第16話 無念を抱いて
沖津宮にいた大量の人型呪塊を祓い、現実世界に一回戻って異常がないかを確認し終えた誓が全速力で向かっていたのは、呪力の歪みを感じる方向だった。
「流石……と言っていいのか分からないな、こればっかりは」
方向は一瞬で分かった。
過去の霊災跡地、現在は沖ノ連島で観光地となっている〝合体山〟だ。
「呪力の歪み」というのは、正確に言うと〝呪い〟と〝呪力〟のぶつかり合いが起こっていると生じる〝写し世〟の悲鳴のようなもの。
この現象が長く続いてしまうと、最悪の場合は霊災を引き起こし現実世界にも影響を与えかねない。
「(心くん……)」
誓の唯一の心配事は、たった一つ。〝鬼神〟の弟子である心だった。
心が午前中に外へ出た後、榊との何気ない会話の中で発覚した大問題を思い出す。
「誓、ワシは酒が入ると手加減ができん。
「……急に、なんです? どういうことですか? 改まって言わないで下さいよ、怖いですって」
「ワシゃ、隠し事が苦手だ。嘘も言えんし、黙ってるとムズムズしてくる。だから正直に言うぞ……あのな、ただの人間って脆っちぃだろ? ワシみてぇなのが酔った勢いで小突いてみろぉ。頭がなぁ……ドカーンとな? なるわけだろ?」
「え、まさか――――」
「いやぁ、心が何回も死ぬもんでな。もう面倒だからワシの血を与えちまった! がははは!……――――すまん」
最後に「テヘペロっ」と付け足した榊の顔。
たまたま榊の空けた酒瓶を回収しに来た九十九の「は? 聞いてないが?」と怒りを露わにした表情。
本来なら聞いてはいけない内容を聞かされた私たち癸家。
しかも驚くことに、
「(どんな前世を送ったら、こんなことに巻き込まれるのか……)」
もう考えることも嫌になった誓だったが、考えることを放棄することはできない立場だということ自覚している。
それでも今は、何もかもを忘れたい気持ちの方が勝っていた。
「既に変な安心感を覚えてしまってる……のはダメな事だっていうのにね」
自嘲してしまう。
何も知らない子に、時間稼ぎをお願いしてしまった自分に対して。
だが千年以上も生きてきて、弟子なんて取るような性格ではなかった
これは全く想像ができない自分が悪いだけだ、何を言っているんだと言われても仕方がないと思う。
でもやっぱり無理だった。
「……倒してる、なんてことはないよね?」
心の――――負ける姿が、全く想像できない。
それを助長するかのように、呪力の歪みが激しくなっていく。
もはや〝写し世〟全体を震わせるほどの衝撃だった。
「まぁ、この騒がしさが生きている証明か。とにかく、早く駆けつけることに越したことはない」
現在時刻、一月一日 零時五十分。
浮ついた気持ちがあるのも事実だが、それでもやはり心配が少し勝っているのか誓
の足も加速する。結局、弓削が作った『裏開扉』の前に到着したのは心と分かれて十分後のことだった。
一体何が起こっているのか……その答えは、ここに入れば分かる。
誓は黒い渦の中へと入っていき、その向こう側の景色に目を見開いた。
「……っ!!」
体から温度が抜け落ちいくような呪いの波動、洞窟のような空間には無数の裂け傷が刻まれ、血塗れになった心が弓削が作り出した呪塊の壁を豪快に殴り壊している姿が見えた。
「(まだ気付かれてない……最優先は――――)」
心の後ろには大勢の人たちが倒れている。
あの場所だけ異常に無傷ということは、本当に命がけで守っているのだろう。
まずは、人命確保。
「
手を握り合い構える――守護の手印。
倒れている人たちを全員結界で囲い、沖津宮にあらかじめ用意しておいた別の結界へと瞬時に移動させる。
唐突に心の背後にいた人たちが消えた瞬間、弓削が呪力を辿って、誓の方へ視線を向ける。しかし、心は驚くことはなかった。
人が消えたことなど知らずに視線を反らした弓削へ一気に近づく。呪力を使った身体強化の加速――――全く制御が効いていない速度だったが、心の飛び蹴りが弓削の腹部に突き刺さる。
そのまま壁へ激突した弓削に追撃することなく、心は振り返り自分の後ろにいた人たちの様子を見るが……
「心くん。君が守っていた人たちは、私が既に安全な場所へ移動したから心配いらないよ」
壁に激突した弓削の周りを囲むように、幾重にも重なる透明な壁が展開された。
「あ、誓さん」
ふぅ、そう一息ついた。
どうやら、無事に時間稼ぎはできたらしい。
誓がここに到着したことが分かると、体から力が急激に抜けていく。無我夢中だったからか一瞬だけ「今までなにしてたんだっけ?」と頭が困惑するほどだった。
どうやら、自分が思っているよりも全力だったらしく立っているのもやっとだ。
「…………」
誓は変わり果てた心の姿を見つめてしまう。
際限なく溢れ出している圧倒的な呪力。
赤黒い二本の鬼の角。
服はズタズタに引き裂かれ、露わになっている体には切り傷だらけで出血が激しい。それでも刺し傷や急所に傷がないところを見るに、心の凄まじさが改めて理解できた。
「誓さん?」
「……大丈夫だったかい?」
「あぁ、これっすか? 全然大丈夫っすよ。血が出てるだけで特にはって感じっすねー、師匠の手加減パンチの方が痛ぇっすから」
笑いながら言っているが、心の見た目は全く大丈夫ではない。
普通の人間だったら出血多量で気を失っている。
常日頃から榊と鍛錬している心だからこそ、立っていられるのだ。
「あはは、流石は榊様の弟子だね。でも取り敢えず、心くんも戻った方がいい。これだけやってくれたなら……すぐに終わる」
誓が向いた方向へ視線を移動すると、見るからに出られそうにない透明な箱が弓削のを閉じ込めていた。
何を言っているのか聞こえないが、弓削は箱の中で暴れまわる。
「あの透明な箱……あれなんです?」
「私が得意とする結界術というやつさ――――〝
結界術に閉じ込められた弓削に対して、十字を切る。
すると、結界術の中が白く輝き――――
「……すごっ」
跡形もなく、弓削の姿が消え去った。
あまりにも呆気なく。今の今までのことなど、まるでなかったかのように呆気なく事が終わった。
「まだ全て終わったとは限らないけどね、相手が相手だから。」
「でも一旦終わったっすんよね? 結界術かぁ……綺麗っすねー」
透明な分厚いガラス。
〝呪い〟が見える心の瞳には、結界術を扱う瞬間の誓や結界術にぼやけた黒い靄が映っていた。
「(変な感じだ……同じようで違う、いやじゃない)」
〝呪い〟とはまた違う異質な力を見たが、誓が発する何かに恐ろしさを感じることはなかった。
「ははは、これからもっと色んなものを見ることになるさ。さあ、心くんも移動しようか」
誓が電話ボックスほどの大きさの結界を作りだす。
「この中に入って。そしたら私が用意しておいた沖津宮の結界の中に移動する。そこで、ゆっくり休んでくれ」
「瞬間移動!? 男のロマンじゃないっすか! ……そんなことも出来るんだ、結界術ってスゲェー」
「ふふ、私のだけちょっと特別なんだ。しかし……改めて、よく頑張ったね。君は本当に凄いことをしたよ、心くん」
「……終わってみればって感じっすよねー。まっ、後悔はないっす」
「それが一番さ、まぁ……かなり無理はしたけどね。さっ、後は私に任せてくれ。君はしっかり休むんだよ、さぁ入って」
促されるまま、心は結界術の中へと一歩進んだ。
その瞬間、
「え?」
結界術の呪力に心の呪力が反応し、圧倒的な呪力に押し出されるように結界が膨張し破裂する。
誓が用意した結界が粉々に散っていくと、結界を
「んっ!?」
「あ、あはは……」
「心くん? 今のは一体……」
「俺にも詳しくは分からないんですけど、この黒いやつ……」
グッと拳に力を入れると、黒い炎のような呪力が燃え上がる。
「これが〝呪い〟に関するやつを全部消してくれるんですよ。物体なら少しは形を保ってるっぽいんすけど……」
ただ、今の結界もほんの少し耐えただけで消し炭となった。
「まさか……」
こういった特殊な力の正体を、誓は知っている。
極稀に存在するのだ。この世に存在しているものから、魂に霊障を与えられることで目を覚ます〝呪い〟が。
呼び方は人それぞれで加護と呼ぶ者もいるが、基本的にはその異質で特異な力を魂に刻まれた呪いとして――――『
「心くんはもしかしたら……陰陽師になるために生まれてきたのかもしれないね」
「言うほどなんすか? これ」
「とてつもない才能だよ、凄い才能だ。しかし困ったなぁ……これじゃ心くんは歩いて戻るしかない」
「……瞬間移動、したかったなぁ」
「お、落ち込みすぎじゃない? その力を使いこなすことができたら、きっと出来るようになるって」
「それなら良いんですけど……」
静まることがない背中の炎輪。
心の瞳だからこそ映し出される、まるで沸騰しているかのような印象を感じさせる呪力の動き。
ただの直感でしかないが、まだまだ変化があると感じていた。
「それじゃ、一旦ここから出ようか。この空間だと現世に戻る門を開けないんだ、外に出てから榊様の場所に直接送るよ」
「わかりました……あっ、この状態で出れますかね?」
「その時は心くんがその力を抑えないといけないね、安全な方法は……寝ることかなぁ」
「なら大丈夫っすね。今ならすぐに寝れそうだし」
少し離れた黒い渦の前に到着する二人。
先に目の前に到着した順番で、心から黒い渦に入っていった。
すると意外なことに黒い渦には簡単に通ることができ、何の違和感もなく洞窟から抜け出すことが出来た。
「(このキモい感覚は残ってるな……)」
服がボロボロなのも相まって、全身に小虫が這いずるような感触に鳥肌が立つ。本能が嫌がるような感触だ。
「やぁ、さっきぶりだね。少年」
「え?」
真横から聞き覚えのある声がし振り向いたと同時に、腹部から背中へ突き抜けるように無数の黒い刃が貫いた。
もはや痛みはない、背中にとてつもない熱を感じる。
急激に逆流してくる血のせいで体にある空気が外へ吐き出され、心の口から滝のように血を吹き出した。
「おいおい、まだ立てるのかよ。ホントに人間?」
「んぐっ……! ぎぃッ!」
「ん? なんでまだ死んでないのかって? 僕は三年も人間を研究してきたんだ、僕のスペアを作るなんて簡単さ。もしかして馬鹿だと思われてた?」
そのヘラヘラした面を最後に、視界が赤く滲みぼやける。
呼吸も出来ず意識も薄れてきた。
「(誓さんッ……!)」
「少年はよくやったよ。後は、しっかり休みな」
何も言えず、ただ力が抜けていく。
最後に見えた弓削の満面の笑みだけが、記憶にこびりつく。
「…………っぜぇ」
意識が眠りについた時、心の呼吸も止まった。
陰陽戦鬼 豚肉の加工品 @butanikunokakouhin
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