第12話 後悔しない選択肢 四
漆黒の呪力が輪をなし、心の背で循環している。
その呪力の輪からは黒い陽炎が放たれており、心を中心に周囲の〝呪い〟を祓い続けていた。
尋常じゃない呪力を放つ心の姿は畏怖すら感じ取れるほどだったが、一向に止む気配のない呪力の波動……その理由は、心が抱える一人の女性にありそうだった。
「(あの女性を守ろうと……あの女性だけ〝写し世〟にいるにも関わらず、呪いの影響を一切受けてない)」
「……誓さん?」
あまり感情が伝わってこない抑揚のない声音。何かに取り憑かれたようにも見える心が、ゆっくりと誓へ振り向く。
「……!」
誓に気が付いた心の存在は、完全に呪力を帯びていた。
それも外側だけではなく内部まで。もはやその存在は〝呪い〟と変わらないほどにも思えるが、近くにいる人間に悪影響を与えていないことを考えると呪力として制御できる。
元々呪いが見えるという特殊な体質だが……理由はそれだけではない気がした。
「心くん、大丈夫かい? 」
「俺は……大丈夫っす。でも母さんが目を覚まさない……姉さんも親父がいない。場所は分かってるんです。俺が、俺が助けないと」
嫌な熱だ……。
自分の家族を守り助けるために執着している、負の熱。
ただ、その気持は共感はできる。
「大丈夫、心くんのお母さんは私が回復させてみせるよ。まずは一旦帰ろう、いつまでもお母さんをここにいさせるのは良くない」
「え? 帰れるんですか? 助かるんですか?」
「もちろんさ、今回は私がいるからね」
「そうですか……なら……良か――――った……」
「心くん!?」
大事に母親を抱きしめながら気を失った心に、誓はすぐさま近づいた。
そして改めて、この黒い炎のような呪力の存在に気付かされる。
「(え、呪力が――――)」
心に近づいた瞬間、身体強化で使っていた呪力がジリジリと焼かれ始める。
呪力が編み込まれている戦闘服もそうだ。燃えているというよりも、焼き尽くされそうになっている。
「……これは――――はぁ、なんてことだ。もう考えが追いつかない……これを、榊様は知っているんだろうか……」
榊様が特別弟子にした子供、適当な振る舞いをしていても見る目は確かだから、ただの一般人ではないはないと思っていたが……これは。
初めての〝写し世〟で呪塊を祓うために戦ったと聞いて驚いたが、この様子だとまだまだ深堀ることができそうだ。
その証拠に、この特殊な呪力。
呪力を消滅……いや、祓い続ける呪力なんて見たことも聞いたこともない。
「(……いや、これ以上考えても仕方ない。今はまず心くんたちを安全な場所へ連れて帰ろう)」
大量の血痕、充満する血の匂い、複数の足跡。
それだけでも何か問題が起こっているのは分かる。
心くんが目覚め次第、聞かないといけないことが山程ある。
「
繋ぐ場所は榊様のいる場所。
失礼を承知で真夜中にお邪魔させてもらおう、恐らくこの異常事態で目を覚ましていることだろう。
◆
十二月三十一日 二十三時二十分。
空間が歪み、癸の家紋である「兎」と「十」が浮かび上がり呪力の扉が開かれる。
開かれた場所は「神木古武術」道場――〝鬼神〟と〝変幻〟が住まう、陰陽庁が最重要規定を作る歴史的にも大事な場所だった。
「ん? 誓か?」
縁側で酒瓶を呷りながら、月を見ていた榊が振り返った。
隣で榊に寄り添っていた九十九も遅れて静かに振り返る。
すると、そこには――――
「お、重い……」
結界術で人を運びながら、心を抱える誓が現れた。
「おいお前、どーしたそれ」
「て、手伝いを、お願いしても?」
まるで石像のように形を保ったまま気を失っている心。
結界術で守られながら運ばれてきた女性。
〝写し世〟から帰って来て、一切何も変わっていない誓。
この三人を見て榊は珍しく眉を細めた。
「九十九、まずはあの女を手当てしてくれ。あれは心の母親だ」
「……分かりました」
誓が運んできた心の様子を眺めると、随分と無茶したのが分かる。
