを倒し続ける限り、あいつは俺を無視することはできねぇだろうし」
無視したとしても、誓さんの結界を簡単に突破することはできないだろう。
何人だろうと俺が盾になるし、俺が相手になれる。
俺が動ける限り……俺の家族に手を出される心配はなさそうだ。
「――俺が守ってみせる」
心の意思に呼応するように、背中の炎輪が強く輝く。
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