第14話 呪いに呑まれし者
沖ノ連島では程良く耳にする観光名所。
島と島が衝突したことで大地が捲れ上がり生まれた、世にも奇妙な光景。
果たしてそれを山と呼んでもいいのか分からないが、漠然と自然を感じられる神秘的でもあるその光景が、旅行者たちの間で観光地となっていた。
「
だが、その実は違う。
これは、過去に沖ノ連島〝写し世〟で激しい戦いが起こったことで、現実にも影響が出てしまった、〝呪い〟が生んだ災害の跡地である。
つまり、負の感情――――〝呪いの集合体〟。
呪いを取り込んだ者にとって、これほど力が発揮される場所はない。
「くそっ! くそくそくそ……クッソ!! なんで元に戻らない!?」
呪呑者 『弓削 道金』は、自分の鳩尾を掻きむしりながら叫び散らす。
心と対峙してから少し時間が経った。くらった攻撃はたった一発、意表を突いたはずだった一撃にカウンターをもらってしまった。
的確に人体の急所に突き刺してきた拳は、一瞬内蔵が口から吐き出されるかと思うほどだったが、ここが自分に有利である〝写し世〟だったためすぐに状態は元に戻った。
しかし、形が戻っただけ。
本当に戻ってこないといけないものが、弓削の体に戻っていなかった。
それが今の力の根源である――――〝呪い〟だ。
「あの一撃で祓われた……? あれは陰陽師でも何でもない、ただの一般人じゃなかったのか……? 」
呪力の扱い方は出鱈目、出力も不安定。
あの時、確かに負の感情に呑まれ自我が不安定だった。だから〝呪い〟への耐性もほとんど鍛えられてない。
考えれば考えるだけ、あの少年に対して分からない。
「……あれはなんだ、どうやって三年も僕から身を隠して――――チッ、やっぱりあの少年のせいで星見鏡水が反応していたか……癸 誓が来てしまったな」
呪呑者になってから、陰陽師が持つ呪力をより一層感じ取れるようになっていた弓削は、誓が〝写し世〟へ訪れたことを把握する。
「だが、ここは既に僕の庭だ……」
呪呑者の力の一つ、〝写し世〟の操作。
〝呪い〟が蔓延するこの世界で、呪呑者は動ける範囲が広い。
建物の操作や大地の変動などは出来ないが、呪塊を召喚したり移動することが可能であり、式神術の使い手でもある弓削にとって自らの〝呪い〟で創造したものを操るなど造作もないことだった。
「呪法『
大量の呪塊を沖津宮に作り出し、癸 誓を足止めする。
当然、ただの呪塊ではない。人間を攫い、人間を解体し、人間の構造を理解し、人間を研究して改良に改良を加えた〝呪い〟を操る人型の呪塊。自然に生まれる呪塊と比べるまでもないほど強い呪塊だ。
これは癸 誓の役割、その性質を利用した作戦。
これがどれくらい時間稼ぎになるか分からないが、少なくともここへ来るのは遅くなるなるはず。それまでに少しでも多くの〝呪い〟を取り込んでおかねばならない。
「初めて見るだろし、少しは
今の僕なら結界術の極み、その至高に……どこまで喰らいつけるか。
少し楽しみな自分もいる……。
〝呪い〟を取り込んで、人間の域を超えた弓削の口元がぐにゃりと歪む。
「ここで癸を落としたらぁ……成長できたってことだよな」
昔なら手も足も出ない存在だった。
そんな雲の上に立つ者に「届くかもしれない」と考えられるだけの自信がついた。
それだけ自分の強さに自覚が出てきた……と思っている、慢心。
だが、こんな慢心すらも肯定している根拠のない自信が気持ちがいい。
「(……あぁ、近づいてる。確実に近づけているぞ)」
勝てる可能性がないに等しい相手だった者に着実に近づいている。
純粋な生物の負の感情、これが〝呪い〟の力。
世界をこの力で満たすことができれば、自分は陰陽師の歴史に名を刻むことになるだろう。偵察部隊の下っ端としてではなく、恐怖の象徴として。
「僕はしっかり準備をしていたぞ癸 誓。
誓の呪力が動いている。
方向は沖津宮、しっかりとこの場所から離れて行っている。
霊災の跡地であるこの山へ向かってくる途中にも、大量の呪塊を待機させているため時間はある程度確保できている。
だから今は回復に――――
「ん?」
待機させていた呪塊が一体……また一体と急に祓われていってる。
しかも、各個撃破で瞬く間に十体以上も祓われた。
「おいおい……まさか、ここ一帯の呪塊を一気に祓う気じゃ――――」
確かに、癸 誓なら結界術を使えば簡単にできる。
ただ今は新年に入る大切な時期、この島全体に結界を作り出しているのに、更に〝写し世〟まで囲うなんてことをすれば、この儀式を一人で行っている癸 誓ならどうなるか分かっているだろう。現実世界の結界が不安定になるのは明白だ。
「じゃぁ、一体誰が……仕方ない」
信じられない速さで呪塊を祓いながら、迫りくる
これ以上、予想外なことが起こると対応できない。
その事実を仕方なく受け止め、〝呪い〟によって変異した偵察用の式神呪塊を放って様子を確認しに行くと、その正体不明を見つけた。
「っ……少年? どういうことだ、どうして癸 誓と一緒にここに来た!?」
陰陽師ではない者を癸 誓が連れて来たことにも驚いたが、それよりも〝写し世〟で単独行動していることに驚く。
あの時、完全に心が壊れたはずだ。そうじゃないなら、あれほど〝呪い〟を取り込めるわけがない。もう終わったと思ったから、僕は何もしないであの場から離れたのに……どういうことだ。
「……考えても仕方ない。少年に関して言えば、冷静に考えれば――――こっちが有利だ」
何があっても覆らない、戦闘という経験の差。
何よりも、こちらには少年の心を破壊する
一般人よりも少し強い程度の人間が僕に勝利する可能性はない。例え、呪いを祓うことが出来たとしてもだ。
「そう言えば、あの少年の一撃だったな……」
未だに満たされない、空白となった鳩尾を見る。
「だた良い〝呪い〟を出していた……あの少年に祓われたものは、あの少年で補えばいいか」
敵は癸 誓、ただ一人。
三年費やしたこの
楽しみ、期待、嬉しさ、大切に守ってきたものを破壊する興奮。
その歪んだ欲望の全てがぐちゃぐちゃに入り混じった高揚感が、弓削に〝呪い〟という力を更に与える。
この島を拠点に全てを飲み込んでいく、今はそれ以外に考えることはない。
「ここからが僕の始まりだ」
◆
弓削が式神呪塊を放つ数分前――――
誓と分かれて直感の赴くままに〝写し世〟を全力で走った心は、ようやく終着点が見える場所に立っていた。
「合体山……」
願とここへ辿り着いた時はただ真っ黒な山にしか見えなかった、ただ今は何か違う。近づけば近づくほど神経がムズムズするような気色悪い雰囲気が漂っているのが分かった。
現実世界の時も師匠から行くなと言われたから、遠くから見たことがある程度の山だったが……確かにこれは行きたくない。
禍々しいほどの黒、子供の頃のトラウマを刺激されているのか体が小刻みに震えていた。
「…………」
強く拳を握って、震える体に活を入れる。
やることは変わっていない。危険なのは分かっている。
ただ……恐怖にも、痛みにも、屈する気はない。
師匠と出会った時から言われている言葉を何度も反芻する。
「目に見えないもの屈しない」
その言葉を勇気に、心は真っ直ぐ霊災の跡地である合体山に向かって走る。
開拓地から大分離れ、人があまり住んでいない場所に入った。
観光名所ではあるため商売をしている者くらいしか住んでいる人はいないため、二階建ての建物が少なく見晴らしが良く、人影もないため解放感を少し感じる。
真っ直ぐ進んで行けば、合体山の頂上へ向かうための長い階段が見えてくる。そこが心の向かう場所であり、〝呪い〟が集中的に集まっている場所でもあった。
「……黒い」
真っ直ぐ行けばいい、それだけで辿り着く。
そう思っていたが心の足が止まった。
理由は簡単だ。目に映る〝呪い〟が留まるように浮遊していたり、一定の場所に漂っていたりと、とにかく〝呪い〟に動きが見える。
この光景には昨日今日と、かなり見た。
「(なんか近くにいる――――)」
こういう時には、必ず呪塊が出現していた。
この〝呪い〟の動きに意味がなかったことはない。
いつでも体が動くように、重心を足元に落としすぎないよう警戒して歩いた。
「……えっ!?」
ただ、呆気に取られるような光景だった。
が曲がり角から何食わぬ顔で作業服姿の男性が現れたのだ、警戒していた心も流石に声が漏れた。
しかし、そんなことも束の間。
男性の首が捻じれ感情を読み取れない真っ黒な瞳孔が心を向き、こちらへ走って来た。
「(え、速くね?)」
速さは人間の域を超え、建物の壁などを使って縦横無尽に駆け回りながら移動している。あまりにも人間離れしているその動きに、一瞬頭が真っ白になるが――――
「(いや、落ち着け)」
〝呪い〟を見ることが出来る心の瞳には、その人間が人間ではないことがはっきりと見えていた。
相手は人の形をしているだけでの化物、どんな行動してこようと普通の常識と当てはめて考えれば、その想定外の動きに後手を取ってしまう。
「(ふぅ……よく見れば――――)」
記憶に新しい。
目の前で真っ黒な家族が呪塊になる姿がフラッシュバックする。
でも、今は怖くない、
今日ほど〝呪い〟が見える瞳を持っていて良かったと思う日はない。
「師匠の拳より、よく見える」
呪塊が間合いに入ったことを感覚的に捉えた時、心の体は既に反応していた。
相手は宙に浮いた状態、動きは蹴り、狙いは首元。
頭を下げて蹴りを躱し、一瞬だけがら空きになった胴体に向かって鋭く拳を振り抜いた。
約十年、無意識に〝呪い〟を祓ってきた感覚が手助けした一撃が、呪塊を突き刺さると肉の感触を確かに感じながら、黒い霧となって〝写し世〟へ舞い上がった。
「……感触が違う」
願の時に出会った呪塊の感触と、今の呪塊では全く違う。
今のは完全に人間の感触だった。
肉が弾み、骨もあった。
「見つけた」
「誰だ」
「人間だ」
「危険だ」
「殺すか」
「殺そう」
一体の呪塊を祓うと、ぞろぞろと現れる人影。
表情は一切変わらず、声音は淡々とし、背筋に虫が這ったかのような嫌な不気味さを感じさせた。
「……知った顔はいねぇな」
それなら問題ないと、拳を強く握る。
「押し通る」
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