第15話 実感
生まれて始めての、多対一の戦闘。
視線が動かない、動きに反応を見せない、表情が一切変わらない。
普通の人間では出来るわけがない行動をしてくる化物。
そんな相手が、奥まで見渡して八人。
生まれてから十五年、同級生は女の子一人。年上は四歳上、年下は三歳下、先生や他の大人たちも全員優しく、平和な暮らしをしていた。
当然、喧嘩なんて一回もやったことはない。
そんな普通の中でも幸せな生活をしていた心が、こんな化物たちを相手に戦うことが出来るのか?
「……もう、いねぇな?」
結果は、
「(普通に勝っちゃったな……なんか体が勝手に動いてくれた、師匠のおかげだ――――ん? てことは、師匠ってとんでもなく強いのか?)」
榊の周りで唯一、心だけが未だに知らない事実。
かつて陰陽師たちから恐れられた、鬼の神と崇められるほどの人物。
その拳は山を砕き、その蹴りは海を割る。
武器も術も効かない〝呪い〟を喰らった、その人間の突然変異は恐れを込めてこう呼ばれた――――大妖 〝鬼神〟酒呑童子。
知らないとは言えど、そんな人物と殴り殴られの鍛錬を繰り返していたら強くならないわけがない。
「もしかして、俺って喧嘩強いのか?」
呼吸も乱れず、疲れもない。
当たり前のことだ。
たかが呪塊が何百と集まろうが、今の心なら死ぬことはない。
「……まっ、どうでもいっか」
合体山の頂上へ昇るために作られた、千を超える階段を見上げる。
一呼吸を挟んで一気に駆け上がっていくと、途中から〝呪い〟の方向が変わった。
無数に広がっていく〝呪い〟、その色が濃い方へ視線を向けると、ブラックホールのような黒い渦があった。
「こっちか」
獣道もなく、足元も悪い傾斜。
そんなことはお構いなく、心は木々を掻き分けて突き進む。
近づくに連れて吸い込まれるような感覚が強くなっていく黒い渦から目を離さずに、目の前まで到着する。
「絶対ここだ、ここにあいつがいる」
何で分かるのか、自分でも分からないという状態なのは分かる。
だが「ここにいるぞ」と直感が知らせている気がするだけだ。
「すぅー、ふぅ。……クッ!」
首に下げた黒いお守りを一度握ってから、黒い渦に手を突っ込む。
この〝呪い〟に触れるという行動は何度やっても気持ちが悪い。
蠢いた何かが肌を満遍なく這う感触が、心の腕、足……全身をその感触が通り抜けていき――――その先には、
「おっ、早いね~」
〝呪い〟に塗れた人間を片手で掴み上げる、弓削の姿があった。
「(何して――――)」
「転化」
弓削が掴み上げた人間に〝呪い〟を流し込むと、胸元からじわじわと呪いが侵食していき体が次第に真っ黒に変わる。
「うんうん、上出来」
そのまま手を話すと、心の方へ感情のない顔が向いた。
「見てくれたかい? 少年。僕が陰陽師だったとき式神術っていうのが得意でね。あれは物体に呪力を与えることで操作する術なんだけどさ、その応用で今は人をそのまま呪塊に変えることが出来るんだ。ちなみに、君が祓ってきたものはこうやって作ってたんだよ」
「……あっそ」
「あれ? 意外と冷静だね。普通だったらもっと取り乱すのに。それに、ついさっきより雰囲気が刺々しいね~、お兄さん悲しいよ」
「……っ」
冷静なわけがない。
今も自分の鼓動で周りの音が聞こえにくいほどの緊張と焦燥の狭間にいる。
「それとも、元から薄情な人間なのかな? これだって見たことがあるやつだろう? だって開拓地の人間だもの」
一切の挙動がない、まるで置物になってしまったかのように立っている人物へと視線を向ける。
「(あぁ、見たことあるよ……)」
早朝に犬の散歩をしてるおじちゃんだ。
たまに飲み物を貰うし、正月になるとお年玉をくれたりもした。
名前は知らないけど記憶には確かに存在してる人物だ。
「うーん、落ち着いてるなー……」
〝呪い〟の力か、〝呪力〟の力か。
どちらかはっきりと判断は出来ないが、さっきの出来事を思い出す。
あの時、確かに〝呪い〟を取り込んで暴走していた。
ただ……何が起こったのか、今の少年には〝呪い〟の痕跡はない。綺麗になくなっているどころか、ますます得たいの知れない力が膨れ上がっている気がする。
「(でも、まだまだ子供。立ち上がれないような絶望を与えた時、少年はきっと良い呪いを出汁のように出してくれるだろう――――あぁ……ダメだぁ、勿体ぶるのは僕が我慢できなくなりそう)」
目標は変わらず癸 誓。
既に沖津宮に召喚した呪塊は祓われ、結界術を使って守られてしまっている。
こちらに到着するのは時間の問題だろう。
だから、さっさと〝呪い〟を取り込まないといけないのに――――
「あ、そう言えば君はどうしてここへ来たんだい?」
人を弄ぶのが楽しくて仕方ない。
「…………」
「……ホント、口数が少なくなっちゃって。まぁ、それでも良いんだよ? 言葉に出したくないことっては、触れてほしくないって言ってるようなもんだ。まだまだ子供だもん。素直に教えたくないよね?」
山を雑に刳り貫いて作られたような広い洞窟に「パァン」と響き渡る拍手の音。それが合図となって現れた無数の黒い渦。
「気持ちは分かるよ、僕と似てるから。だからこそ……君が大事にしてるものが手に取るように分かる」
その黒い渦から現れたのは、大量の人型呪塊。
洞窟の半分が埋め尽くされるほどの人数で、同じが顔が何人もいた。
「ぁ…………」
その中には当然、心が大事だと言っている人もいて――――
「ふふ、く、ぷくっ、あははは!」
弓削の嫌に響く、綺麗な笑い声が聞こえる。
「良いよ、少年! その顔だよ!!」
心の耳には弓削の声が遠くなる。
何か言っている……ただ、脳が意味を捉えようとしない。
そんなことよりも、今は目の前に並ぶ能面が目に焼き付く。
「親父……姉さん……先生……委員長――――」
黒い。
もう遅かった。
今までの日常も生活も、全部元には戻らない。
唯一の希望だったものが急になくなっていく感覚が、心の思考を黒く染めていく。体に力も入らない、何をすればいいのか分からない。
幸せや希望を一瞬で失う落差、その絶望がより強い感情を生み〝呪い〟へと変換されていく。
「(俺……何しに来たんだっけ?)」
「良いぃ呪いだぁ! 素晴らしいよ少年! 一体何人分の〝呪い〟だい、これは」
弓削が高笑いするほどの強烈な〝呪い〟が心から生み出される。
絶望、虚無感、混乱、怒り、様々な負の感情。
呪呑者にとってはこれ以上ない至福の瞬間だった。
「あぁ、満たされていく……〝写し世〟が強い感情で満たされていくよ。ありがとう、少年。これでまた歴史に名を刻むために歩み出せる」
満たされた〝呪い〟を操って黒い渦を作り出し、放心状態の心のもとへと一瞬で移動する。
「少年、僕は君のことを忘れないからね。これからも僕の呪塊として永遠に生きていってくれ」
人間を呪塊に変える呪法『転化』。
〝呪い〟を全身に満遍なく浸透させることで、人間を呪い殺すことから始める呪法。それを行うために心へと手を伸ばした弓削は、手の平を心の胸元へピタリと貼り付けた。
「あ、そうだ。感謝してくれよ? 家族と一緒にしてあげるんだからさ」
じわりと心の胸元から黒く滲んでいく。
〝呪い〟が毛細血管すらも黒く染め、次第に心の体が変色していく。
頭部、四肢までもが黒く染まっていき、最後に自分が操るために式神術を体へと刻み込もうとしたその時――――黒い波動が舞い散った。
「ん? また祓われてる……祓われてる?」
まるで火花のように散った呪力が弓削の手に触れた時、肌がじりじりと焼けていくような感覚があり手を離す。
〝呪い〟で満たされた存在を祓うことは難しい。結局、呪呑者や呪塊が扱う〝呪い〟は、その呪いから転じて生まれる〝呪力〟でしか祓うことは出来ないからだ。
今の弓削の存在は、こんな簡単に祓われるようなものではない。その自負がある。
故に混乱した――――何で祓われているんだ?と。
しかし、ゆっくりと考えている暇はなかった。
心の体から黒い炎が勢い良く広がり、召喚した人型呪塊ごと全て巻き込んでいく。
「……おっ、とっと」
弓削は黒い渦を生み出し、その中へ避難する。
〝写し世〟の影へと身を潜めた弓削は、下から心の姿を観察した。
「おいおい……なんだい? それは」
誓が心を迎えに行った時に見た、黒い炎の光背。
周りに漂う〝呪い〟を取り込むと強く燃え上がり、黒い炎の力が増しているように見て取れる。
その炎に気を取られていると、心の体が前に動き出す。
「どこへ――――」
下から目線で心の行動を追っていくと、弓削はあることに気が付いた。
「……どうして祓われていない?」
心が向かう先にいたのは、大勢の人型呪塊。
ただ疑問だけが残る。
呪呑者である自分の体は心の一撃で祓われた。たった今も、触れただけでまとっていた〝呪い〟が霧散していくのを確認した。
つまり、彼から発せられた〝呪い〟か〝呪力〟か分からない何かに呪いが触れるということは、存在がなくなると同義なはずだ。
「親父……姉さん……先生……委員長」
人型呪塊の前に到着した時、驚くことに〝呪い〟だけが人の体から放出され綺麗に霧散していく。
そして、その霧散していった〝呪い〟は心のもとへと吸収され――――心の背で回る黒い炎の輪から、呪力の波動が吹き荒れた。
「(……冗談じゃないぞ。僕の〝呪い〟が――――)」
三年間、密かに積み上げてきたもの。
それを簡単に破壊してしまう存在が現れた。その危機感に焦らされて、影の中から飛び出した。
そして違和感のある、心の第一声に眉を寄せる。
「……良かったぁ。助かったぜ、教えてくれて」
「一体、誰に感謝をしているんだい? 少年」
余裕がなくなっていき、絞り出すように出た声。
弓削の様子から見て取れるのは危機感ではない。
理解ができないという不安と、得体が知れないという恐怖だ。
しかし、仕方ないと思うのは弓削だけじゃないかもしれない。誓も願も祈も榊も、この場にいたら声が詰まってしまったことだろう。
「誰って……」
振り返った心。
真っ先に目に止まったのは額に現れた、鬼のような禍々しく力強さを感じさせる赤黒い角。
呪力を舞い散らせながら背の裏でゆらゆらと陽炎を放つ、黒炎の輪。
「……そういえば、誰だろうなぁ」
そして、金色に変色した両目が弓削を捉えた。
「……ッ!? 誤算だった、鬼の血を引いていたのか!!」
「鬼……? 鬼??」
何を言ってんだ? と困惑している表情と支離滅裂な不安定さを見せる心だったが、弓削は緊張を解かなかった。
この状態をよく知っているからだ。
「〝呪い〟で目を覚ましたか! 少年! でも――――」
〝呪い〟によって人が変わる瞬間の、意識の混濁。
呪呑者の初期症状のようなもので、自我が薄れていくのは分かるのに、何が起こっているか把握する能力がなくなっていく感覚だ。
ただ、それは大きな隙になる。つまり〝呪い〟と混じる前に殺しきればいいだけ。
「この場所で僕より目立とうとするやつは死んでくれ! ここは僕が名を刻むために用意した場所だからさ!!」
影を移動する『影歩の術』。
それを〝写し世〟を操作できる
前回のような油断や慢心はない。
確実に心を殺すために、大量の
「…………」
呆然と、静かに黒い渦を眺める。
影に入った弓削はどこから攻撃を仕掛けるのか分からない。しかし、心には〝呪い〟を知覚する瞳がある。
瞬時に〝呪い〟の動きを把握し――――
「……っ!?」
弓削が黒い渦から飛び出した瞬間に、自分に出せる最大限の力で飛び出して来た顔面を殴り飛ばす。
その鈍痛に声を出すことも叶わず弾き飛ばされた弓削は、地面で擦り下ろされそうになっている背の後ろに黒い渦を出して衝撃を回避し、顔を抑えながらもすぐに体制を立て直す。
「……何者だ」
軽薄な印象を与えるような声音ではなく、喉の根本から出たかのような低い声。
編むように手印を組んだ弓削の様子にもう余裕はなかった。
そんな弓削など気にもしない様子で、心は間を置いて返答した。
「そう言えば、言ってなかったか? 俺は鏑木 心……」
肩の力を抜き、足を肩幅よりも少し狭く開く。
重心の意識を下腹部へ、手は一番重心を感じ腰よりも少し上へ構える。
「お前から、大事な人を取り返しに来たんだよ……!」
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