外側でも内側でも呪力が暴れ回っているのはそうだが、一番は肉体が硬直したまま眠っていることだ。
このままでは身体に影響があると判断し、榊は心の体に手を当てて強い衝撃を流し込む。すると、心の体から力が抜けていき榊が受け止めた。
「助かりました」
「おい……こりゃどうなってる」
心を横にさせた榊が、低い声音で呟くように誓に聞いた。
「私にも何が何だか……星見鏡水に異変があり〝写し世〟に行ってみたところ、心くんが母親を抱いたまま限界を迎えていた……という状況でした」
「……体の限界も迎えてるし、完全に呪力が覚醒してやがる。当然だが、心は自分で〝写し世〟には行けねぇ」
「連れて行かれたってことですか?」
「そういうことになるだろうなぁ……心の母親が〝写し世〟にいるってのも、おかしな話だ。こりゃ――面倒なのがいるなぁ」
「ですが、沖ノ連島に異常はありませんでしたよ? 各所全て確認済みです」
「だから面倒なやつがいるっつってんだよ。お前の結界があって、星見の術があって、それでも欺ける野郎がよぉ」
陰陽師で一番の結界術を施された沖ノ連島。
加えて〝写し世〟の呪力を感知する星見鏡水を設置してあり、守護者現着。
条件として、呪いが好き勝手できるような場所ではない。
その〝写し世〟から一般人を攫うことが出来る意思のある使い手と考えた時、まず間違いなく呪術の類を扱える曲者であることが分かる。
「っ!? まさか――――
「まぁ、それも可能性の一つだ。霊災があった場所ってのは何が起こるか分からんもんだしな、今更異常があったとこで驚きはしねぇ。ただ、心を狙うってんなら話は別だ……」
ぐにゃりと周りが歪むほどの呪力の圧。
榊の体に呪力が巡り、黒い入れ墨のようになって現れ始める。
「お待ち下さい! 力を解放されたとなれば、流石に私では庇いきれませんよ! それに……晴明様との契約を破ってしまえば、榊様にも罰が下ります」
もう少しで本当に力を解放しかけていた榊だったが、晴明という名を出され次第に体から黒い入れ墨が消えていく。
「……チッ、オレ様なら一瞬で終わるってのによぉ」
「そうであっても落ち着いて下さい」
「ならどうすんだ? 何も分からんやつを追っかけてる暇はお前にねぇだろ。本当に呪呑者だった場合、ワシかお前が対処するしかねえぞ」
「っ……――――」
真夜中の静寂に包まれた二人の空間に人の葛藤。
時間経過で言えば数秒だが、体感時間は数分にも感じられた。
それほど誓の脳裏に考えが巡ったということだ。しかし、一向に解決策という光が見えない。
理由は多々あるが、一番は今日が新年を迎える日であることだ。
陰陽師にとって、〝呪い〟にとって、新年というのは大きな意味を持つ。
儀式によって太陽を呪いを浄化する光を放つ存在に変えることができる、唯一の日だからだ。
「(日の出まであと六時間だと考えても、儀式で四時までに沖津宮に帰らなければならない。それまでに全く情報のない敵をどうすれば……呪塊であれば時間は取られないだろうが、呪呑者であれば相性によって時間がかかる)」
陰陽庁からの援護は期待できない上に、連絡したところで「まずは儀式に集中しろ」と言われて終わりだ。
分かっている。一年に一度の日と沖ノ連島に住む人の命を天秤にかけた時に、傾くのはどうしても前者になってしまうのが陰陽師。分かっている、やらなければならない、それは理解している。
だけど、今回は私のせいで問題が起こっている。
〝呪いから全てを守る者〟である
思考の海に沈み集中状態に切り替わった誓を見て、榊は溜息を溢す。
「(……ったく、癸はいつの時代も同じだな。全部守ろうとしてやがる、本当なら自分の大事なモンだけ守ってりゃいいのによ)」
ただ、それが〝癸〟である所以であることも知っている。
『〝初代〟安倍晴明』から始まった陰陽師の歴史を知っている榊からすれば、この面倒見が良く面倒な者こそ癸家の代表だなと納得がいく。
「――――ん?」
悩みに悩む誓を懐かしげに眺めていた時、心の体動を感じ取る。
「……し、しょう?」
「おう、目ぇ覚めたか?」
一瞬だけぼんやりとした表情で誓も見た心だったが、それもすぐさま切り替わる。
「母さんは!!?」
勢いよく起き上がった心は、縋るように榊に聞いた。
「問題ねえよ。誓が運んで来て、九十九が見てくれてる」
「……良かったぁ」
一安心した心は、すぐに誓に振り返った。
「あの男は!? あいつはどうなったんすか!?」
途中から記憶がない心の最後の記憶は、誓が迎えに来てくれた記憶だった。
それでも、確かに憶えていることはあった。
普通に人間に見える、普通じゃない人間。
自分の母親を、家族を攫った――――俺にとっての最大の敵。
「ごめん、私が到着した時には既に事が終わっていたんだ」
首を振って答える誓に、心は「そうですか……」と視線を下に向ける。
「でも心くんが目を覚ましてくれて助かった。情報が必要なんだ、出来るだけ多くね。憶えていることがあったら教えてくれないか?」
「分かりました、沢山ありますよ! えぇと、まず見た目は普通の人でした。でも俺の目には真っ黒に映ってて……あっ呪塊? 呪い? あれに近かったです。そんで黒い渦から人を呼び押せたり、とにかく変なこと一杯してきました!」
あくまで普通の人間に見える、見た目。
心くんの瞳に真っ黒に映る……ということは、限りなく〝呪い〟に近づいている状態であることは間違いない。
黒い渦で物体を移動させるということは、〝写し世〟の操作もできるということ。つまり沖ノ連島〝写し世〟の呪力を掌握していると考えて良いだろう。
「なるほど……大体分かった」
やはり、予想は正しかった。
〝呪い〟に呑まれ、〝呪い〟そのものを力とする人の成れの果て――呪呑者だ。
問題は、それがどういう相手なのかだが……
「あいつは嫌なやつです……家に帰ったら俺の家族が全員、呪塊になってました。〝写し世〟にも勝手に連れ込まれて――――」
「呪塊に……なってた? でも心くんのお母さんは――――」
「黒い渦から人を一杯呼んで……一人殺されて、俺の母さんを狙ってた。姉さんと親父の姿は見てませんが、取り敢えず母さんは取り戻しました。とは言っても、取り返した時の記憶は曖昧なんですけど」
取り返した?
ということは、やっぱりあれは本物……?
ならどういうことだ、式神術の使い手でも人間を作り出すのは難しい。ましてや話せる式神なんて、祓家でも作れやしない。
「(……かなりの使い手だ。これは少し不味い)」
「あっ、一番言わなきゃいけないことあった。あいつ、元々陰陽師だったって言ってましたよ」
「っ!!?」
「名前は弓削 道金……だった気がします。とにかく、武将みたいな名前だったのは確かです」
元陰陽師の呪呑者。
それに〝弓削家〟と言えば、偵察部隊を仕切る名家……そして、式神術の使い手としても有名だ。しかも心くんは男と言った……弓削 道金――――
「これは……かなり面倒なことになってしまった」
それなら癸の結界術で悟られないようにする方法も、星見鏡水で感知されないように行動することも可能だったはずだ。
それに十中八九〝式神術の使い手〟だ。呪呑者になったことで、より強力な呪術を扱えるようになっているだろう。
「地形、隠れ場所、実力、日の出までにどう終わらせる……」
面倒なのは実力ではく、その行動。
警戒心も高く、判断も早い。
戦闘で遅れを取ることはないが、この結界内に侵入していても気取られないということは、探す時間の方が大変だ。全力で探し回ったとして……日の出に間に合わない可能性の方が高い。
「あの……」
また深く考え込んでしまった誓に、心は驚くべきことを言う。
「俺、あいつの居場所分かる気がします」
「え?」
「願と一緒に〝写し世〟に行った時に呪いの道? みたいなのが見えてて……まぁ色が濃い場所に近づけば近づくほど、気持ち悪くなっていったんですが――――」
ぶわっと広がる呪力の波動に、誓は目を見開く。
榊もこれには驚きを隠せず「おっ?」と声に出した。
「使うの三回目……流石に慣れましたね」
心の瞳に集まる呪力。
そして、それを機に心の全身から呪力が目覚め始めていく。
「……嬉しい提案だけど、それは出来ないよ」
一瞬、「それは良い、手伝ってくれ」と頼もうとしたが、我に帰る。
彼はまだ陰陽師ではない。陰陽師と認められていない者は、本来なら〝写し世〟に行くことすら許されない。
〝呪い〟を視認できる――鏑木 心という子が、例外だっただけだ。
しかし、心の意思は誓の否定を否定した。
「出来ますよ。というか、やらせて下さい」
「(……またこれだ、この特殊な呪力――――)」
呪力が強制的に祓われていく。
そのおかげで皮膚が少し痛むような気もしてくる。
「一刻も早く家族を助けたい。今この瞬間も何が起こっているか分からないのが不安で仕方ない。この焦りを抱えたまま何もしないなんて俺には出来ないっすよ」
「それでもこれは守らないといけないルールなんだ、だからダメだ」
「なら俺が一人で勝手にやるんで見なかったことにしてくれません? こんな無駄な会話してる間にも、俺の家族がどうなってるか心配でたまらない。師匠」
「ん?」
「師匠なら多分〝写し世〟に入れますよね? 出れるんなら入れるでしょ」
俺と願を助けてくれたのは師匠だ。
あの時、迎えに来てくれたことは薄っすら憶えてる。
「……出来るけどなぁ、お前死ぬぞ? 何体か呪塊を祓ったからって、何でもかんでも出来る気になったらいけねぇ」
「なら死んだ方がマシだって。これから死んだように生きるんだったら、死んだ方が良い」
今ここにいない兄ちゃんには悪いことを言ってる。
理由も分からないまま、家族が死んだって報告されるかもしれないんだから。
でも、ここで動けなかったら俺が後悔することになるんだから許してくれるはずだ。
「――――意思が固いなぁ。よし分かった! ワシが連れて行ってやる」
「榊様!!」
「しょうがねぇだろ? こうなったらワシじゃ止められん」
「~~~っ!? 誰が報告して、怒られると思ってるんですか!?」
「わーってるって。今回はワシも一緒に怒られてやるから、な? 今回は非常事態ってことで許せって」
だははは! と笑う榊だったが、誓は正反対だった。
きっと色々なことを考えているんだろうなぁ……と一目で分かるような難しい表情をしている。
「……分かりました、分かりましたよ。私も、もう今回のこと難しく考えるのは止めますよ。あと、心くんのことも巻き込みますからね!? このあと報告書に書くためにはそうするしかないんですから!」
「……だとよ、心」
「上等」
現在時刻、十二月三十一日 二十三時五十分。
「大丈夫かい? 心くん」
沖ノ連島〝写し世〟へ繋がる扉が開かれた。
向こう側に見えるのは、先程の事が何事もなかったかのように修復された運動公園である。
「大丈夫っす。何があっても悔いはないですから」
既に、あれから三十分経過している。
家族が目の前で呪塊に変化したのを見た心は、嫌な予感と焦燥感に駆られて落ち着かない様子だった。
それでも「俺なら助けられる」という根拠のない自信を胸に、なんとか冷静に体を動かすことが出来ていた。
「居場所を突き止めたら私に任せてくれたらいい。君が無理をする必要なんかないんだからね、家族のことも私に任せてくれたいい。臨機応変に、決して独断専行はしないこと。いいね?」
「どく……はい」
「心、お前がやることはまず道案内だ。それ以外は、ほとんど誓にやらせとけ」
「あぁ、そういう……分かりました」
「ほんで戦う時は全力でな。ワシの弟子なんだから負けんじゃねぇぞ?」
「はぁ……また適当なことを言って。そうやって唆すのはやめてください……じゃ、心くん。行くよ」
「はい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます