第11話 後悔しない選択肢 三
肉片が飛び散った。
血飛沫が足元まで届き、血痕がじわじわと広がっていく。
「……え」
何が起こっているのか分からなかった。
赤い、気持ち悪い、嫌な音、鼻にねっとりと張り付く咽返るような匂い。
脳の処理が追いつき始めると、ようやく目の前で起こっていることが理解できた。
人が死んだ。
「うっ……!」
理解したくないのに理解してしまった拒絶反応。
体内のものが逆流してくるのを止められず吐き出した。
「あははは! 吐いちゃった。でも緊張感が足りないなぁー……もしかして、この中に大事な人はいない感じかな?」
どぷんっ、と黒い渦のようなものが気を失った人間たちを飲み込むと、また別の人たちが黒い渦から商店街で働いている人や開拓地で工事作業をしている人たちが現れる。
その中に、毎朝挨拶を交わしているおばちゃんも、鮮魚店のおっちゃんもいる。
「(やばい、やばいやばいやばいッ……!)」
動揺。
緊張。
焦燥。
弓削は、感情を隠せていない心のその様子を見逃さなかった。
「あ、こっち見たね」
心の視線から察した弓削は、呪力の塊を落とす。
躊躇いもなく、その様子は平然と笑いながら、人を蟻を踏み潰すような感覚で容易く圧殺した。
「……ッ!!」
体が言う事を聞かない。
脚が震える。動けない。
「んー? これもハズレか……おっ!」
やめろ、嫌だ、そんな短い言葉すらも言えないほど小刻みに震えている心から恐怖が滲み出る。
拒絶、嫌悪、恐怖、人間から生まれる負の感情の中でもより真っ黒な感情が〝呪い〟となって〝写し世〟に流れ出したことに弓削は笑った。
「やっぱり思った通りだ――――良い、良い呪いだよ。少年」
離島に住み、人口も少ない。
子供も片手で数えるほどで、年齢が近い人物なんて同い年にいれば幸運。
そんな、限りなく人からの悪意が少ない自然豊かな場所で生まれ育った人間から生まれた〝呪い〟は、この呪いから作られる〝写し世〟の中でも際立って黒かった。
「(もう少し……)」
〝呪い〟を己の力へとする、つまり呪力へと変換する。
陰陽師であれば呪いに侵食されることはなかっただろう。呪いを呪力へ変換出来ない者は陰陽師として生きてはいけない。
しかし、一般人である心は違う。
為す術がなく、ただ呪いを受け入れて、呪いに蝕まれていく。
そして呪いに飲み込まれた一般人は怨霊か呪塊となって〝写し世〟を彷徨うことになるのだ。
弓削の狙いはこれだ。
心を呪塊に変えてしまえば、〝写し世〟の呪いを感知する星見鏡水に悟られずに、呪力をほとんど使わず心を無力化できる。
流石に新しい呪塊が生まれた時に星見鏡水が反応するだろうが、反応したところで癸が一瞬でこの場に来るわけではない。
痕跡を消し、姿を隠せば、異常があったとは思うだろうが自分の存在が暴かれることはない。
「じゃぁ、次だ」
また、黒い渦によって人が入れ替わる。
すると忽ち心の様子が変わっていく。
いる、確実にこの中に……!
「右端……少年、顔ごと動いてるよぉ」
「……!!」
やめろ……ふざけんなっ。
やめろ、やめてくれ! いるんだ、そこに!
母さんッ……!
「端からいくよー」
一回目で殺せなくとも、二回目以降で確実にぶっ壊せる。
どうせ、ここに並べた人間は全員殺すつもりだ。
言ってしまえば、少し喧嘩が強いだけ。
一般人と少し違うだけ。
術も、式神も、呪力もない。呪いが見えるだけの一般人。
「うふ、ふふ、あははは! 絶望してるな少年 ――――良い呪いだぁ」
右端にいる母親の頭上に、黒い鉄球のような呪力の塊が現れる。
今まで一切の躊躇いがなく呪力の塊を落としてきた弓削の表情に満面の笑みが浮かぶ。歓喜しているのだ、心から〝呪い〟が溢れる度にゆっくり殺せと
しかし、それでは人間の心を破壊するには不完全だと知っている。
逸るな、すぐ殺すんじゃぁない……最初はゆっくりだ。
少年が「まだ間に合う」とそう感じた瞬間に――――ぶっ殺す。
「……ろ」
ここだ!
力が抜け落ちた今にも泣きそうな表情、助けれると無意識に体が前に出た瞬間。
少しの希望が見えたと勘違いして、今まで溢れ出ていた〝呪い〟が一瞬だけ弱まったその瞬間――――弓削は愉悦した表情まま、呪力の塊を落とした。
しかし、
「あれ?」
操作していた呪力の塊がいきなり霧散した。
あっという間に消え去った呪力の塊に困惑していると、弓削の視界にゆらりと揺らぐ真っ黒な呪いが漂った。
漂う呪いを辿って目が動いた先には、ブツブツと口を動かしながらふらふらと歩いてこちらへ向かって来ている
「……どういう――――」
ことだ?
そんな疑問も束の間、弓削は半ば強制的に答えに辿り着かされた。
呪いに飲まれ、呪いを取り込むことで、実体化する〝呪い〟へとなった。
〝呪い〟そのものとなったおかげで、呪力が全てだった
今では「祓家 十二天将」の癸家、その当主相手にすら上から立ち回る余裕すらある。
それなのに――――強く生まれ変わったこの体が、子犬のように震えてる。
「体が……っ!?」
心から生み出される〝呪い〟が自分の肉体を通り過ぎていくと、燃えるような痛みを感じた。
「……祓われてる?」
なぜ? どうして? こんな子供に? この僕が?
「……もらなきゃ、俺が」
心から放たれる徐々に〝写し世〟を覆っていくほどの莫大な呪いに、〝呪い〟そのものである自分の体が更に震え上がる。
そして、星見鏡水を通してこの異常事態を守護者たちが悟った。
「何がどうなって……くそっ!」
あまりのも不可解なことが起こったからなのか、それとも〝呪い〟である自身の本能が察したのか。余裕がなくなっていった弓削がとった行動は、一歩体を後退させるという逃げの選択だった。
しかし、心の前進も暴走も止まらない。
「俺が――――」
呪いによって作られた沖ノ連島〝写し世〟、その運動公園の存在が、心から放たれる強烈な〝呪い〟によって崩壊し始める。
存在していた運動器具が消滅を始め、大地が悲鳴を上げるかの如く割れていく。〝呪い〟で〝呪い〟を圧し殺し始めたのだ。
「助けなきゃ」
救えなかった後悔という名の〝呪い〟が、心の背中を強く押す。
そしてそれが、後悔しないために動く唯一の原動力ともなっている。
生まれた時から〝呪い〟に怯え、その恐怖を乗り越えるために鬼神に鍛えられた、現代に生まれ育った〝才能〟が――――〝呪い〟を原動力に覚醒し始めた。
◆
十二月ももう少しで終わる。
沖ノ連島という特殊な場所を守護している誓の仕事量は、どこかにいる呑兵衛のせいで他の守護者よりも仕事量が多く、既に二十三時を迎えそうな深夜でも忙しく仕事をしていた。
沖ノ連島にある唯一の神社、宗像大社 中津宮の最奥。
一般人、観光客、陰陽師と関わりがない者の出入りを禁じている場所。そこが誓の仕事場であった。
机には大量の書類、それを整理する紙で生み出した真っ白な人型の式神。
襖の向こうでは愛娘たちが寝息を立たている。
「……ふぅ、そろそろ一旦終わらないと」
陰陽庁の本部、陰陽寮。そこに提出する沖ノ連島での報告書は今回に限って枚数が多い。増えたほとんどが、今の今まで榊が隠していた弟子の存在、鏑木 心の報告書であった。
「うーん……これはこれで結局問題になりそうだぁ」
はっきり言って詳細不明。名ばかりの報告書の枚数だけが増えていく。
これでは「すみません、何も分かりません」という言葉を、出来るだけ長く言い訳した反省文のようなものだ。
「まぁ、今回はこれでいいか。私の正直な感想だし」
話してみて、明るく素直で良い子であるとは分かった。
あんな純粋な子は探してもそう見つかるものじゃない。出会った瞬間から雰囲気が違った。
だが、その性格もあってか……環境のせいか、致命的な欠点が存在している。
あの適当で、無責任で、無自覚で、人の迷惑を一切考えていない、榊様に少し似てしまっているのだ。
あれでは、榊様も余計なとこまで鍛えてそうだし、心くんも余計なとこまで鍛えてしまっているだろう。しかも無自覚に。
「九十九様も、榊様と心くんには激甘だからなぁ。もう長い付き合いだ、少しくらい私の身になって考えてくれても良くないか?」
きっと妻が隣にいたら「貴方も似たようなものよ」と受け流しているであろう小さな愚痴をこぼしながら、意識を切り替える。
「さて、明日は新年。忙しくなるぞー、日の出の時間までにやることをやらねば」
新年を迎えると同時に昇る日の出とは特別なもので、どういうわけか〝写し世〟にまで光が届き、呪いを浄化してくれる。
その特殊な事態を観測及び記録するために、〝写し世〟の巡回をしなければならない。ただ、まだ早い。沖ノ連島はそこまで広い場所ではないし、結界術も使っている。
「……星見鏡水は無反応」
祭壇に置かれた杯に注がれている水。
予言や予測、星からの呪いを魂に刻まれた陰陽師名家『星見家』。その術式が施されている特別な水は、〝写し世〟の呪いの変化も把握するという副産物とは言えない有能な力も持ち合わせている。
「よし、少しだけ仮眠でもと――――」
今まで凪いでいた星見鏡水の水面が、急に震え何重にも波紋を広げ始める。
その時、即座に誓は動き出した。
眠っている祈と願を起こさぬよう迅速に装備を整え、ベルトの収納袋から一枚の札を取り出し、呪力を流し込む。
「
誓の手元にあった一枚の札が宙に浮かび上がり、呪力が弾けると現実世界と〝写し世〟を繋ぐ入口が現れる。
ここ十年以上、何の反応も見せなかった平静を保っていた沖ノ連島〝写し世〟の異常事態に気が逸る。
〝写し世〟に入った瞬間、入口が即座に閉じる。
「……な、どうなっている……?」
周りを見渡して確認する必要もなかった。
景色や状態が変動しない〝写し世〟に広がる異常事態、建物が破損し大地が割れ始める。今にも〝写し世〟事態が崩壊し始める勢いだ。
「非常に不味い……元凶は――――あっちか」
〝写し世〟は現実世界から生まれた〝呪い〟の受け皿だ。
ここが崩壊するということは、つまり〝呪い〟の受け皿がなくなるということ。ここで起こることが、そのまま現実世界で起こるということだ。
湧き上がる焦燥感を抑え込みながら、漂う真っ黒な〝呪い〟の発生源まで向かう。
距離はあったが呪力による身体強化で駆け抜ける、誓は運動公園に即座に到着した。
「……心くん?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます