第13話 資格と才能
〝写し世〟に入った誓と心は、既に動き始めていた。
「こっちっす!」
心が走る。
その背中を追って、誓が周りを警戒する。
一人で全てに対応可能な誓がいるからこそ出来る、誓頼りのツーマンセルだったが意外にもその姿は様になっていた。
「真っ黒……こっちか」
心の視界に映る、呪いの道標が進むべき方向を示す。
〝写し世〟では〝呪い〟が可視化されるため、自分に見えている景色と同じものを誓も見えていると思っていた心だったが、そうではなかった。
現実世界でも〝呪い〟が見えている特殊な体質。
それだけだと思われていたが、心の瞳にはやはり特殊な力が備わっている。
「(なんと言うべきか、呪いそのものを捉えることができる力。陰陽師であれば全員が欲しがるような力だ……)」
まるで、呪いに導かれているようにも見えるし、逆に呪いのもとへ導いてくれているようにも見える。前者であれば問題だが、後者であれば陰陽師としてこの上ない力だ。
呪いに惑わされいるのか、呪いを祓うために導いてくれているのか……。
表裏一体の魔眼。
果たして、この力が心にどのような影響を及ぼしているのか心も誓にも予想はできない。
「(しかし……物凄いな、心くんは)」
その方向に全力で走っていく心の背中を見て、誓は思う。
身体能力が良いという次元じゃない。
何をどうやったら、出力が呪力で強化された身体と同等のスペックになる?
榊様も心くんも「ただ鍛えただけ」と答えるだろうが、それは違うと断言できる。これは明らかに鍛えただけでは到達できない身体能力だ。
「(榊様は適当だから信用はできないし……弟子の心くんも十年近く一緒にいたからか、榊様の良くない部分も一緒に学んでしまってる。九十九様は週末にしか帰ってないから何をやってるのか分からないと仰っていたし)」
榊様はとんでもないことを仕出かしてる可能性が常にある。
九十九様が見ている間は普通に鍛えているとは思うけど……見ていない時の二人をどうも信用できない。
「……はぁ」
「どうしました? 疲れました?」
「あ、いや、そうじゃないんだ。ただ心配事が増える一方でね……」
「親父と似たようなこと言ってますねー。そういう時は胃薬ってのが効くらしいっすよ? 月に一回くらい親父も飲んでました」
「心くんのお父様も大変な思いをしてるってことさ」
「まぁ、結構心配かけちゃってますしねー。やっぱ子供が怪我したりすると、親って心配なもんなんすか?」
「当然さ。怪我するってことは、それだけ危険なことをしているってことだからね。自分の知らないところで危ない事をしてるって……想像しただけで胃がキリキリするよ」
「……なんか、今になって申し訳なくなってきました」
毎日のように師匠のところに行って、毎日どこかしら怪我をして帰って来ていた。何回「やめてもいいんじゃない?」と言われたか分からないほどだ、かなり心配をかけてしまっていたのだと今更になって気が付く。
「――――ん?」
「どうかしたかい?」
走りながら逐一周りを確認していた心が、急に立ち止まる。
それは何故か。
「あっちの方向って……確か神社あったっすよね?」
黒く薄い線が束になって、一本の黒い線になっている。
それが急に色々な箇所に見えるようになった。
「あっちは対馬の本島行きの船場……あっちは合体山……全部真っ黒っす」
似たような景色は記憶に新しい。
願と一緒に〝写し世〟に引きずり込まれた時、合体山で見た景色と似ている。
至る所に〝呪い〟が散りばめられ、何故か分からないが体調が悪くなる。
「心くんは大丈夫かい? 一度、気を失っているんだろう?」
「今は大丈夫っす。ただ気分は良くないっすね……なんか、テンションを無理やり下げられているような感じっす」
〝呪い〟の根源は生物の負の感情。
簡単に言えば、あらゆる嫌な気持ちの集合体のようなものだ。
それを直接生身で浴び続けているため、具合が悪くなったり気分が最悪になるわけだ。普通なら一分も正気を保っていられない。
陰陽師たちの訓練でも同じようなことをして、〝呪いの耐性〟を見たり鍛えたりするものがあるが心くんの場合は呪力を操ることが出来ないため一般人と変わらない。
それでも「テンションが下がる」で済んでいるんだから驚きだ。
「何か異常が起こってからでは遅いから正直に言うんだよ? 今の心くんは呪力で強化してないから危険な状態だ。例えるなら、効果の分からない薬を飲まされて実験されている動物みたいなね」
「いや怖っ! なんすかその例え……というか、どうするんすか? 俺は一直線にあいつの所に進みたいっすけど……」
「示す場所が沖ノ連島の重要な場所、しかも一つは沖津宮か。陽動か、分散か……もしそれが狙いだったら、私たち……いや、私の動きを把握されていることになる。心くんと別行動してほしいって言ってるかのようだね」
「どうします? あいつ現実世界にも行けるっすよ? 俺が朝に出ていった後、海岸沿いであいつに会いましたし」
「うえ!? 会ったの??」
「はい、会いましたよ? これ言ってました……よね?」
「いやいや、言ってないよ??」
「言ってなかったっすか? それはごめんなさい」
「……ま、まぁ、それは今のところ置いとこうか。問題はそれじゃない」
しかし、流石は元陰陽師だ。
今日が一月一日だと言うことを把握した上で、的確に私だけを誘導しようとしている。それに相手は式神術の名手である〝弓削家〟の家系、そう考えると妨害の手段はいくらでも考えられる。特に、現実世界にも行けるという点が厄介だ。
「何回も言いますけど、俺の心配は御無用っすよ」
「……心配もそうだけど、それだけじゃないんだ。心くんは知らなくて当然だけど、私は陰陽師として大事なルールを破ってしまっている。でもルールを破っている以上、絶対に、何があっても守らなければならないことがある。それは、君を必ず生きて返すことだ」
心くんの現状は特殊も特殊。運が良いのか悪いのか、榊様と出会ったことで普通では得られないような力を手に入れてしまった。
環境、才能、努力、たまたま重なって上手くいっているが、これは心くんに〝呪い〟が見えるという不幸があってこそ。しかし本来、〝呪い〟が関わることに巻き込まれて普通で生活できていることが異常なことだ。
心くん以外の人が心くんのような立場だった場合、間違いなくこんなことになっていない。
こういうことに巻き込まれる子供や大人は少ないが、いるにはいる。
しかし、その全てが普通ではいられなくなってしまうのも知っている。
「でも、俺がもし生きてたとして……家族が死んだってことを聞いたら死にたくなりますよ。それって俺にとって逆に不幸っすよ。考えたくもないけど、きっと良くない気持ちで一杯になります……」
「だからって――――」
「どうでもいいんすよ、陰陽師のルールとか誓さんの思いとか。俺がやれるかやれないか、それだけなんです。これが俺の、後悔のない選択肢」
家族を助けなれなければ、生きている意味はない。
そのために必要なことがあるのなら何でもする。
そんな単純で純粋な思いだけで――――今、この場所に存在している。
「……すごいな」
どうやったら、心くんのような育ち方をするのか。
人や環境で性格が決まるなんて言われたりもするが、それでもここまで迷いのない人には育たないだろう。
「え? そ、そうっすか?」
「うん、本当に凄い。子供の育て方を心くんのご両親に聞きたい、是非教えてもらいたいよ」
「なんすかそれ、それなら年明けにうちに遊びに来たらいいじゃないっすか」
「ふふっ、そうするとしようかな」
子供だからと、その覚悟を舐めていた。
心くんの性格から、その言動を甘く見ていた。
考えや策はないかもしれない。気分が昂ってやけくそになっているんだと勝手に思い込んで、何度もしつこく心くんを止めようと――――全く、私も厄介なおじさんになったものだ。
私が心くんの何を知った気になっているんだ。
「あ、誓さん。そっち神社の方っすよ?」
「今回は榊様と心くんの覚悟を信じることにしたよ。だから私はこっち、現実世界を行き来することが出来るとなると願と祈が心配だからね。心くんは弓削の場所へ向かってくれ、場所は分かるんだろう?」
「分かるっていうか……伝わってくるというか……」
「なら良いよ。私も後でそっちに向かうから、任せたよ」
「急にどうしたんすか?」
「いやぁ、もう時間もないしね。ルールを破ることに抵抗はあるけど、私は心くんを一人の陰陽師として扱うことにしただけさ。というわけで、二手に別れよう」
「…………」
「ははは! 私が到着するまでに倒してしまっても構わないからね~」
急に態度を変えて、尋常じゃない速度で神社の方へ走って駆けていく誓の後ろ姿を見送る。
「……誓さん、酒でも呑んだのかな? あんだけ反対してたのに、急に任せるってどういうこと? ……まぁ、いっか」
空に浮かぶ〝呪い〟に視線を向ける。
三方向に伸びる黒い線。
一つは沖津宮へ、一つは対馬方面へ真っ直ぐと、一つは合体山へ向かっている。
その中で一番〝
「俺のやることは変わらないしな」
やることは一点のみ。
自分の家族を〝写し世〟から助け出すこと。
その強い意思に呼応するように、心も走り出す。
目指すは――過去の霊災跡地、沖ノ連島〝写し世〟の呪いの総本山であった。
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